ダウ平均をもっと知ろう①

誕生から20,000ポイントまでの道のり

提供元:S&Pダウ・ジョーンズ・インデックス

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昨年5月26日、ダウ平均(正式な日本語名称はダウ・ジョーンズ工業株価平均)は120周年の記念すべき年を迎えました。そして2017年1月25日、ダウ平均は算出開始以来初めて20,000ポイントの終値を付けました。長きにわたりアメリカ経済を表す指標として算出されてきたダウ平均ですが、この指数の中身について皆さんはどの程度ご存知でしょうか?世界で一番有名な指数と言っても過言ではないダウ平均について、三部に分けてご紹介します。

ダウ平均とは?

ダウ平均は30銘柄だけで構成されているものの、これらの構成銘柄は米国の広範な株式市場を代表するように選択されています。構成銘柄は株価平均委員会が選択しており、以下のルールにのっとり厳格に管理されています。
• 時価総額が大型から超大型までの銘柄である。
• 企業として極めて高い名声がある。
• 数多くの投資家が関心を示している。
• 持続的な成長を示している。
• 米国で設立され、米国に本社を置いている。
• 売上高の大半を米国内の営業活動から生み出している。
• ニューヨーク証券取引所やナスダックに上場している。

指数内においてセクターを代表する企業であることも、ダウ平均の選択プロセスにおいて検討すべき事項となっています。このように、これら30銘柄は米国の上場株式市場の全体像を反映するように意図されています。

ダウ平均の誕生

ダウ平均は、1896年5月26日に算出が開始されました。ダウ平均の考案者はチャールズ・ダウで、ウォール・ストリート・ジャーナルを発行するダウ・ジョーンズ社の共同設立者でした(ダウ平均の名称には、ダウ氏のパートナーだったエドワード・ジョーンズの名前も入っていますが、ダウ平均の創出にはかかわっていません)。

ダウ平均は当初、皮革メーカー、鉄鋼会社、製糖会社など12銘柄(現在は30銘柄)で構成され、構成銘柄の株価の合計を除数で割って算出していました。ダウ氏が市場の動きを測定する最初の試みは、現在のダウ平均ではなく、1884年に算出を開始した、鉄道会社11銘柄からなるダウ・ジョーンズ鉄道株価平均でした。当時の米国経済において鉄道は非常に重要な役割を果たしていたからです。

しかし、鉄道業界が株式市場全体の動きを反映していたわけではありません。より良い指数の開発を進めていたダウ氏は、工業株に着目しました。工業株は当時、非常に投機的な投資対象であると見なされていましたが、工業株は米国における経済成長の重要な牽引役となると考え、1896年にダウ・ジョーンズ工業株価平均の発行を始めました。ダウ平均の算出が始まった当時、株式市場への投資は極めて投機的な行為と考えられており、算出開始から数年間は、ウォール街以外でダウ平均に注目する人はほとんどいませんでした。

しかし、1920年代に一般市民が株式投資に乗り出し、ダウ平均は、1924年の100ポイント台から1929年の大暴落直前には400ポイント近くまで上昇しました。皮肉なことに、ダウ平均の評判に一般的な投資家 の注目が集まったのは、2日間で30%近い価値が喪失した市場の暴落でした。大暴落以前には、投資家は自分が保有する個別銘柄の方に目が向いていましたが、大暴落後は市場全体の状況を把握することに関心を強め、ダウ平均がそれを可能にしました。

20,000ポイントまでの道のり

重要なイベント及びパフォーマンス
• ダウ平均は1896年5月に算出が開始されましたが、同年の8月までに30%以上下落しました。1896年の米国大統領選での経済問題をめぐる論争により市場心理が悪化し、株価は下落しました。
• 1932年の大恐慌の最中に、ダウ平均は41.22の底値を付け、36年前に算出が開始されたときの水準近くまで下落しました。その後、1950年代半ばまで、大恐慌前の水準を取り戻すことができませんでした。
• 1972年11月14日にダウ平均は初めて1000ポイントを超えました。

• 1999年11月1日:Microsoft (MSFT) と Intel (INTC)がダウ平均の採用銘柄となりました。ナスダックに上場している銘柄がダウ平均に採用されたのは、これが初めてでした。ナスダックはハイテク企業が多く上場している株式市場であり、ナスダック上場企業がダウ平均に採用されたのは、米国の産業と文化の中でテクノロジーの重要性が高まっていることを反映したものであると考えられます。
•2001年9月11日:ニューヨーク及びワシントンDCへの同時多発テロにより、1933年以降で最も長期にわたり取引が停止されました。9月17日に取引が再開されたときに、ダウ平均は7%以上下落しました。警察官と消防官がニューヨーク証券取引所のオープニングベルを鳴らし、2分間の黙祷が捧げられました。その週の終わりまでに、ダウ平均は14%下落しました。

• 2009年3月9日:ダウ平均はこの日に金融危機時における最低水準まで下落し、1997年以降で最も低い水準となる6,547.05で取引を終えました。この水準は、2007年10月9日に付けた以前の史上最高値である14,165.53を54%近く下回っています。その後、2009年3月9日に底値を付けてから1,004取引日後の2015年3月5日にようやく以前の史上最高値を更新し、14,253.77で取引を終えました。
• 2010年5月6日:「フラッシュ・クラッシュ」では、コンピューター制御の高速電子取引などの影響により、ダウ平均は数分間で1,000ポイント以上下落しました。ダウ平均はその日の取引時間中に下落分のほとんどを回復したものの、最終的に347.80ポイント下落してその日の取引を終えました。こうした激しい市場変動を受け、米国株式市場の構造に関する議論が高まりました(この議論は今日まで続いている)。
•2012年10月29日~30日:ハリケーン・サンディ(巨大暴風雨)が米東海岸を襲い、米国株式市場は休場となりました。

1,000ポイント刻みの大台越え

• ダウ平均は120年前に算出を開始して以来、18回にわたり1,000ポイント刻みの節目を越えました。
• 最初に1,000ポイントの節目を超えたのは1972年であり、ダウ平均の算出を開始してから76年以上かかりました。1,000ポイントの節目に達するのに21,653の取引日数を要しており、次の全ての1,000刻みの大台に達するのに要した取引日数の倍以上かかりました。
• これらの節目越えの半分は1990年代に生じており、ダウ平均の歴史の中で、1990年代は最もパフォーマンスが好調な10年間であったと言えます。
• 1999年の春に10,000から11,000に達しており、これに要した時間は24取引日であり、最も少ない時間となっています。
•2017年1月25日、120年の歴史で初めて20,000ポイントの終値を付けました。

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