小説:もう投資なんてしない <3>

「投資とトレードは違う?」

提供元:トウシル

 

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投資とトレードは違う?

先生は席を立ち、「コーヒーでも飲みますか?」と隆一に尋ねた。

「ありがとうございます。いただきます」

先生は奥にあるキッチンにいき、ヤカンに火をかけ、棚からコーヒー豆を取り出した。サントスがお気に入りらしい。

ヤカンのお湯をハンドドリップで、ゆっくりと、豆を蒸らしながら、入れていく。その所作には何の迷いや装飾もなく、確立されたものだった。先生はいれたてのコーヒーを飲みながら、話しはじめた。

「投資とトレード(短期回転売買)の違いを説明します。投資とトレードでは、株式を売買して利益を得ようとすること自体は同じです。ただ、手法がまったく異なるため、必要となるスキルも、そして心構えも、違います。ところであなたも、これまで株式投資をしたことがありますよね?」

隆一は、手短に、しかし、正直に自分の投資デビューからの失敗談を話した。

「なるほど。あなたは、投資のつもりで始めたのが、いつのまにかトレードをするようになり、失敗したのですね」

隆一は、投資とトレードの違いがまだわからない。

「本来の投資の狙いとは、企業の成長を株主の立場で応援し、その果実を自分も得る、ということです。企業が成長してくれる、あるいは長く利益を上げ続けてくれる、という結果になれば、投資も成功というわけです。つまり、利益が増えていくような成長企業や安定して利益を生んでいく優良企業を見つけて資金を投じるのが基本となります。たまに急成長する企業もありますが、本来は3年単位ぐらいで新しい事業や商品を生み出していくものです。そうすると、おのずと投資の期間は中長期が適当、ということになります」

隆一は、これまで買った株の企業が成長していくのか、安定した利益を上げ続けられるのか、などについてはまとも調べたり考えたりはしていなかったことに、いまさらながら気がついた。

とはいえ、隆一は新卒でスポーツ用品メーカーに勤めて10年目、30歳を過ぎたところ。ルートセールスと最近は部下の育成を任せれはじめたところで、必要なんだろうと思いながらも、財務諸表などを勉強する余裕はない。

先生は「一方、トレードでは、株価が値上がりしそうなら買い、値下がりしそうなら売る、という売買を繰り返して利益を上げようとします。価格差で利益を得るのが狙いですから短期勝負に向いています。株価が上下する原因は、企業業績だけでなく経済や金融市場の動き、政治などさまざまな要因が絡み合います。それを踏まえたうえで、株式市場に参加するプロ集団からあなたのような個人まで、多種多様な投資家がどう動くか、が株価を左右していきます。ただ、それを知ろうとして、さまざまな経済や金融、企業の情報を追うことも、その情報で他の投資家がどのように動くのかを予測することも、容易ではありませんよね」

むろん、隆一には、そんな知識も、勉強する時間も意欲もなかった。

「そして、株価を追っての売買となると、刻々と動く株価を、日々、ウオッチしていなければなりません。それがどんなことかは、あなたも体験したわけですね」

隆一は、仕事中に株価が気になって仕方なかった自分を思い出して、軽い目眩がした。そんな隆一に構うことなく、先生は話を続けた。

「トレードで利益を上げている人たちの多くは、株価のチャートを分析して売り買いのタイミングを計っています。テクニカル分析と言われるものです。いずれにしても企業や経済を見る目とは別のスキルになります。そういった勉強も必要になるということです。退職して時間的に余裕があったり、株価を見ることや株の売買そのものに魅力を感じる株好きだったり、という場合はともかく、あなたのように仕事に家庭にいそがしい人が片手間に取り組んで、継続的に利益が得られるのなら誰も苦労はしません」

隆一はぐうの音も出なかった。

 

(FP法人GAIA代表 ファイナンシャルプランナー 中桐 啓貴)

 

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