著名人の投資哲学インタビュー

“東証の狼”という自身の虚像を描いた芥川賞作家

羽田圭介「貧乏な頃より小説への向き合い方が純粋になった」

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芥川賞作家・羽田圭介さんの最新作『成功者K』には、こんな記述がある。

「そう、Kはなんでも自分でやる。“東証の狼”の存在を知らないとは、不勉強な人たちだ」

自身をモデルにしたとおぼしきKという作家が、成功という名の享楽に浸りながら夢と現実の境を失っていく物語。どこまで羽田さんの実像に沿ったものかは一読のうえで判断してほしいが、少なくとも「投資を行っている」「なんでも自分でやる」のは紛れもない事実。どんなキッカケで投資の世界を知り、どのような哲学を持っているのだろうか。

■作家という仕事の困窮リスクに備えて、個人型確定拠出年金を活用

「4年くらい前に、個人型確定拠出年金について調べたんですよ。23歳のときに2DKの中古マンションを買ったのですが、毎月の返済が3万円、管理費が2万9000円くらいで、住居費が月々6万円くらいでした。固定費が少なかったんですね」

個人型確定拠出年金は、毎月一定額の掛金を積み立てて運用し、60歳以降に年金または一時金で受け取ることができる制度。掛金が全額税金の控除対象になるほか、運用益が非課税になるといった優遇税制がある。例えばフリーランスの場合は自営業に該当し、掛金の上限は毎月6万8000円。羽田さんが個人型確定拠出年金での資産運用を始めたのは芥川賞を受賞する前のこと。定期的に新作を刊行してはいたものの、その生活は裕福とはほど遠かった。

「ちょくちょく貯金が100万円を切るなど、借金はしないものの贅沢はできない生活でした。作家という稼業はヤバいなと思ったんですね。会社員時代は、どんなに無能でも簡単にクビにはならないし、浪費しなければ貯金は回復するわけです。でも作家の場合、お金が足りないと思って執筆しても、お金を手にするまでにはタイムラグがあるんですよ」

大学を卒業し、一度就職。その後独り立ちをした専業作家という仕事は、予想外の大きな出費で途端に困窮してしまうリスクを抱えていた。

「でもまあ会社やめて専業小説家になった時点で、楽観視していたとは思いますけど。ただ給料の高い大手出版社の社員なんかだったら、お金のことを考えないんですよ。確定拠出年金のことなんて誰も知らない。割と貧乏になってから、初めて考えるんですよね」

個人型確定拠出年金には大きなメリットを感じていたというが、60歳になってからしか運用資産を引き出せないことから、直近の困窮リスクに対する解消法ではないことを悟る。それに「もっと頻繁に(投資の売買を)やりたいと考えて」。

■芥川賞受賞で多忙に。そこで選んだ投資のスタンス

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「投資信託を始めました。でもすぐにETF(上場投資信託)や個別株に切り替えましたね。最初は日本市場の株式銘柄を見ていたんですが、すぐ米国株に行きました。というのも、映画チケットがもらえる優待銘柄にも手を出していたんですが、優待がなくなった途端に不人気になりそうだし、どこか不健全さを感じて。それに僕の場合、午前中に小説を執筆するんですが、値動きが気になるときもあったりして集中できないんですよ」

地球の裏側の市場なら、コアタイムが重ならないという理にかなった動機があったのだ。そこでの取引を通して、配当銘柄での配当益と、たまに売買利益も狙うようになったという。

そして資産運用が軌道に乗る一方、本業では大きなブレイクスルーが待っていた。

「芥川賞を取ったんですよ」

冒頭で述べたように、羽田さんはなんでも“自分でやる”派。執筆のみならず、取材調整やテレビ出演の交渉、経理に関してもすべて自力でやる。受賞を境に多忙になった結果、きめ細かな市場のフォローがおろそかになることは必然だった。

「もちろん資産運用をやめたわけじゃないですよ。お金をただ貯金で持っていてもしょうがないという思いはあります。それに貯金なんて、そこまで安全じゃないですし。預けた預金で銀行は国債とか買っているわけだから。間接的に国債を買っているということですよね。であれば分散してリスクを回避して、さらに儲けられたら一番いいんじゃないかと思って」

付きっきりで見る時間はない。かといって預けておくだけなど言語道断。そこで羽田さん、手間をかけずにお金を働かせる装置を作ろうと考えた。

「割と放置できるETFにしっかり目を向けたのはそこからですね。個別株との割合で言うと半々です。リバランスはしないですし、けっこう無意識的にやっている感じで、ほぼ何にもしていないんです。付きっきりで見ている人の方が、損する可能性は高いと思います。目先の値動きに翻弄されて損切りして、ゆくゆくは市場から退場させられる可能性が高まる。株の売買に時間をかけて得するのは、収入は低いけど資産がある人だけ。収入が低く資産も少ない人が売買に時間をかけるのなら時給900円の副業でもしたほうがマシで、収入が高い人も労力ばかりかけて疲弊するくらいなら、本業を頑張った方が確実に儲かりますしね」

■若さは大きなメリット。投資を始めるなら早いうちから

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ゆとりある生活を夢見て、結果的にゆとりを失う生活に陥るのは本末転倒ということ。ゆえに、手間のかからない投資商品を活用する。ETFは、証券取引所で取引される投資信託で、個別株のようにいつでも売買ができるメリットを持つ。

「個別株も持っていますけど、ETFでの運用は半分くらいですね」

文壇での立場を築き、資産はそこそこ盤石。だからこそ、現在の仕事は、ゆとりあるものになったという。

「芥川賞を取る前は、原稿料で稼ごうと考えていた時期もありましたが、今は小説を書かなくても生活できるわけだし、小説への向き合い方はすごく純粋になりました。本は売れてほしいんですけど、それによってもたらされる収益自体には以前ほどの執着がなくなったというか…」

『成功者K』のような、物議を醸しかねないある意味で自虐的な作品を描けたのも、こうした背景があるのだ。上手な資産運用とは、経済的束縛から解放され、自身のパフォーマンスを発揮するための手段ともいえそうだ。

「一番大きな味方って、時間だと思うんです。年取って残りの時間が短いなかだと、パフォーマンスを出そうとして博打みたいになってしまう。若ければ若いうちに、それこそETFなどをさっさと始めてしまった方がいいんじゃないかなと思いますね。買う時期にもよりますけど、そんなに損はしないと思いますよ。貧乏でも若いうちから、資産運用をどうするかについての神経回路を鍛えておいて損はない。突然大金を手にしても、誰かに騙されたりせず、着実な道を歩めますし」

(吉州正行=取材・文、澤田聖司=撮影)

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