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「ispace」が宇宙開発の新たな時代を切り拓く

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[株式会社ispace代表取締役 袴田 武史さん]宇宙開発を担う日本のベンチャー企業、ispaceの代表。個性や特技を結集し、「民間の力」で宇宙の未来を拓こうとチャレンジを続けています。宇宙にかける思い、起業までの歩みをうかがいました。

[株式会社ispace代表取締役 袴田 武史さん]宇宙開発を担う日本のベンチャー企業、ispaceの代表。個性や特技を結集し、「民間の力」で宇宙の未来を拓こうとチャレンジを続けている。宇宙にかける思い、起業までの歩みをうかがった。

世界初の月面探査レースに参加

2017年末までに民間資本で月に探査機を送り込み、月面で500m以上を移動、月面のHD(高精細度)画像を地球に送ることに成功した最初のチームに賞金2,000万ドル(約22億円)を贈る──現在、そんなレースが行われている。レースの名は、「グーグル・ルナ・Xプライズ」。07年にスタートし、当初は世界中から34チームが名乗りを上げたが、実際に打ち上げまでこぎ着けたチームはまだ一つもない。

そんな壮大なレースに、唯一、日本から挑んでいるのが、従業員30人足らずの宇宙ベンチャー企業、株式会社ispace(アイスペース、東京・港区)だ。東北大学の研究チームやボランティアなどと協力し、総勢100人余りが参加する「HAKUTO(ハクト)」を中心となって運営している。

「今年の12月に、インドのロケットPSLVでローバー(月面探査車「SORATO」)を打ち上げる予定です」とispace代表取締役であり、HAKUTO代表でもある袴田武史さん。

今回、チームはローバーだけを開発し、月着陸船は他チームのものに相乗りしていく作戦だ。HAKUTOが作るローバーの特徴は、とにかく軽く小さいこと。

「設計にあたって、最も重視したのは軽量化です。打ち上げ費用は重さ単位でかかってきますから、軽量化するとコストを大幅に抑えられます。開発を詰めていった結果、4kgまで軽くしました。他チームは20~30kgくらいのローバーもあります。徹底的に機能を絞り、小さくて緻密な加工ができる工場を日本中探し歩いて実現しました。日本にはアイデアを実現するための優れた技術がたくさんあります」

ローバー開発で、小型軽量化以外にもこだわったことの一つがデザイン。宇宙へのチャレンジを感じさせ、ワクワクするようなデザインにしたいと考えた。「将来の宇宙旅行も、素っ気ない箱のような宇宙船でなく、スター・ウォーズのような夢のある機体で行きたい」と袴田さんは言う。

ローバー開発で、小型軽量化以外にもこだわったことの一つがデザイン。宇宙へのチャレンジを感じさせ、ワクワクするようなデザインにしたいと考えた。「将来の宇宙旅行も、素っ気ない箱のような宇宙船でなく、スター・ウォーズのような夢のある機体で行きたい」と袴田さんは言う。(提供:HAKUTO)

プロジェクト費用は10億円

米国のあるロケット会社の数字では、月までの打ち上げ費用は1kgあたり120万ドル(約1.3億円)。単純計算すると4kgで5億円以上の打ち上げ費用が必要となる。当然、資金集めの苦労は大変なものだった。

「今回のプロジェクトは10億円強の費用がかかります。スポンサーになってくれる企業を探して、企業のトップに100通くらい自筆の手紙を書きました」

しかし、残念ながら、その手紙で手を挙げてくれた企業は1社もなかった。

「風向きが変わったのは、15年に優秀な開発を行っているチームに与えられる中間賞を受賞してから。まず1社が名乗りを上げてくれ、それから徐々にスポンサー企業が増えていきました」

並行して、ベンチャーキャピタルから投資を受けることに加え、インターネットで広く一般の人に呼びかけ、資金を出してもらうクラウドファンディングのしくみを、日本に導入された直後の12年からフル活用した。

着々と打ち上げ準備を進める一方で、袴田さんの目は、早い時期からレース後に向いている。ispaceが目標とするのは、先々に広がる民間での宇宙開発事業。レースは通過点の一つに過ぎないからだ。

「地球と月との間の宇宙をシスルナ空間と呼びますが、ごく近い将来、シスルナ経済圏が発展していくと考えています。様々な目的の衛星や宇宙ステーションなど、地球周りのインフラが整備され、それを支える産業が数多く登場するでしょう」

目指すは「宇宙のガソリンスタンド」

ispaceが目指すのは、まず月での資源探査だ。中でも水に着目している。

「月には最大60億トンの水があると推定されています。これを探り当て、太陽光エネルギーで水素と酸素に分解すればロケットの燃料になる。月面や月周回軌道上でガスステーションを開くことが可能になります」

いわば、「宇宙のガソリンスタンド」だ。地球から打ち上げるロケットは、地球の引力圏を脱出するのに燃料の大半を消費する。しかし、地球の周回軌道上にある宇宙ステーションに物資を補給するのに、月から行けば、地球からの100分の1のコストで済むという。

「2030年くらいにはガスステーションができはじめるくらいのスピードで進めていきたい。NASA(米航空宇宙局)も、そのころには月で補給をして火星に向かうという計画を発表しています」

宇宙への夢は、どんどん広がっていく。

ロボコン優勝を目指した少年時代

袴田さんが最初に宇宙に興味を持ったのは小学校4年生の頃。テレビで放映されていた『スター・ウォーズ』を観たのがきっかけ。しかし、レゴブロックで宇宙船作りに熱中していた袴田少年が、次に夢中になったのはロボットだった。

「『NHK大学ロボコン』(現在のNHK学生ロボコン)が好きで、将来は自分も出場したいと夢見ていました。大学は、ロボコンの強豪校である東工大(東京工業大学)に進学したいと考えていました」

ところが、実際に大学受験を控えた高校生の時、意外な形で宇宙への強い思いが浮かび上がってくる。

「ロボコンに出るためには、東工大の『機械宇宙学科』に進まなければならないのですが、その〝宇宙〟の文字を見た時に、自分の心に潜んでいた宇宙に対する憧れがよみがえってきたんです」

東工大に2年連続して挑戦するも不合格となり、袴田さんは上智大学の機械工学科に進学する。

「最初は、楽しく大学生活を送って、航空宇宙工学科のある大学院へ進めばいいかなと。しかし、半年くらい経つと、このまま宇宙への志を忘れてしまうのではないか、と不安になりました」

結局、大学を受験し直し、名古屋大学の機械・航空工学科に合格。猛勉強して、2年生からは念願の航空宇宙工学コースへ進むことに成功した。

“宇宙船の作り方”を学びに海外へ

大学3年生の時、袴田さんは海外留学を意識するようになる。

「普通は、そのまま大学院に進学するのですが、研究室に魅力を感じませんでした。どの研究室も世界最先端の研究をしているものの、分野が非常に細分化されていて、宇宙船を設計できるようにはならないんです。学びたかったのは、多くの分野を最適化し、宇宙船の形にシステム化していく全体設計の技術でした」

当時、大学内で留学する人はほとんどおらず、大学の友人には反対された。しかし袴田さんは学部を卒業すると、米国のジョージア工科大学の大学院に留学する。

「理論よりも実践的な宇宙工学を学べる大学院をネットで探しました。入学してみると、NASAやボーイング社のプロジェクトを研究室で請け負い、学生が実際に問題を解決しながら技術を学んでいける環境でした」

そして、「宇宙開発は、これから民間の時代が来る」と感じるようになった。
大学院を修了し、日本に帰国した袴田さんは就職をする。意外にも、それは一見、宇宙とは関係がない会社だった。

「フランス系の経営コンサルティング会社に入りました。宇宙船は工学的な技術だけでは飛ばせません。経済的な裏付けが必要ですし、事業として成立させるには経営能力が不可欠です。むしろ、自分はそちらをやろうと。コスト管理のコンサルティングを振り出しに実業界で経験を積み、35歳から40歳くらいで宇宙ビジネスの仕事を始めようと将来を思い描いていました」

偶然の出会いから月を目指す

ところが、宇宙プロジェクトとのかかわりは、突然やってくる。

「働き始めて4年目に、友人の結婚式でグーグル・ルナ・Xプライズに参加しているヨーロッパのチーム、ホワイト・レーベル・スペースの関係者と偶然、知り合いました。月着陸船はヨーロッパで開発し、月面ローバーの開発は東北大学の吉田和哉教授にお願いしているので、日本側の資金集めを手伝ってくれないか、と頼まれたのです」

資金集めセミナーで、吉田教授も含めた関係者4人が意気投合。ボランティアメンバーとして日本側チームを作り、活動を開始する。20代の終わりで、まだ少し早いかなと思いながらの、チャレンジだった。

「始めてみると、みんな忙しくて、なかなか時間がとれない。継続的に責任ある活動を行うには会社を作ったほうがいいという話になった。登記手続きで代表を書く必要があることがわかり、なりゆきではありますが私が代表を引き受けることに。勤務先には事情を話し、週3日勤務で掛け持ちを認めてもらいました」

2012年末、ヨーロッパ側チームが開発の遅れと資金不足で撤退を決断。翌年、日本側チームだけで、「HAKUTO」として再出発することを決める。同時に、月面レース後の民間宇宙開発を意識し、株式で必要な資金が集められるように会社も「株式会社ispace」へと改組。新たに宇宙ベンチャー企業が誕生した。

「2040年には、数万人規模で人が宇宙に出かけていく時代になります」と袴田さん。少年の日の袴田さんが夢見た宇宙は、すぐ手の届くところまで近づいている。

HAKUTO は、プロジェクトの推進役であるispace 社と技術面を担う東北大学・吉田和哉教授(最前列右から2 人目)の研究チーム、財務・法務・PR・営業・デザインなど様々な能力を持ったプロボノ(ボランティア)の3 本柱で構成する。

HAKUTO は、プロジェクトの推進役であるispace 社と技術面を担う東北大学・吉田和哉教授(最前列右から2 人目)の研究チーム、財務・法務・PR・営業・デザインなど様々な能力を持ったプロボノ(ボランティア)の3 本柱で構成する。(提供:HAKUTO)

 

(東京証券取引所 起業教育情報誌OCOSO! vol.9)