株価上昇で進む株・投信の利益確定。「売り」のデメリットと「スノーボール」効果を考えよう

提供元:楽天証券(トウシル)

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Little girl building a snow man in winter

「利益確定の売り」は非合理的

日経平均株価がなかなか超えられなかった2万3,000円を超えて、現在2万4,000円を上回っている。NYダウも史上最高値に近い水準で推移している。

もともとわが国の個人投資家には、長年「株価が上がったら(下がったら)、売る(買う)」という逆張り的な傾向が観察される。

ここしばらく、株価が上がっており、ここで「利益確定の売り」を行っていいのかが大きな問題になる。株価の上昇と並行して、特に元々投資信託や個別株式で含み益を持っていた投資家による「売りは」少なくないという。

相場の世界には、昔から「やれやれの売り」とか「利食い千人力」といった言葉がある。利益を確定するために持っている株式や投資信託を売ってみたくなる心理は投資家ならほとんどの方が理解できるだろう。

一回「勝ち」を確定するのは気分のいいものだし、ましてその前に負けていた状態が勝ちの状況に転じたのなら、「ほっとした気分」がこれに加わる。

ノーベル経済学賞(2002年)を受賞したダニエル・カーネマンが、最終的にはプロスペクト理論にまとめた形で指摘したように、「参照点」よりもプラスなのかマイナスなのかで、人の感じ方と判断・行動は大きく変化する。

人は、参照点よりもマイナスの領域においては、参照点の状態まで回復することの効用が大きいためリスクを我慢しやすい。

それに対して、参照点よりもプラスの状態になると追加的なリターンの価値が下がる一方、再び参照点を下回ると後悔するだろうと想像してこれを回避しようとするため、リスクに対する態度が厳しくなる。

そして、投資家の場合、参照点はほとんどが自分の「買値」であり、これが買値を株価や基準価額を上回ってくると売りたくなるという心理の行動経済学的な説明だ。しかし、「利益確定の売り」は、そこで投資を止めようとしているのでないならば、不要かつ有害である場合が多い。

「売り」に関する不利益の要素

(1)税金を払うことの複利運用上の不利
(2)手数料の不利
(3)ポジションが空(ないし小さい)時に相場が上昇する可能性
(4)「いったん売って、より安く買い戻す」ことの難しさ

の4つが思い浮かぶ。

まず、売って利益を出した場合の課税上の不利を確認しておこう。

たとえば、年率5%(おおよそは機関投資家が内外の株式に想定するリスク・プレミアムだ。現在リスクフリー・レートがほぼ0%なので、期待リターンと一致する)で、20年間複利で運用した後に20%の税金が掛かるとすると、

1
運用資産は当初の投資額の約2.32倍になる。100万円が232万円だ。一方、同じ年率5%のリターンでも毎年「利益確定」して、20%課税される複利運用を20年繰り返すと、

2
運用資産は当初の投資額の約2.19倍にしかならない。100万円が219万円にしかならない訳だ。「100万円が232万円」と「100万円が219万円」の間には、13万円の差がある。

「利益確定」が精神的な満足や気休めのためだけに行われるのだとしたら、その対価としてはいささか高い。もちろん、売買の度に手数料やマーケット・インパクトによる「売買コスト」が掛かるなら、この差がもっと開くことは言うまでもない。

また、特に株式の場合、ごく短期間(場合によっては1日)の急騰によって、長期的なリターンのうちかなりの部分を占めることが多い。そして、困ったことに、この急騰は何時起こるか事前にはわからない。

利益確定の売りで、全部ないし一部の投資ポジションを一時的に空にしている時に、この短期間の急騰がやってこないとも限らない。物事を平均的に見るとしても、株式の長期的な期待リターンがプラスなら、ポジションを軽くしている間は、それを放棄する「機会費用」を払っている計算になる。

また、通常、売る場合は「株価が高い」と判断し、投資を続ける前提から、「安くなったところで買い直そう」と思うのだが、「いったん売って、より安く買い戻す」ことは、現実問題としてプロのファンドマネージャーであっても簡単ではない。

買い戻しのチャンスがないまま、あるいはチャンスはあっても決断ができないまま、「短期間の急騰」が訪れることがしばしばあるのだ。「利益確定の売り」をやりたくなる心理はわかるのだが、そこを堪えることが投資家一般の行動原則として合理的なのだと強調しておく。

単に合理性だけでなく、追加的な心の支えが必要な人は、米国の有名投資家ウォーレン・バフェット氏の伝記に「スノーボール」(アリス シュローダー  (著), 伏見 威蕃 (翻訳),日本経済新聞出版社)というタイトルを思い出して欲しい。バフェット氏は、滅多に売らない長期投資を通じて、運用資産を『雪だるま式』に膨らませたのだ。

リスク資産を売ってもいい場合

さて、お金の運用の本を評する場合に、「この本は、何を買えとは書いてあるけれども、どういう時に売れと、『売りの基準』が書かれていないので、今ひとつ実用的でないな…」と言われる場合がある。

確かに、お金の運用は、将来お金を使うために行うのだし、リスク資産を「売ってもいい場合」は確かにあるので、『売りの基準』を整理しておくのはいいことだろう。

筆者が思うに、投資家が、保有するリスク資産を売ってもいい場合が3つある。最初の2つは、投資家が相場の先行きや資産価格に関して判断材料を持っていない場合にも該当するもので、最後の1つは、ある程度判断ができる場合に適用できると考えられるものだ。

すなわち、普通の投資家は、前の2つだけを覚えておくだけで十分だ。

投資家が保有するリスク資産の一部を売ってもいい3つの場合

【売ってもいい場合その1】お金が必要な場合
【売ってもいい場合その2】リスクが過大になる事情が発生した場合
【売ってもいい場合その3】リスク資産価格が割高だと判断できた場合

お金が必要な場合に、保有するリスク資産の一部を売却することは悪いことではない。むしろ、心掛けるべきことは、リスク資産の価格を気にせずに必要額を淡々と現金化することだ。

たとえば、年金収入に加えて資産からのインカム収入や資産取り崩しで生活する高齢者の場合、運用商品の内容や各種のコストを考えると、1年に一度程度、計画的に計算することをすすめたい。

資産の一年分の取り崩し額をリスク資産も売却することで捻出して、普通預金口座に入金し、そこから生活費の支出をするといい。毎月分配型や、公的年金の支払いがない奇数月に分配するような商品を利用することは、手数料を考えただけで「もったいない!」。

「高齢者には、分配金のニーズがある」などと言う金融マンが時々いるのだが、「分配金ニーズ」は上記のような方法と比較して非合理的である。誤った「ニーズ」を放置するのは不親切というものだし、またそれを喚起してビジネスにつなげようとするのは非倫理的だ(少なくともフィデューシャリー・デューティーには明白に反する)。

もちろん、高齢者だけでなく、若い投資家も、有効なお金の使い途がある時に(教育資金も、起業資金も、遊びのお金も!)、リスク資産を一部取り崩して、その支出に充てることは悪くない。

お金は、単なる手段であり、使うためにこそある。リスク資産での運用は、ただ手元にあるお金を「なるべく増やそうとしている」に過ぎない。

また、資産運用での許容損失額が縮小するような事情が発生した場合に、リスク資産の一部を売却してリスク・ポジションを調整することは適切な行動だ。

「許容損失額の縮小」は、将来におよび現在に新しく重要性の高い支出のニーズが生まれた場合や、健康状態・勤務先の状況の変化、大きな損失の発生などで起こり得るだろう。

株価が大きく下落した場合、経験則的にはそのまま投資ポジションを維持して再上昇を待つことがいい場合が多いのだが、「これ以上損失が拡大すると、将来の生活に支障が生じる」ということが計算上はっきりしているなら、必要な所までリスク・ポジションを落とすべきだ。投資は「許容可能なリスクの範囲の中で」行うべきものだ。

ただ、株価が下がった時には、気持ちが動転したり消極的になったりしているかも知れないが、あらためて考え直してみると(たとえば、老後の生活費への影響を冷静に計算して見ると)「リスクを取っていても大丈夫だ」と思える場合が多いことを付け加えておきたい。

個人が、「リスクが過大になったこと」を理由に「売り」を選択しなければならない場合はそう多くない。まして、株価が上昇した場合の「利益確定の売り」が正当化される理由になるはずがない。通常、資産額が増えると損失の許容額は拡大する。

3番目に挙げたのは、「資産価格が高すぎる」「確実にバブルだ!」「金融引き締めによって債券の魅力が大きくなった」といった場合に、リスク資産を「一部」売ることが正当化できる場合があるということだ。

これらの条件を一つに集約すると、「リスク資産の価格が、明らかにかつ大幅に高過ぎる」と判断できた場合ということになる。

繰り返しになるが「いったん売って、より安く買い戻す」のは大変難しいので、普通の投資家は、下げ相場にも付き合うと決め込んで長期に保有し続けることが合理的で無難な行動方針である。

あえて判断しようとする場合、基準の建て方は難しいが、たとえば、「株式と長期債券を比較した場合に、株価が適正価格よりも50%以上高くなった場合」に保有株式の一部を売って債券に乗り換えてもいい、というくらいなのではないかと筆者は考えている。

たとえば、「PER(株価収益率)は16倍が適正だと判断した場合に、24倍を超えてきたら、持ち株の1割かせいぜい2割くらいを売ってみてもいいのではないか…」というくらいが筆者の判断基準だ。

不親切かも知れないが、適正株価を自分で判断できる人以外には関係のない原則なので、今回は「適正株価の判断方法」については言及しない。

スノーボールを膨らませよう

冒頭の問題に戻ると、少なくとも長期投資で資産形成しようと考える投資家は、「利益確定の売り」を考える必要はないし、万一その考えが頭に浮かんだら、合理性を武器に誘惑と戦うのがいいだろう。じっくり複利で転がして、スノーボールを膨らませよう。

※この記事は2018年10月03日にトウシルサイトで公開されたものです。

 

(楽天証券経済研究所  客員研究員  山崎 元)