『投資賢者の心理学』著者・大江英樹氏に聞く!
投資ビギナーが知っておきたい、負けないための「行動経済学」の基本
投資による資産形成は統計などのデータや、それに基づくセオリーがものをいう世界。それと同時に、じつは人間の「心理」も大きく関係しています。ヒトは投資における意思決定において、時にセオリーに反する不合理な選択・行動を(頭では分かっていても)してしまうことがあるからです。こうした投資行動の際の心理は「行動経済学」として長く研究がなされ、2017年には行動経済学の専門家であるリチャード・セイラー氏(シカゴ大学教授)がノーベル経済学賞を受賞するなど注目を集めています。
目先の勝ち負けに一喜一憂せず、冷静に長く投資を続けるためにも、投資家が陥りがちなこうした心理をあらかじめ知っておくことが重要です。そこで、これから投資を始める人がふまえておきたい「行動経済学」の基本について、『投資賢者の心理学』などの著書をもつ、経済アナリストの大江英樹氏に聞きました。
「株は10勝1敗でも損をする」そのワケは?
勝つ(儲かる)時もあれば、負ける(損をする)時もあるのが投資。「勝つ回数」が「負ける回数」をわずかでも上回ればプラス収支になるかと思いきや、実際には「株は10勝1敗でも損をする」と言われています。そこには、行動経済学における柱の理論の一つ「プロスペクト理論」が関係していると大江氏。
大江氏「簡単に言うと、『人間は損をするのが“異常に嫌い”である』ということを説いた理論です。投資で儲かることと損をすること、金額が同じであればその『喜び』と『痛み』は同じ大きさのはずですよね。しかし、人は『損をした痛みのほうをはるかに大きく感じる』とされているんです。
たとえば、株を買ったあと、少し上がったとします。その時に人は『もっと上がるかもしれない』という期待感と『今売らないと下がって損をしまうかもしれない』という不安感を同時に抱くのですが、多くの人はここで不安感のほうが大きくなるのです。なぜなら、損をするのが“異常に嫌い”だから。結果、少しでも儲かっているのであれば確実に利益をとっておきたいという気持ちになり、たとえわずかな利ザヤでもいいから売ってコツコツと小さな勝ちを積み重ねます。一方、逆に株が下がっている局面では、なかなか売ることができません。損を確定させたくないばかりに、『もう少し我慢して待てば上がるかもしれない』という淡い期待にすがってしまうのです。上がることもあるかもしれませんが、結局はさらに下がって損失が膨らんでしまうケースが少なくない。
つまり、小幅で利食いを重ねていっても、たった一度の大きな下落でそれまでの利益を全て失ってしまう。これが『10勝1敗でも損をする』理由です」
投資に限らず競馬などでも、ことごとく負け続けた後の最終レースで「大穴」を狙い、負けを一気に取り戻したくなるのが人の性。本来であれば大穴ではなく勝つ確率が高い本命を買って、少しでも損を減らすほうが合理的ですが、その時点では冷静な判断力が働かず、「負けている時ほど賭けに出てしまう」のだとか。
大江氏「いわば『損があまりにも嫌いだから損をしてしまう』という、なんとも皮肉なパラドックスですね。株式投資でもナンピン買いといって、保有株が下落した時にさらに買い増すことで平均コストを下げ、上がった時の儲けを期待する“賭け”に出てしまいですが、実際には失敗に終わり、損を拡大させてしまうことも多い。私は40年近く相場の世界にいますが、長い間、投資家がなぜこうした不合理な行動に出てしまうのか不思議に思っていました。それが、行動経済学を学ぶことによって、なるほどそういうことかと疑問が解消されたんです。結局、行動経済学って一言で言うと、“スーダラ節”なんですよね。わかっちゃいるけどやめられない、というやつです」
そうした投資の際に陥りがちな心理を知り、いざ負けが込んだ時に思い出すことで、賭けに出たがる気持ちを自制し、適切な判断が下せるようになるといいます。
大江氏「短期投資においては、こうした人間の自然な心理に逆らい、普通の人とは逆の行動をとることが重要になります。かなり強靭な精神力が求められますが、利益を上げ続けるためには覚えておきたい心構えですね」
投資に潜む心理の罠、回避するには?
また、これから株式投資を始める人に、ぜひ覚えておいてほしいことがあると大江氏。
大江氏「株価の先行きというのは、基本的に不確実なものです。そして、不確実な状況における人間の判断には必ずバイアスがかかっていて、いかに冷静な人でも間違いを起こしやすいんです」
では、どうすればそれを克服できるのでしょうか。方法は3つあるといいます。
大江氏「1つめは勉強をして、企業価値を見極め、財務分析ができる能力を身に付けること。その会社の営業利益の推移やROIC(投下資本利益率)、WACC(加重平均資本コスト)を見て、調達した資金の加重平均コストよりも投下資本利益率が高ければ企業は成長し、株価が上昇していきます。それらを自分できちんと分析できる力を養うことが重要です。
2つめは、先ほども少し言いましたが『人と逆のことをやる』ということです。みんなが売っている時に買い、みんなが買いに殺到している時にこっそり売る。人と真逆のことをして平気でいられる強い精神力を持った人は、株でも儲かります。みんなが行列している店に並ぶのが嫌いという人は、株に向いていると思います。
そのどちらも難しいという人には3つめの方法、「積立投資」があります。積立投資で売買をルール化してしまえば、株価の上下に対してあまり気に病むことがなくなります。積立投資に加え、グローバル分散投資の投資信託で世界中の株を1本で買っておくと、なおいいですね。財務の勉強をせずとも、市場全体の流れに乗って気長に投資ができます。ただし、これには短期で大きな利益を望まず、長いスパンで資産を形成していくという態度が求められるでしょう」
とはいえ、いかに行動経済学が優れた理論だとしても、投資経験が乏しい初心者にはなかなかピンとこないかもしれません。そこで、最初は小さな失敗を重ねながら、投資家の心理を実感とともに学ぶのがいいと大江氏はアドバイスします。
大江氏「今は100円や1000円単位から始められる投資信託もあります。ですから、最初は負けても諦められる額、たとえば月々1000円ずつくらいの少額から始め、大いに不合理なことをやって盛大に失敗してみるのもいいと思います。そのうち、投資でやってはいけないこと、資産運用に潜む心理の罠がだんだん分かってくるはずです。そのための授業料だと思えば、安いものではないでしょうか」
取材・文:榎並紀行(やじろべえ)