なぜ、米中貿易摩擦に驚かされるのか

提供元:日興アセットマネジメント

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China USA Question

<ここがポイント!>

■ 突然、中国が変節した理由
■ そもそも付加価値が低い中国経済
■ 中国からの輸入品すべてに関税が掛かる可能性は高まっている

突然、中国が変節した理由

米中貿易交渉は当初順調に見えた。昨年末、トランプ政権が2,000億米ドル相当の中国からの輸入品目への関税率を10%から25%に引き上げることを延期し交渉に臨んだ時点では、近々にトランプ米大統領と習近平主席の握手が見られそうだった。中国にとって、米国は主要な輸出先でもある(香港からの輸出も中国についで米国が大きい)。

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ところが、5月に入り中国側が突然行動を変えたことで交渉が暗礁に乗り上げたようだ。具体的には、国営企業優遇や補助金などによる企業支援などの政策を取りやめる改革について、中国側が法律の変更をせずに政策で対応したいとした、と報じられた。米国から見ると効果がなくなるとの判断で、中国はそれまでの実務レベルの合意をおおむね白紙に戻したようにみえた。

中国が変節した直接の理由は、習近平政権の米国との交渉の進め方について、国内保守派を説得できなかったということだろう。興味深いことに、習近平氏はすべてを決められる「皇帝」にはなっていないようだ。中国の政策意思決定は調整しながら進む、という程度に「民主的」なのかもしれない。

これまで、中国では、経済成長は地方政府に目標として委ねられてきた。地方政府は、「国営」企業(地方政府系も国営と呼ばれる)に、シャドーバンキングなどを通じて資金を融通したり、他の地域から企業を補助金政策で誘致して目標達成に努めてきた。このような「競争」が経済の活性化に一役買っていたのだ。

確かに、この経済システムには問題も多かった。地方では、成長目標はあっても資金がないため、融資平台などシャドーバンキングで資金を集めた。この仕組みで目先の成長を追いかけ、稼げないプロジェクトへの投資が増えてしまったことで、中央政府の介入によるプロジェクトの見直しや、地方債発行の規模拡大とデットスワップによる地方財政改革などが始まったところだ。

中国国内の改革派は、米中貿易摩擦を黒船と位置づけ、米国の要求は中国の行うべきことと本質的には同じで、貿易交渉を契機として、国営企業改革や補助金削減などを進めようとした。

では、国内保守派は何を求めているのか。単に国営企業の利権の維持といった程度ではその強さを理解しにくい。これまでの習近平政権の反腐敗運動で、中央政府の判断に反するような「利権」はそれほどないとみている。

逆に、習近平政権が、国営企業優遇や補助金政策などを廃した後の経済成長モデルを示せていないと見るべきではないか。仮に無秩序にこの仕組みを壊し、素朴な民間企業中心の競争環境を経済システムの中心にしてしまえば、中国が「世界の工場」の地位を維持し、さらに付加価値を高める生産ができるようになる前に、経済が成長できなくなる恐れがある、と保守派がみたのではないか。

そうだとすれば、習近平政権が今後早い段階で解決策を打ち出すことは難しい。さらに、貿易収支改善策を小出しにしながら米国と交渉しつつ、国内にも配慮することになる。

そもそも付加価値が低い中国経済

本質的な問題は、中国の産業が世界水準から見て付加価値が低いことだ。言い換えれば、国営企業優遇や補助金などの非効率といえる「コスト」を、中国国民がいまだに支払っている。

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中国の1人当たりGDPは、(為替など換算にもよるが)台湾の半分以下とみてよさそうだ。中国として、これは受け入れ難いだろう。

1人当たりGDP、つまり生活水準を上げるということは、付加価値を上げることと同じだ。産業の生み出す付加価値が、単なる世界の工場の組立部門の価値から、「これがなければ困る」といった部品や機械、あるいは「このブランドの商品が欲しい」という消費財の価値に高めなければ、生活水準は向上していかない。

言い換えると、自国ブランドが確立してこそ、知的財産権保護を行う意欲が出るはずだ。そうなれば、国営企業優遇の必要はなくなり、補助金に頼ることもなくなる。

つまり、付加価値を生み出す力が弱いという意味で、中国はまだ貿易摩擦を解決する段階に至っていない。しかし、トランプ政権は、中国の規模の大きさ、米国の安全保障や選挙対策などの観点から、中国に「不公正の改善」を関税引き上げという手段を使って迫っている。中国が自由貿易を守るといっても、不公正(知的財産権保護の不徹底、国営企業優遇、補助金供与)に依拠した産業での「自由」貿易は、米国経済に良いとは言い難い。

中国は不公正な手段で、実力以上の経済力をつけて軍事や国際政治で不必要なまでに強くなった、というのが、米国で蔓延する中国脅威論の背景にあるのではないか。

一方で、中国は時間を稼ぎたい。米国が要求する不公正の改善は、中国自身の長期目標でもある。付加価値を生み出す産業が幅広く現れることが、高所得国への道だ。そのためには、民間企業の競争とイノベーションが必要となる。しかし、日米欧などの主要企業が世界市場を席巻する中で、打って出る場所は多くない。

一帯一路構想で市場を押さえたい一方で、地方政府主体での産業育成などから、急に市場メカニズム主体の経済運営に変更することが得策とは思えない。経済が発展途上であり所得水準が中所得国であるのだから、中国が産業保護政策を行うことは当然だ、と保守派は考えるだろう。

中国からの輸入品すべてに関税が掛かる可能性は高まっている

こうなると、米国で中国からの輸入品すべてに追加関税が掛かる可能性は高まる。テクノロジー関連を除く2,000億米ドル相当の製品への関税は、中国の変節に応じて10%から25%に引き上げられた。今後、習近平政権がこれといった解決策を出せないとすれば、米国は残り約3,000億米ドルに追加課税を課すほかないだろう。

そうなると、スマートフォンなど消費財が含まれることになる。これまでは7割程度が生産財とされていたので、法人減税でカバーされてきたが、消費財の関税が幅広く引き上がると、中間層減税を進められなかったトランプ政権の下では、消費のてこ入れが難しくなるだろう。後は、増加する政府収入をうまく使って経済に還元してくれることに期待したい。

 

(日興アセットマネジメント チーフ・ストラテジスト 神山直樹)

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