お金が「有限」だと教えることが課題に?
お小遣いも電子マネー!でも弊害も? 世界各国のキャッシュレス事情
最近急速にQRコード決済サービスが増えている。また、2019年10月からは、キャッシュレス決済を対象にしたポイント還元制度が始まるなど、キャッシュレス化の波が迫ってきている。
では、日本を離れた海外ではどの程度キャッシュレス化が進んでいるのだろうか。東短リサーチチーフエコノミストの加藤出さんに、世界各国の最新事情を聞いた。
北欧では“キャッシュレスオンリー”の店が増加
「特にキャッシュレス化が進んでいる地域は、北欧です。IT産業に力を入れて人材教育を行ってきたこともあり、デジタルリテラシーが高い人が多く、最新のデジタル技術がなじみやすいんです。デジタル革命の流れをリードしようという意識も感じますね」(加藤さん・以下同)
スウェーデンの首都・ストックホルムでは、数百円相当のホットドッグを売っている屋台でさえも、カード払いが基本。フィンランドの首都・ヘルシンキの市場でも、地元民は5ユーロのイチゴをカード払いで購入していく。
「現金を受け付けない店が出てきているため、多くの人が現金を持ち歩きません。デンマークのコペンハーゲンにある博物館のロッカーは昔ながらのコイン式ですが、国内外の旅行者の多くは現金を持っていないので、入場券と一緒にロッカー用コインの代金を支払う仕組みになっているんですよ」
現金が使われないとなると、入出金の必要がなくなるため、銀行の店舗数が減少しているんだとか。現金を扱うのは基幹店舗だけで、銀行員の数も減っているそう。
「ただし、預金と貸出という銀行の主軸ビジネスが縮小しているわけではありません。また、北欧のキャッシュレス決済のメインはデビットカード。『Swish(スウィッシュ)』という、銀行主導で開発されたモバイル決済アプリも普及しています。従業員が減った分、銀行員1人当たりの利益はかなり増えていると推測できます」
同じくヨーロッパでキャッシュレス化が進んでいる国が、イギリス。ここ2年ほどで、一気にキャッシュレス化が進んだという。
「主要銀行が共同で非接触型デビットカードの共通規格を作り、国内の交通系電子マネー・オイスターカードと連携させたことで、あっという間に普及しました。30ポンド未満はサインレスで購入できるので、日本の交通系電子マネーと近い印象ですね」
QR決済社会・中国ではほったらかしビジネスが急増
アジアでキャッシュレス化が進んでいる国といえば、中国。ヨーロッパとの違いは、決済方法がQRコードという点だ。
「偽札の多さが社会問題になっている中国では、キャッシュレス決済は歓迎されています。現金を扱わないで済むので、窃盗や強盗に狙われないところも魅力のようです。先進国と比べてクレジットカードを持っている人が少ないため、QRコード決済が広まっています」
テーブルにQRコードが貼ってある飲食店もあり、スマートフォンで読み込むとメニューが表示される。ネット上で注文から支払いまで完結し、店員が食事を運んでくるのを待つだけというスタイルが増えているそう。路地裏の小さな商店も、QRコード決済が当たり前。
「キャッシュレスになれば現金を扱わなくなり、店員も必要なくなるため、ほったらかしのビジネスが増えています。例えば、地下鉄の改札前に2人用の無人カラオケボックスが並んでいたり、クレーンゲームが設置されていたり、スペースが有効活用されています」
QRコード決済が発展した中国では、スマートフォンの電池が切れると社会生活が営めない。その不安を解消するため、ショッピングモールや飲食店には貸しバッテリーが設置され、少額で充電できるそう。
「中国の影響を受け、日本でもキャッシュレスといえばQRコード決済の印象が強いですが、同じアジアでも、香港やシンガポール、韓国はクレジットやデビットなどのカードでの決済が主流です」
キャッシュレスによって子どもの金銭感覚が変化…?
北欧も中国も、キャッシュレス化が進んだのはここ数年のことのようだが、子どもたちの金銭感覚に変化は生じていないのだろうか? どうやら北欧では、子どものお小遣いも、「Swish」を通じて親から渡されるようだ。
「現金はゼロにはなっていないものの、日常的に目にする機会が激減したため、子どもにお金の概念を理解させることが以前よりも難しくなっているようです。カードやスマホに入っているお金が無限ではないこと、稼ぎやお小遣いの範囲内で使うことをどう教えるか、議論になっているみたいです」
加藤さんは「教育の一環でデビットカードなどを渡して、『この中に500円が入ってるから、この範囲内で買い物しなさい』って教えていくのでしょう」と、予想する。
国内の完全キャッシュレス化の課題は「データ保護」
日本でもここ1年ほどでキャッシュレス決済の選択肢が増え、若い世代の中には現金を持たない人も出てきている。他国のように、キャッシュレス化はさらに進んでいくのだろうか。
「国内でも、キャッシュレス決済の利用頻度はさらに高くなっていくでしょう。ただし、プライバシー保護の問題を解決しなければ、全世代的な普及は難しいと思います」
現金払いは、誰がどこで何を買ったかわからない匿名性があるが、キャッシュレス決済は消費行動と個人情報が紐づいてしまう。データが保護されていることを決済会社が明確に打ち出すことが、普及への第一歩といえそうだ。
「実は、北欧やイギリスでも、現金完全廃止は急がない方がいいという議論が持ち上がるようになってきています。キャッシュレス決済を使えない高齢者がいたり、停電の際に経済が止まったりする恐れがあるためです。日本は世界一の高齢化社会なので、現金払いが選択できないと困る人が出てくるでしょう。また、自然災害が多く、停電の恐れがある国ですから、非常時用に現金が使えるシステムは必要です。そのため、現在のように現金とキャッシュレスが混在する状態はまだまだ続いていくと思います」
世界的に大きな波が来ているキャッシュレス化。日本ではまだ決済方法を選択する余地があるが、現金とキャッシュレス、それぞれのメリット・デメリットを把握して、賢く使い分けていきたい。
(有竹亮介/verb)
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加藤出
東短リサーチ社長、チーフエコノミスト。横浜国立大学経済学部卒業後、東京短資に入社し、短期市場のブローカーとエコノミストを兼務。マーケットの現場の視点から日銀、FRB、ECB、中国人民銀行などの金融政策を分析。著書に『日銀、『出口』なし!』など。