自筆の遺書は避けた方がいい?
あとあと揉めないために、賢い遺言のしたため方
旅立つ人が残される人に意志を示すためのもっともいい方法は、遺言を残すことです。いかに話し合ったとしても、それが形として残されなければ”証拠”にはならず、納得いかない誰かが現れたら、いとも簡単に反対されてしまう可能性があります。
草葉の陰から故人が見ていたとしたら、なんと口惜しいことでしょう。ならばと筆を執ってメモや手紙をしたためておいても、決められた方式に則っていないために「無効だ」と主張されたらそこまで。
「そんな悪いヤツはうちの親戚や子供にはいない」と思う人が大半でしょうし、実際にそうでしょうが、そもそも遺言は”もしも”に備えるためのもの。万全を期すべきなのです。
では遺言はどのように書いたらいいのか。
結論から申し上げると、大半の方には「公正証書遺言」がオススメです。それを理解していただくために、おもな遺言の種類を学んでみましょう。
知っておくべき遺言の基本的な種類
・自筆証書遺言:被相続人が自筆で遺言書を作成する方式
・公正証書遺言:公証人に遺言書の執筆と保管を依頼する方式
・秘密証書遺言:公証人に遺言書の存在証明だけを依頼する方式
自筆証書遺言は、先述のように自分で書いて捺印するもの。手軽でお金がかからない反面、公的な書類にするためのハードルは案外高いのです。たとえば「令和元年9月吉日」のような記載はアウト。ちゃんと日にちを記さないとそれだけで効力を失ってしまいます。
保管場所にも注意が必要で、誰かに伝えておくのは大前提。しかし伝えておく相手が遺言内容に納得していないとしたら、隠されたり偽造されるケースもあるのです。信頼できる第三者も探さねばなりません。
さて、もう一段階万全を期すなら、秘密証書遺言というものがあります。用意した遺言書を証人(2人必要)と一緒に公正役場に持ち込み、遺言書の存在を証明してもらうという方式。誰にも内容を公開せず、ただ遺言書の存在を明確にするというやり方です。
しかしこれも自筆であるため、決められた方式に則っていない場合無効になるリスクがあります。さらに自分で保管する必要があるため、紛失や盗難の可能性もあります。ちなみに1万1000円の手数料が必要です。
なぜ、公正証書遺言がオススメなのか?
それらのリスクが少ないのが、公正証書遺言。先にデメリットをお伝えしておくと、手間とお金がかかります。相続財産の評価額に応じて5000円~数万円の手数料がかかるほか、公証人とやりとりを重ねて作成してもらうので、それなりに労力も必要です。
しかしそれを補ってあまりあるメリットがあるのです。
公証人が作るため内容に不備が生じるリスクは少なく、その効力についてもチェックしてくれるため、揉める可能性も減ります。加えて保管まで任せられるので盗難や紛失、偽造の心配はありません。
まずは公証役場で「遺言を作りたい」と伝えれば、親身に相談に乗ってくれますよ。
ほかにも、病気や事故により死が目前まで迫っている状況で作れる特別方式遺言というものがありますが、これは”備えておく”類いのものではないため、あえてここでは言及しません。
後々のことを考えるのであれば、公正証書遺言の盤石さがおわかり頂けたと思います。
ちなみに遺産の管理相続が得意な民間信託銀行などに任せる遺言信託という方法もあります。作成から保管、遺言の執行代理まで至れり尽くせりですが、その分高額な手数料や報酬が求められます。業者やサービス内容、遺産の評価額にもよりますが、100万円を超えるケースが一般的です。
遺産額が膨大な場合以外には現実的ではないかもしれませんね。
遺言はあくまで方針。”意図”も添えておくのが吉
さて、いずれの方法を選んだにせよ遺言で大事なことは、故人の遺志と共に”意図”も示しておくことだと私は考えます。いかに遺言で道筋を作ったとはいえ、それに従う人たちが納得できるとは限らないのです。
「なんで兄弟の分け前が多いの?」「何も残されないなんて母がかわいそう」「自分だけ損している気がする」などなど、公平を期したとしても、それを計る物差しは人それぞれ。
キチンと遺言を残したにも関わらず不満が噴出し、揉めごとの火種になってしまっては、やっぱり草葉の陰で口惜しさに身もだえしてしまうに違いありません。
なればこそ、意図を示しておく。遺言の内容を、自身の思いとともに相続人たちに話しておく。あるいは、遺言に付言事項という”フリースペース”のような欄があります。そこに理由や気持ちをしたためておく。「長女は、長男に比べて少ないけれど、長男にはお墓を守ってもらう責任があるから」と、ひと言添えた方が納得できるし、方針の拠り所になるのです。
やれることを尽くして天命に任せればこそ、どんな場合にも動じない強い心が得られるという禅の言葉です。もともとは儒教の言葉ですが、やがて仏教でも使われるようになったほど、そこには普遍的な意味があります。
まずは遺言書を作ると腹を決め、自分に言い訳せずに作りきる。そして人が納得するために、言葉を添えたり伝えること。その作業は、残された人にどんな人生を歩んでほしいかを考え、ひるがえっては自身を見つめ直すことにも繋がるはずなのです。そうすることで、晩年を迎えるための心づもりができあがることでしょう。
(取材・執筆:吉州正行、イラスト:石井あかね)
【Profile】
僧侶・吉州正行
埼玉県で寺院を運営する現役僧侶。数多くの葬儀を引き受けるなかで、相続の問題を数多く目の当たりにし、僧侶の視点から終活の資産運用について考えることを奨励する。団塊世代が高齢化する今後、相続問題が全国的に多発することを危惧する。
監修:岡野雄志
日本トップクラスの相続税還付実績を誇る、正確な土地評価と税務署との交渉力が強みの相続税専門の税理士事務所「岡野雄志税理士事務所」代表。日本全国で数多くの相続税の案件に携わってきた相続税申告、相続税還付や相続税対策など、相続に関するスペシャリスト。
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