生きているうちに「パスワード」だけは記録せよ!
相続に大きく影響する「デジタル遺品」の扱い方
現在の日本では、スマートフォン(スマホ)の普及率が8割を超えている。スマホを活用する高齢者も増加している今、見逃せないキーワードが「デジタル遺品」だ。
「デジタル遺品」とは、実体がなく、故人のPCやスマホの中を探索しなければ把握できないデータなどのこと。近年、PCやスマホのパスワードがわからず、アクセスできない「デジタル遺品」が、問題になり始めている。
では、遺族はどのように「デジタル遺品」を把握すればいいのだろうか。日本デジタル終活協会の代表理事で、終活弁護士・公認会計士でもある伊勢田篤史さんに、「デジタル遺品」をめぐる問題や対策について、聞いた。
「デジタル遺品」放置で遺族に100万円請求の可能性も!?
「『デジタル遺品』は、オフラインデータとオンラインデータの2つに分けられます。オフラインデータは、PCやスマホに保存されている写真やテキストなどのデータ。オンラインデータは、インターネットサービスのアカウントのことで、SNSのアカウント、ネット銀行・ネット証券の口座などが含まれます」(伊勢田さん・以下同)
遺族が故人のPCやスマホにアクセスできず、「デジタル遺品」を見つけ出せなかったとすると、どのような問題が起こるのだろうか。
「オフラインデータの場合は、葬儀の際に問題になるケースが多いようです。例えば、故人の友人知人の連絡先がスマホにしか保存されていなかったら、葬儀の連絡ができません。写真もデータしか残っていなければ、きちんとした遺影が用意できないかもしれませんよね」
では、ネット銀行・ネット証券の口座など、オンラインデータの場合はどうだろう。
「金融機関などお金に絡むサービスの場合、財産の網羅性が確保できないため、相続に影響する可能性があります。故人がFX取引を行っていて、死後に為替が大幅に変動したために、遺族に対して追加証拠金が請求されたというケースもあります」
故人がFX取引でレバレッジを利かせており、亡くなったタイミングで為替が大幅に変動したため、遺族に追加証拠金約100万円が請求されたケースがある。年に1件あるかないかのレアケースではあるが、遺族にリスクがないとは言い切れない。
「株式投資であれば、損をしても資金が0円になるだけですが、FXなどのデリバティブ取引の場合はマイナスになる可能性があります。故人の投資状況(遺産の内容)を早めに確認し、処分方法を決めるためにも、『デジタル遺品』の把握は重要です」
デジタル遺品整理の第一歩は「PC・スマホのロック解除」
「デジタル遺品」を把握するには、故人のPCやスマホへのアクセスは必須といえそうだが、パスワードがわからないことも多いだろう。
「データ復旧サービスを行う業者に頼めば、5万~15万円でPCのロックを解除してくれます。実は、PCよりスマホの方がパスワードの解析は困難で、最低でも20万~30万円程度かかるケースは多いでしょう。最新のスマホだと、解除できない場合も多いようです」
そもそもロックを解除できないという壁も存在するが、無事にパスワードがわかった場合は、どのようにネット銀行やネット証券のアカウントを探せばいいだろうか。
「まずは、メールで投資に関する情報が届いているか、確認してみましょう。有料課金が発生するものであれば、クレジットカードの明細からわかることもあります。故人がネット証券で株式取引をしていた場合は、ほふり(証券保管振替機構)の開示請求事務センターに対し、登録済み加入者情報の開示請求を行うことで、どの証券会社で何に投資していたかという情報が得られる可能性があります」
2009年1月に行われた株券電子化に伴い、ほふりによる株券・株主の一元的な電子管理が行われるようになった。必要書類を用意すれば、遺族は株式投資の情報を閲覧できるのだ。ただし、管理している情報は上場企業への株式投資に限り、投資信託などの情報は得られない。
「利用者が亡くなったとしても、金融機関は自動的には動いてくれないので、遺族から情報を取りにいかなければなりません。今後、5年、10年経ち、日常的にPC・スマホを使う世代が高齢者になる頃には、さらに『デジタル遺品』の問題は増えると考えられます」
デジタル遺品問題予防のカギは「デジタル終活」
「『デジタル遺品』の問題を防ぐには、生きているうちに“デジタル終活”を行うことが大事」と、伊勢田さんは話す。デジタル終活とは、死後に自分のデジタル遺品をどう扱ってもらうか、まとめる作業のことだ。
「人はいつ死ぬかわからないので、高齢者に限らず、PCやスマホを持った時点でデジタル終活は行った方がいいと思います。最低でもしておくべきは、PCやスマホのロックを解除するパスワードを残しておくこと」
PCやスマホのパスワードにSNSのアカウント、連絡してほしい友人などをまとめたエンディングノートを作成しておくと安心だが、生前に誰かに見られるのが怖いと感じるのであれば、メモ用紙にパスワードを書いておくだけでもいいという。財布や通帳など、死後に遺族が必ず見るであろうものに挟んでおこう。
「最近は、自身が命を落とした際に、遺族にPCやスマホのパスワードを知らせてくれるサービスも出てきています。物理的なパスワードの保管に不安を感じる人は、ネットサービスを活用する手もあります」
月々390円(税抜)で利用できる「デジタルキーパー」は、PCやスマホのログインパスワードを管理してくれるサービス。利用者に定期的にタイムリーなセキュリティ情報のメールが届き、そのメールが閲覧されなかった際に、あらかじめ設定していた遺族にパスワードの情報が届くというもの。
「遺品整理や相続の問題は、経験しないと実感が湧かない分野ではありますが、死んでから対策はできません。突然死がないとも言い切れないので、気づいた段階でデジタル終活をしておいてほしいですね」
PCやスマホを利用している人、特にネット証券などを通じて投資している人にとって、決して他人事ではない「デジタル遺品」の取り扱い。死後、大切な人を困らせないためにも、ネットサービスのアカウントを整理し、何かしらの手段で遺族にパスワードを知らせられるようにしておこう。
(有竹亮介/verb)
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伊勢田篤史
弁護士、会計士。2004年、大学3年時に公認会計士試験に合格。2013年に司法試験に合格し、弁護士として活動を開始。現在は、“終活弁護士”として、相続対策や事業承継を中心にコンサルティングを提供している。また、デジタル終活の普及のため「日本デジタル終活協会」を設立。