欧米ではIT企業が発展を引っ張る
「MaaS」の概念は、人々の移動をどう変えるか
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投資やビジネスでは、その時代にたびたび耳にするキーワードがある。近年、交通に関するニュースでよく聞かれるのが「MaaS(Mobility as a Service)」だ。次世代の“移動”をになう概念とされ、自動車メーカーや鉄道会社といった交通事業者はもちろん、IT企業の参入が相次いでいるのも大きな特徴だ。
では、MaaSとはどんな考え方で、私たちの移動をどう変えていくのか。疑問を解消すべく話を聞いたのが、東京大学 生産技術研究所 特任講師の伊藤昌毅氏。国土交通省や経済産業省のMaaS事業にも関わる同氏に、MaaSの実像を尋ねてみた。
ルート検索だけでなく、予約・チケット購入も同じアプリで
まず聞きたいのは「MaaSとは何か」というキホン。伊藤氏は「今やMaaSは世界中で発展しており、概念は急拡大している」と話す。だからこそ「MaaSという言葉を定義づけるのは、もうあまり意味をなさないかもしれません。それほど盛り上がりは加速しています」と説明する。
とはいえ、「もともとのMaaS概念」として、伊藤氏はこんな風に表現してくれた。
「電車やバス、タクシーなど、あらゆる移動手段について、ひとつのアプリで検索から支払いまで行える、一貫した体験を可能にするのがMaaSのサービスと言えるでしょう。これまでも、目的地への移動手段を調べるアプリはありましたが、予約や乗車券の購入、レンタカーや駐車場の予約までシームレスにアプリで完結する考えです」
例として分かりやすいのが、フィンランド発の「Whim(ウィム)」というアプリ。目的地を設定すると、あらゆる移動手段を組み合わせたルートをアプリ内で検索し、そのままチケットを購入できる。購入者は、アプリで表示されたQRコードなどで乗車する形だ。さらにWhimは月額制のサブスクリプション契約もあり、契約金額によっては公共交通が乗り放題になる。タクシーやレンタカーも、一定距離まで固定料金で利用可能になる仕組みだ。
ベルリン市交通局(BVG)が昨年リリースした「Jelbi(イェルビ)」も、代表的なMaaSアプリのひとつ。鉄道やバス、地下鉄などに加え、電動キックボードやシェアサイクル、カーシェアリングなど、ベルリン市内で提供されているさまざまなモビリティについて事業者を越えて統合。検索・予約・決済ができる。開発したのはリトアニアのTrafi(トラフィ)というスタートアップであり、高い技術を持つMaaS企業が世界を相手にしているという点も特徴的だ。
「今はあらゆる分野において、デジタル上ですべて完結できるサービスが増えてきました。アマゾンなどのECサイトは、商品の予約から購入、配送まで行えますし、近年増えているフィンテックも、金融の手続きをデジタル内で完結するものが多数あります。MaaSも同様で、移動する際に実は存在していた“見えない壁”、たとえば検索はできても購入はできない、あるいは交通手段ごとにサービスが異なるといった壁を超えて、シームレスに完結するものです」
日本でもMaaSサービスは登場し始めている。昨年10月末にサービスインしたアプリ「Emot」は、さまざまな移動手段を組み合わせたルート検索が行え、今後は予約・決済機能の整備も行われる予定。小田急電鉄の開発で、アプリを使った実証実験も重ねている。
先述したWhimも日本に上陸。まずは千葉県柏市の「柏の葉」地域で実証実験をスタートするという。三井不動産と提携し、街づくりにもつなげる構想となっている。
MaaSの「次のフェーズ」は、移動の目的まで作ること
交通や移動に関わるMaaSだが、この動きを加速させたのはIT系や情報系の企業だという。
「たとえばWhimが生まれたフィンランドは、国全体でいち早くMaaS事業を仕掛けた国です。国を代表する企業『ノキア』がスマートフォンの時代になって苦しくなり、国として次の主要ビジネスを探していた背景もあり、国策として取り組みました。なかでも大胆だったのは、交通・運輸と情報通信の中央省庁を統合し、フィンランド運輸通信省を立ち上げたことです」
交通部門と情報部門の省庁が統合されるのは異例。もちろん、そこには交通とITを組み合わせてMaaSを進める狙いがあった。
フィンランド以外でも「グローバルで見ると、今まで交通と関わりの少なかったIT・情報系のスタートアップ企業がMaaSを動かしてきた」と伊藤氏。交通事業者や国の機関も「自社のデータを積極的にオープン化して、IT企業にMaaS開発を委ねたケースが多い」と話す。
一方、日本では「交通事業者の規模が大きく、海外に比べると自前でMaaSサービスを構築している」と伊藤氏。とはいえ、IT企業の参入や、交通事業者と手を組む形も増えており、新たなビジネス領域の開拓が行われている。
「交通事業者としても、タクシーやバスなどのシステムにITの知見が入ることで事業価値を再発見できる面があります。MaaSは移動の効率や利便性を上げるので、当然、交通事業の活性化にもつながるでしょう」
その上で、伊藤氏は盛り上がるMaaSの「次のフェーズ」をこう考える。
「移動はあくまで手段であり、『どこかに行きたい』『何かを見たい』という感情、目的とともに生まれます。今のMaaSは移動の領域をになっていますが、その先の『目的』まで含めて統合するサービスが出るはず。まだ目的と移動の間にある“壁”は誰も崩せていない印象で、今後シームレスにつなぐサービスがどう生まれるのか。都市や街づくりとの関連も含めて注目したい点です」
移動を便利にするMaaSは、そもそもの目的作りから実際の移動までを完結させるのだろうか。それはきっと、観光をはじめとした人々の消費行動にも影響を与えるはず。次回以降、MaaSに携わる企業に取材し、その辺りの展望も聞いていきたい。
(取材・文/有井太郎 撮影/森カズシゲ)
※記事の内容は2020年2月現在の情報です