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1万年かかる問題が3分20秒?

世界的に準備が進む「量子コンピューター」の現状は?

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投資やビジネスの世界には、ある時期によく聞かれるキーワードがある。その多くは、次世代の社会や産業を担うと期待されるものだろう。とはいえ、実際の内容はよくわからなかったり、具体的にどんな業界に影響を与えるのか想像できなかったりすることも多い。

それらのキーワードをひもとき、さらには関連する企業に取材するこの連載。今回のキーワードは「量子コンピューター」。現在のコンピューターをはるかに超える能力を持つといわれ、最近はグーグルの量子コンピューターが、スーパーコンピューターでも1万年かかる問題をたった3分20秒で解いたという論文が話題になった。

果たして量子コンピューターはどれだけの可能性を秘めるのか。そして実用化はいつなのか。今回はまず「基礎編」として、科学技術振興機構 研究開発戦略センターの嶋田義皓氏に量子コンピューターの現状と可能性を聞いた。

今の暗号システムは、アップデートが必要に

量子コンピューターは、1980年代からその研究が始まり、未来のコンピューターとしてIBMなどが盛んに研究してきた。しかし、その能力がどれほどのものなのか、想像できない人も多いだろう。嶋田氏は、ひとつの予見として量子コンピューターの能力をこう表現する。

「大規模な量子コンピューターが実用化された場合、現在の暗号はほとんど使いものにならなくなる可能性があります。量子コンピューターの計算力があれば、解読できてしまうんです。そこで、2030年以降は耐量子コンピューター用の暗号に変える方向です」(嶋田氏、以下同)

まだあくまで「理論上」の話ではあるが、量子コンピューターは既存コンピューターの計算能力をはるかに凌ぐと言われている。冒頭で紹介したグーグルの研究結果を見ても、スーパーコンピューターで約1万年かかる計算を3分20秒で行えるのだ。

ただしこの研究結果には、ライバルのIBMから異論が出ているという。

「グーグルの研究は問題設定が特殊というか、スーパーコンピューターが苦手とする計算をあえて強制するようにする、量子コンピューターにとって有利な設定でした。グーグルとは別の手法で計算すると、スーパーコンピューターでかかる時間は『1万年ではなく2.5日』だとIBMは反論しています」

とはいえ、その主張が的確だとしても「ハードウェアとして実現したことに目を見張る部分はある」と嶋田氏は言う。「2.5日を3分20秒に短縮する実機を作ったのは、やはり大きな成果」と指摘する。

そもそも量子コンピューターは、量子力学の性質を使った計算機だ。既存のコンピューターは「ビット」という単位を使って計算が行われるが、このビットは「0」か「1」のどちらかの状態しか表すことしかできない。そのため、「0の場合」を計算し、次に「1の場合」を計算するといった順序になる。

一方、量子コンピューターは「量子ビット(キュービット)」という単位を使うが、これは「0」と「1」の両方の状態を同時に表せる。「重ね合わせ」と呼ばれ、並列計算できる分、計算処理に必要なステップが従来のコンピューターに比べ少なくてすむ。そのような並列計算で出た答えの中から、1つの答えを取り出すイメージだ。

また、量子ビットが1個増えると倍の状態を同時に表すことができるようになる。量子ビットがn個なら2のn乗の状態を同時に計算できることになる。

IBMの量子コンピューターはユーザー約15万人

では、この“夢のコンピューター”が、企業で一般的に使われる日はいつ来るのだろうか。嶋田氏は「多くの企業が使うには、5年10年では厳しいでしょう」と苦笑いする。実用化にはまだまだ問題があるようだ。

「1つは量子コンピューターで扱える問題のサイズです。グーグルの研究で使われたものは、全体で53量子ビットを搭載したもので、現状の量子コンピューターとしては大きなサイズです。しかし、実は1量子ビットから取り出せるデータ量は今のパソコンの1ビットと同じです。となると、53ビットではあまり複雑な計算はできなそうだとイメージできます。今後、量子ビットをどこまで増やせるか。それはまだ未知数ですね」

もうひとつが「計算のエラー率」だ。先述したように、量子コンピューターは重ね合わせが可能な量子ビットを制御して計算を進める。その際、0を1にするという最も基本的な演算についても現状では100回に1回ほどの確率でエラーが起きるという。「グーグルの研究で使われたものでも1000回に1回のエラー率。これまでの量子コンピューターと比べると素晴らしい性能ですが、既存のコンピューターと比べると厳しいですよね」。その精度を上げることと、エラーを随時訂正するしくみが求められる。

これらの背景から、現在は「既存のコンピューターでベースの計算を行い、量子コンピューターが得意とする計算、サイズ的に計算可能な部分のみ切り出して、そこを量子コンピューターが担当する。2つの補完関係が現実的な使い方だと考えられています」と嶋田氏は言う。

「実際に量子コンピューターを検討し始めているのが、創薬、材料、化学などの産業界です。新たな物質や薬を開発する際は、コンピューターを使って化合物の性質をシミュレーションしますが、その多くは量子力学にもとづく計算です。問題設定自体が量子力学なので、量子コンピューターとの相性がいいんですね」

現在、IBMは10台以上の量子コンピューターについて、クラウド上で世界中のユーザーがアクセスできるサービスを展開している。およそ15万人のユーザーがいるそうだ。化学産業の企業も、こういったクラウドシステムを使い、量子コンピューターをビジネスに取り入れる準備をしているという。

「アマゾンやマイクロソフトも、同じようにクラウド上での量子コンピューターサービスを提供すると発表しています。限定的とはいえ、確実にビジネスで使われるシーンは増えてくるでしょう」

可能性と課題の両面を持つ量子コンピューター。次回は、実際に量子コンピューターに関わる企業に取材し、より実像に迫っていく。

(取材・文/有井太郎 撮影/森カズシゲ)

※記事の内容は2020年2月現在の情報です

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