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日本の交通や小売業の発展に向けて

MaaSアプリ「EMot」内で移動の“目的”が生まれる

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交通やモビリティを進化させるキーワードとして、たびたび名前の挙がるMaaS(Mobility as a Service)。前回、この概念に触れる記事を載せたが、日本でもすでにMaaSを形にしたサービスが現れている。

そのひとつが、昨年10月にサービスインした小田急電鉄の「EMot(エモット)」だ。

「日本の公共交通は、高齢化で免許を返納する方が増えるなど、日常の“足”として使うニーズは増えています。一方、働き手は減り、事業者は運転手不足に悩む面も。その中でEMotのようなMaaSサービスは、公共交通の需給バランスをデジタルで整え、交通事業を成長させると考えています」

こう話すのは、小田急電鉄の西村潤也氏(経営戦略部 次世代モビリティチーム 統括リーダー)。同氏は、交通事業の成長に加えて、MaaSが小売店を中心とした生活サービスにも活気を与えるとにらむ。

西村氏に、EMotのサービス内容と、そこから見えるMaaSの可能性を尋ねた。

箱根フリーパスもデジタル化。そのメリットは

EMotには大きく2つの機能がある。「複合経路検索サービス」と「電子チケットの発行」だ。

「複合経路検索サービス」は、鉄道やバスに加えて、タクシーやカーシェアリング、シェアサイクルなど、さまざまな交通手段を一括検索できる。加えて、検索結果から連携しているアプリやサイトに移り、そのまま予約・決済を行うことも可能だ。

EMotによる経路検索とカーシェア探索の画面。左画面は、新宿発のデジタル箱根フリーパスを購入した検索結果であり、料金が0円表示になっている

「たとえば、目的地を設定するとその付近のカーシェアステーションも検索できます。予約したい場合は、画面に表示された『照会・予約』をクリックすればカーシェアサービスのサイトに遷移し、手続きができます」

もうひとつの機能「電子チケットの発行」は、よりMaaSならではと言えるかもしれない。アプリ上で割引券や特典チケットを発行するもので、箱根の小田急グループによる鉄道やバス、ロープウェイや海賊船などが乗り放題(2〜3日)になる「箱根フリーパス」のデジタルチケットや、小田急グループに限らず、静岡県浜松市を走る遠鉄電車と天竜浜名湖鉄道の指定区間が1日乗り放題になるチケットなどを販売している。

私鉄ビジネスモデルならではの特徴的な電子チケットも登場している。ひとつは、指定の商業施設で一定額以上の買い物をすると、最寄駅を発着する小田急バスの往復が無料になるチケット。たとえば6月30日までは、「新百合ヶ丘エルミロード」で2500円(税込)以上買い物をすると、新百合ヶ丘駅を発着する小田急バスの往復無料チケット(210円区間)が発行される。

もうひとつは、飲食店の定額制チケット。新宿・新百合ヶ丘駅構内の「おだむすび」「箱根そば」「HOKUO」の計7店舗で、1日1回使える定額制チケット(購入日から30日間有効の10日券もしくは30日券)が売り出されている。どちらも6月30日までの実証実験予定だ。

「電子チケットの良さは、さまざまな値付けや条件を期間ごと、キャンペーンごとに各種作りやすいこと。紙券に比べてコストは安く、セキュリティは高くなります。何より、交通と生活サービスを柔軟に連携させ、パッケージできるのが大きいですね」

ローンチ後、どんな効果があったのだろうか。ある人は、まだ子どもが小さくベビーカーを押して移動するので、普段バスは敬遠していたという。しかし、無料チケットの存在を知り「タダで使えるなら乗ろう」と使い始めた。そして、一度使い始めると、無料の条件にならなくてもバスに乗る習慣ができたようだ。

地方、海外のアプリでも同じシステムを使える?

MaaSの今後を考える上で、交通手段の検索・予約・決済をシームレスにつなぐだけでなく、今後はそもそもの「移動する目的」までサービス内でつくる流れになるという話を前回紹介した。西村氏も「移動の目的を作り、お客さまの活動を活発にしたい」という。

そういった「目的づくり」の好例も出ている。EMotを活用して2月に行われた北海道十勝地域の実証実験では、この時期に同エリアで名物となっている自然現象「ジュエリーアイス」を見学するためのバスとタクシーがセットになったチケットや、温泉施設の入浴券とセットになったチケットが登場している。

西村氏は「目的までセットにできるからこそ、MaaSの発展は小売業界などにも好影響を与えると思います」と話す。

なお、EMotに使われている基盤システム、検索に必要な交通データや電子チケットの発行データには「MaaS Japan」というデータ基盤が使われている。MaaS Japanは、小田急電鉄が経路検索ソフトの『駅すぱあと』を展開するヴァル研究所の支援のもと開発したもの。

大きな特徴は、MaaS JapanをEMotだけ、小田急電鉄だけのものに閉じず、さまざまな事業者が活用できるオープンデータ基盤にしたことだ。

「地方部の交通課題は深刻で、改善したい事業者さんはたくさんいます。しかし、自前でMaaSのシステムを作るのは簡単ではありません。そんな中、EMotの基盤開発を行っていると、いろいろな方から『一緒にその基盤を活用したい』というお声がけをいただきました。であれば、基盤をオープンにして、MaaSサービスを始める際のイニシャルコストがほぼかからない世界観を作ろうと考えたのです」

国内事業者の活用はもちろん、前回の記事で紹介したフィンランド発の「Whim」やシンガポールのMaaSアプリ「Zipster」とも連携。これらのアプリ利用者が日本を訪れたとき、WhimやZipster上で箱根フリーパスなどのチケット発行ができるよう連携を検討していくという。

生活者や旅行者の“移動”を支えるだけでなく、“目的”をも生み出す。EMotが提唱する「“行きかた”だけでなく“生きかた”を提案する」という意味は、このアプリから十分に伝わってくる。

(取材・文/有井太郎 撮影/森カズシゲ)

※記事の内容は2020年3月現在の情報です

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