全48業種、居住地域でのセグメント分析も可能
コロナ禍の消費をオルタナティブデータで分析する「JCB消費NOW」
新型コロナウイルスの影響がもっとも大きかった今春、人々の消費が著しく落ち込んだことや、一方でECの購買が伸びたのは誰もが知るところ。だが、その中身を細かく見ると、さまざまな発見がある。
あるデータによれば、5月1〜15日の消費を1月後半と比べた際、「居酒屋」の消費は85.7%減だったのに対し、「酒屋」は40.2%増となった。飲む場所が外から中へ移り、“家飲み”が増えたことを示している。
このデータでは、ECの消費動向もジャンルごとに細かく調査している。一例として、5月の同時期、飲食料品や家電系のEC消費は80%近く増加したが、織物・衣服のECは約60%の伸びと、増加しつつも飲料食品や家電系とは差があった。背景として、外出が減り、衣服自体の買い物需要が減った可能性が考えられる。実際、ECに限らない織物・衣服全体の数字は、マイナス15.9%となっているのである。
これらを明らかにした“あるデータ”こそ、JCB会員約100万人分のクレジットカード利用情報をもとに消費動向を分析した消費指数「JCB消費NOW」だ。利用許諾を得た会員データを匿名加工した上で、月2回、およそ2週間ごとにレポートを作成する。
ジェーシービー社とともにサービスを開発したのは、データ分析に強みを持つスタートアップのナウキャスト社。コロナの感染拡大防止と経済回復の両立が求められる中、このデータは大きな意味を持つ。政策判断に用いることはもちろん、生活様式が大きく変わる中で、企業が次の一手を考えるためのマーケティングの観点からも重要になる。
本サービスが生み出すデータは、今の時代にどんな可能性を秘めるのか。ナウキャスト代表取締役CEOの辻中仁士氏に聞いた。
「外出自粛」は地域ごとに差。感染者数との比較で分かること
これまで、消費動向を知る大規模なデータといえば総務省の「家計調査」だった。ただ、家計調査は月1回の発表であり、約1ヶ月前の動向を知るもの。一方、JCB消費NOWは2週間に1度、半月前の動向が出てくる。より速報性と更新頻度を増した形だ。
今のコロナ禍でも、感染防止と景気対策を並行する必要があり、消費動向を知るデータの速報性が求められる。たとえば、新規陽性者数は日ごとに発表されており、潜伏期間の関係から、約2週間前に感染した人の数といわれる。その中で「感染者の動向は2週間前のものが毎日判明するのに対し、両にらみすべき景気のデータは1ヶ月前の月1回のもの。そこから判断するのは簡単ではないはずです」と辻中氏は指摘する。
また、家計調査のサンプル数は9000世帯であり、1世帯3人と仮定しても規模は2万7000人ほど。一方、JCB消費NOWは約30倍の100万人が対象となる。母数が多くなったことで、業種や属性ごとの細かな分析が可能に。実際、JCB消費NOWでは、全48業種のデータが明らかにされる。
加えて、クレジットカードに紐づいているため、個人情報に配慮した上で、消費者の年代や性別、地域といったセグメントごとの分析も可能となった。
実際、コロナ禍では「外出自粛」や「EC利用」がキーワードとなったが、実は地域や年代ごとに「外出自粛やEC利用にも差がある」とのこと。むやみに一括りにすると「誤った意思決定を生みかねない」と言う。
具体例を辻中氏が紹介する。まずは外出自粛について、言わずもがなサービス業の消費は大きく落ち込んだ。ただ、データを見ると北陸・中国・四国地方の落ち込みは、他地域に比べて大きくない。これらの地域に共通するのは「コロナ感染者の少なさ」と辻中氏。また、年齢別で見ても、若者世代はサービス業などの消費が比較的高く、高齢世代ほど落ち込む。地域・年代ともに、感染リスクへの意識とサービス業の消費に関連がうかがえる。
一方、EC利用は業種ごとの差が出ている。「家電」「日用品」「総合モール(ドラッグストアなどの各種商品小売業)」といったセクターで消費を調べたところ、家電や日用品はオンラインが伸びて、業種全体も伸長したのに対し、総合モールは、全体が落ちてオンラインが伸びている。辻中氏は「オンライン・オフラインが共存するビジネスと、どちらか一方に置き換わるビジネスに分かれている可能性がある」と語る。
「オンライン消費については、今後、年代の差も出てくるでしょう。コロナ禍に幅広い世代でECの購買が増えましたが、若年層は一度ECを体験するとその行動が継続するのに対し、上の世代は、あくまで“この期間だけ”の行動で終わる傾向が見られます。こういった、属性ごとの細かな動向を追えるのもサービスのメリットです」
回答者の負担が一切ない。その言葉が意味する「データのあり方」
JCB消費NOWは、会員登録(有料)すると詳細データを閲覧できる。投資家が景気や業界動向を把握するために活用するケースも多いが、直近では、一般企業の申し込みも増えているという。
「アフターコロナにおいて、人々の消費行動がどこまで変わるのか、逆にどこまで元通りになるのか、誰も答えを知らない状態です。たとえば市街地に出て、人ごみの中で買い物をするという行動は、変化するのか。ECに置き換わるのか、人の少ない街を選ぶようになるのか。企業はいち早く動向を知り、次の事業につなげる必要があります。そういったマーケティングの一手としても活用されています」
このようなデータは、近年注目される「オルタナティブデータ」のひとつ。政府などが発表する公的な統計データではなく、SNSの投稿やGPSの位置情報、レジのPOSなど、何かしらのサービスや機器からのデータを収集する。IoTにより、今までの伝統的な手法では取得できなかったデータを膨大に集められることから、近年注目されている。
あくまで仮の話だが、先ほど辻中氏が紹介した「地域の感染者数とサービス業の消費の関連」も、今後、商業施設に入る店舗・テナントの構成を考える上で役に立つ可能性はある。
「首都圏なら、施設内のテナントは酒屋やスーパーなど、接触が少なくオフラインで消費しやすい店舗で構成する。逆に感染リスクが低い地方は、アパレルや映画館などを積極的に入れる。そういった戦略も立てられるかもしれません」
まさに誰も先が読めない状況だからこそ、足下の消費動向を反映したビジネスが必要。そのために、なるべくリアルタイムで分析されたデータを企業は求めている。
さらに、JCB消費NOWの大きなメリットとして、辻中氏は「データを収集する際、回答者に負担がかからないこと」を挙げる。
多くの公的な統計調査は、企業や店舗に回答作業を依頼している。ほとんどが無償だ。しかし、それは回答者に負担をかけてしまい、場合によっては調査に応じない企業も出てくる。
一方、JCB消費NOWは、回答者の負担が一切ない。カード会員がデータ提供を了承すれば、あとは自然と情報収集できる。
実は、辻中氏も前職で公的な統計調査「日銀短観」を担当。全国2万社を対象にした、景気動向のアンケート調査に携わっていた。その中で、彼は回答者負担にまつわるトラウマがあると言う。
「2013年に、ある地域で台風による大きな土砂災害がありました。ちょうどアンケートの収集時期で、私は状況を踏まえず、いつもの流れでその地域の建設会社に連絡してしまいました。普段はすぐに回答を頂ける会社が、珍しく遅れていたからです。そこでお話を聞いたところ、実はいつも回答していただいた担当の方が亡くなっていたのです」
辻中氏は、その中で催促の電話をしてしまったこと、さらに、この状況でも回答を聞かなければならないことがつらかったという。しかも、相手は建設会社であり、災害によって工事の依頼は増えていた。「事業の状況は?」という質問に、社長は「良い」と答えざるを得ない。従業員が命を落としている中でも。
辻中氏は「あの時の社長の気持ちを考えると、今でも苦しみます」と言う。
「直近でも、似た状況は多いと思います。飲食店や宿泊施設は厳しい状況にありながら、その中で調査に回答しなければならない。現状を把握しなければ施策は打てませんから、調査する側も責められません。ただ、もっといいやり方は作れるはず。公的機関は、構造上このような調査手法になるのは仕方ありません。でも我々スタートアップなら、新しい形を作れると思ったのです」
カードのデータそのままではバイアスが発生。その修正が重要
さらにもうひとつ、このサービスのポイントとして「データバイアスをいかに取り除くか」という点も挙げる。オルタナティブデータはバイアスとの戦いであり、その扱いこそが「技術の見せどころ」と辻中氏は言い切る。
最初から統計を作る目的で行う調査は、標本設計を行うため、バイアスをコントロールしやすいと言う。一方、もともと統計を目的としておらず、自然発生で生まれたデータは、バイアスが発生しやすい。前者は「デザインドデータ(Designed data)」、後者は「オーガニックデータ(Organic data)」とも言われ、本サービスのクレジットカードのデータは後者に当たる。
「JCBカードのデータをそのまま分析した場合、バイアスが生まれます。例えば、JCB会員は、どうしても一部地域への偏りがあったり、そもそもクレジットカード保有者が40代などの年齢層に偏っているなど、会員分布にバイアスが含まれます。そこで、人口推計などの公的統計の情報を組み合わせ、分布を修正することでバイアスを小さくするのです」
公的な統計には、そこにしかない良さがあり、両方の相互補完によりデータの質を高めているとのこと。そうやってバイアスを取り除く技術こそ、データ分析を主戦とするナウキャストの本領だろう。
データに携わる人の心に残る、かつての体験。そして、ナウキャストが持つ分析の技術。さらには、公的な統計が持つ価値。これらが組み合わさったJCB消費NOWは、予測の難しいこの時代に、確かな“今”を示してくれるかもしれない。
(取材・文/有井太郎 撮影/森カズシゲ)
※記事の内容は2020年7月現在の情報です