カリスマ講師の授業を全国で
キッカケは地方の高校生の悩みから!? コロナ禍の教育を救った「スタディサプリ」
コロナ禍において、教育でも大きな変化が見られた。学校に登校できない中、オンライン教育のツールが普及したのである。
その代表格が「スタディサプリ」だ。カリスマ講師たちの授業動画をオンラインで見られるサービスとして2011年にローンチされた。個人はもちろん、学校での導入も進んでおり、授業の復習・補習といった「副教材」に使われている。たとえば高校では、全国約5000校のうち、半数を超える2500校以上で導入済み。さらにコロナ禍で、小中学校、高校合わせて600校以上が加わったという。
「スタディサプリは、これまでの教育をただオンラインへ置き換えるものではありません。教育をオンライン起点で捉え直し、オンラインだからこそ生まれる学習効果を追求したいと思っています」
こう話すのは、サービス立ち上げから現在までスタディサプリに携わるリクルートマーケティングパートナーズの松尾慎治氏。スタディサプリの考えるオンラインだからこその学習効果とは何か。サービス立ち上げ時の逸話や、オンライン授業で人気が出る講師の特徴といったトピックとともに紹介したい。
ユーザーの視聴データを分析し、オンライン授業のベストを
教育に限らず、会議やライブイベントなど、さまざまな事象のオンライン化が進んだ今春。松尾氏は、オンライン化を行う上で「3つのフェーズがある」と考えている。そして、9年目を迎えるスタディサプリは、フェーズ3に取り組んでいるという。
彼の言う3つのフェーズとは、どんなものだろうか。まず、今までオフラインで行われていたものをオンラインに置き換える「1」のフェーズ。次に、置き換えたものをオンラインで最適化する「2」のフェーズ。そして最後は、オンラインだからこその効果を生み出す「3」のフェーズ。
つまり、置き換え→最適化→オンラインだからこその効果を生む、という3つのフェーズがあるという考え方だ。その中で、スタディサプリはフェーズ3の実現に向けてこんな部分に力を入れている。
「とにかくカリスマ講師を揃えることに力を入れています。その人たちが行う、質の高い授業を全国どこでも好きな時間に受けられるのは、オンラインだからこそ出来ることですから。スタディサプリは、小学校4〜6年、中学、高校、大学受験、さらには社会人向けのENGLISHコースがありますが、すべての授業動画において厳選した人気講師にお声がけしています」
CMでおなじみ、英語の関正生先生をはじめ、登場するのは大手予備校の人気講師や参考書がヒットした先生ばかり。それも、事前にカメラテストを実施し、「映像でわかりやすく面白い授業ができるか」の審査を突破した人たちだ。
実際、スタディサプリではユーザーが講師を5点満点で評価できる機能があり、全体平均は約4.7点と高水準。たくさんの“生徒”が、講師のファンになっている。
もうひとつ、オンラインならではの要素として、各動画における視聴ユーザーの動向も分析。視聴者の何%が最後まで見続けているか、どこで離脱するかなど、データを見ながら次の動画作成や講師の選定に生かしている。
「リアルとオンラインでは、好かれる先生も違うと感じます。リアルでは、場の空気を読みながらアドリブや余談、生徒との会話を挟んで進める先生が人気ですが、オンラインは生徒の顔が見えないので、場の空気は読めません。アドリブや余談よりも、質の高い情報を詰め込んで、結論を端的に言うことが大事だと感じます」
生徒の顔が見えない授業だからこそ、誰かに合わせるよりも全国の生徒みんながわかる授業にする。それがオンライン授業の鍵かもしれない。また、生徒がその動画をいつ見るかもわからない。時事ネタや流行を盛り込みすぎると、時間経過とともに違和感が生じる。アーカイブ性やストック性の高い授業にするのも大事で、その点も注意を払っているという。
こういった授業の分析が克明にできるのも、先生ごとの評価や視聴データがわかるオンラインならではだろう。
「一方、オンラインには“三日坊主の壁”が存在します。リアルで先生と対面するのに比べ、強制力が弱く学習継続が難しい。そこで、個別のオンラインコーチングを受けられるチャット機能も付加。先生の“目”を代替する形になっています」
加えて、社会人向けのスタディサプリENGLISHでは、教材をドラマ仕立てにするなど、ゲーミフィケーションを重視し、継続しやすい環境を作っている。しかもそのストーリーは、『下町ロケット』や『ごくせん』など、大ヒットドラマの脚本を手がけた人たちが携わっているという。
こういった工夫により“継続”をサポート。スタディサプリENGLISHにおいては、継続率92%となっているそうだ(※)
※2018年1月〜12月のベーシックプランおよびパーソナルコーチプランユーザーの次月課金継続率
そのほか、AIの活用も進んでいる。講師の音声と黒板の板書をAIでテキスト化しており、ユーザーはテキスト検索をかけられる。「あの部分の動画をもう一度見たい」と思ったとき、ワードを入れると先生の言葉や板書から再生ポイントを探してくれるのだ。
燕三条、そしてリクルートの社内プレゼンで生まれた逸話
スタディサプリは、リクルートグループが社内で行う新規事業コンテストを勝ち抜きローンチされた。立ち上げメンバーの一人である松尾氏は「教育の不平等、格差を無くすこと」を目的に、このサービスを作っていったという。
実は、松尾氏が教育格差を考えるきっかけとして、新潟県・燕三条でのこんな思い出があった。
「燕三条のある高校生と話したとき、受験勉強における2つの悩みを打ち明けてくれました。1つは地理的な悩みです。家の近くに予備校はなく、新潟市や長岡市の予備校へ通うにも電車で約1時間かかります。そしてもう1つの悩みが、お金です。予備校に通うには年間100万円ほど必要で、『裕福な家ではないので払えない』と。この話を聞いて、地域と所得による学習の機会格差を痛感しました」
こうした声に後押しされ、スタディサプリは生まれた。場所を問わないオンライン、そして月額2000円ほどで授業を受けられる。地域と所得の問題解消を目指したのだ。
さらに、新規事業コンテストの最終プレゼンにおいても、こんな逸話がある。プレゼン前の段階で、当時予備校の人気講師だった肘井学先生を“引き抜いて”きた。まだ事業化が決まっていない段階で、予備校を辞め、スタディサプリのメンバーに加入してもらったのである。「このサービスに賭けていただいたことは今でも感謝しています」と、松尾氏は振り返る。
なお、肘井先生は後に一人の予備校講師をスカウトしてくる。「サービスを成功させるには、この先生が必要」。そう言って連れてきたのが、先ほど述べた関先生だった。
今後、インプットの授業はオンラインが中心となるか
こうした逸話にも恵まれローンチしたスタディサプリは、次第に利用が増えていった。冒頭で述べたように、学校が副教材として導入するケースも増えた。
「40人のクラスがあったとして、苦手な項目や単元は一人一人違います。そこで、それぞれにパーソナライズした復習や理解度テストの配信ツールとして学校で使っていただいています。先生向けの管理ツール『スタディサプリ for TEACHERS』も提供しており、先生と生徒がサービス上でつながり、宿題提出や管理も行えます」
海外でもサービスは広まっており、インドネシアでは、コロナ禍で学校に通えない中、大統領からオンライン学習の手段として推奨された(※インドネシアでは「Quipper School」というサービス名で提供)。
日本も、オンライン教育がコロナ禍で普及した。もともと、文部科学省も教育のICT化を進めており(GIGAスクール構想)、今後その流れは強まると考えられる。松尾氏は「リアルとオンラインを混ぜ合わせ、両方の良い部分を生かす『ブレンデッド・ラーニング』が進んでいくのでは」と話す。
「40人クラスで60分の授業をする場合、先生から一方向で教え込む“インプット”の授業はオンラインでできるかもしれません。むしろ、授業の場所や時間の制約がなく、生徒のペースで動画を見られます。一方、せっかく40人が集まるのなら、ディスカッションやディベートといった“アウトプット”の授業をリアルで行う。そのように混ぜ合わせる教育が進めば良いと思います」
教育格差を無くし、オンラインだからこその学習効果を追求する。一人の高校生の悩みから生まれたスタディサプリは、コロナ禍の教育を救い、さらには未来の教育にも新しい風を吹かせている。
(取材・文/有井太郎)
※記事の内容は2020年7月現在の情報です