要注意なのは選挙期間中よりも「選挙直後」!?
米大統領選挙でバイデン氏が勝利したら株式市場はどう変わる?
11月3日に行われるアメリカ大統領選挙まで、3カ月を切った。8月2日時点の各種世論調査での全米支持率の平均値はトランプ大統領が42%、バイデン前副大統領が49.4%と、バイデン氏がリードしている。
現大統領のトランプ氏は共和党、バイデン氏は民主党。もしバイデン氏が選挙に勝てば、政策の色は大きく変わることになるが、株式市場にも影響は出るのだろうか。野村総合研究所エグゼクティブ・エコノミストの木内登英さんに聞いた。
バイデン氏勝利でも「株式市場」に大きな変化なし!?
「現状、バイデン氏が優位に立っていますが、アメリカの金融市場は目立った反応を見せていません。政権が代わっても、経済環境はあまり大きく変わらないという見方がされているためでしょう」(木内さん・以下同)
バイデン氏の所属する民主党は労働者・低所得者重視の政策を打ち立て、富裕層への増税や法人税の引き上げなどを掲げている。そのため、企業と株式市場にはマイナスの影響が出やすいというのが通説だ。
「バイデン氏が勝てば伝統的な民主党政策を打つことは確かですが、左派色の強いサンダース氏やウォーレン氏と比べて、バイデン氏は民主党内では中道・穏健的。法人税も、トランプ大統領が下げた分の半分を戻すという比較的穏健な政策を掲げているので、経済が激変することはないと考えられます」
トランプ大統領は独立した組織の中央銀行に金融緩和の圧力をかけたが、民主党政権になるとそうしたことはなくなると予想されている。「この動きは、金融市場にプラスの影響を与える可能性が高い」と、木内さんは話す。
「トランプ大統領が中央銀行に強い利下げを要求したことで、中央銀行の独立性が揺らぎ、物価や金利を潜在的に不安定にした面がありました。民主党政権になってこうした姿勢が修正されれば、中央銀行が必要以上に金利を下げることはなくなり、銀行の収益もプラスになり、金融市場全体が安定しやすくなると期待されています」
また、現在の世界の状況が影響し、政権が代わったとしても、大きな政策は打ちにくいという。
「今は、誰が政権を取ったとしてもコロナ対策が第一。アメリカのコロナ対策の予算は既に3兆ドルに達していて、さらに民主党は『追加で3兆ドル増やす』と言っていますが、既に財政環境は大きく悪化しているので、大幅な歳出拡大は難しい状況です。同時に、コロナ問題で、アメリカ経済の厳しい状況が続いています。そうした中では、経済を一段と悪化させかねない法人税の引き上げなど、バイデン氏が掲げる民主党的な政策は打ち出しづらいと考えられます」
増税だけでなく、バイデン氏が進めようとしている環境対策や医療制度改革なども、財政を安定させてからの動き出しになるだろう。政権が代わったとしても、すぐに変化が訪れるわけではなさそうだ。
「あと、バイデン氏が大統領になると、不確実性が下がります。トランプ氏は、日々予見できないことを言い出しますよね。その不確実性の高さは、株式市場のリスクプレミアムの高さにつながるのです。バイデン氏が勝つことで、株式市場が安定しやすくなるかもしれません」
政権交代は「日本経済」に影響を与える可能性あり
木内さんの話によると、政権が代われば、日本経済に対しても影響が出るとのこと。
「トランプ氏は貿易に関心が高く、特に中国を揺さぶる手段として使ってきました。中国からの輸入品に追加関税を課したことが、その1つです。ただし、中国もアメリカからの輸入品に報復関税をかけたため、アメリカの輸出量が減ることになりました。その点、バイデン氏は中国への追加関税はやめると言っていますし、TPP復帰にも意欲的です」
米中間の貿易戦争が終われば、アメリカ国内の経済が揺さぶられることもなくなるだろう。また、アメリカのTPP復帰が決まれば、日本経済にも好影響が及ぶ可能性が高い。
「環境問題などにおいても、トランプ政権は日本やEUと争っていました。もし、環境問題に関心が高いバイデン氏が政権を取れば、同盟国との協調が強化されていくはずです。こうした国際協調路線は、日本にとっては安全保障政策の面でもプラスに働くといえそうです」
要注意は「選挙直後」かもしれない…?
ただし、今年の大統領選挙はスムーズに進まないのではないか、という不安要素も出てきているそう。
「7月30日に、トランプ氏がTwitterで『大統領選挙を延期したらどうか』といった内容のツイートをしました。大統領に選挙の延期を決める権限はないですし、議会が承認するとも思えないので、延期はないと思いますが、トランプ氏が選挙で負けた場合に『政権を譲らない』と言い張るおそれが出てきたのです」
そもそもトランプ氏の任期は2021年1月21日までであるため、11月の選挙後すぐに変化があるわけではない。ただ、トランプ氏の言動によっては、選挙からの2カ月半ほど、アメリカに政治的な混乱が生じかねないのだ。
「アメリカの金融市場は政権が代わることよりも、政権交代が円滑に進まないことを警戒し始めています。選挙結果が出たところで、郵便投票による不正の横行などを理由に、トランプ氏がそれを受け入れないようなことがあれば、さまざまな政策が進まないのではないかという不安が生まれ、心理的な影響で株価が安定しにくくなると予想できるからです。選挙前や新政権が発足した後よりも、選挙直後がもっとも注意が必要かもしれません」
トランプ氏の言動も気になるところだが、先日の民主党党大会でバイデン氏が民主党大統領候補に正式に指名され、今後バイデン氏がより詳細な公約を掲げる予定。その内容が、株式市場に影響を及ぼすこともあり得るだろう。2020年の間は、大統領選挙から目が離せなそうだ。
(有竹亮介/verb)
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木内登英
野村総合研究所(NRI)金融ITイノベーション事業本部エグゼクティブ・エコノミスト。1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室に配属され、エコノミストとして職歴を重ねる。野村総合研究所ドイツ、野村総合研究所アメリカで欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年には政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。