マネ部的トレンドワード

リアルがデジタルに包含された世界を考える

「アフターデジタル」尾原和啓氏が語る、あるべき“DX”の姿とは

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ビジネスの世界で最近よく聞くキーワードについて特集する連載企画「マネ部的トレンドワード」。今回取り上げるのは「デジタルトランスフォーメーション(DX)」である。

DXとは、世の中のデジタル化が進む中で、企業のビジネスモデルや経済活動、さらには社内制度や文化まで、デジタルに適したものに変革させていくこと。数年前からDXの気運は高まっていたが、コロナ禍でリモートワークやデジタルツールの利用は避けられない状況に。動きはさらに加速している。

では、企業が行うDXとはどんなものなのか。この問いに対し「今までの業務を単にデジタル化させることではない」と言う人がいる。IT批評家の尾原和啓氏だ。リクルートやGoogleに在籍し、楽天では執行役員も務めた同氏は、DXのバイブルとしてヒットしている『アフターデジタル オフラインのない時代に生き残る』(日経BP社)の共著者としても知られる。

今回、尾原氏にDXのあるべき姿を取材。キーワードとなる「アフターデジタル」の世界観とともに伺った。

「デジタル化」と「DX」は、似ているようで大きく違う

DXを考える上で、日本では「デジタル化と意味を混同しているケースがある」と尾原氏は指摘する。業務やデータをデジタルにシフトすることは重要だが、それだけでは効果のあるDXにはたどりつかないという。

たとえば業務のクラウド化やAIによる自動化、あるいはオンライン会議やチャットといったデジタルツールの導入は、あくまでデジタル化であり、DXとは言えない。

「DXの根底にあるのは、ITが浸透する中で、これまでとは違う“まったく異質なもの”が生まれるという考えです。世の中や企業のデジタル化は今や前提の話であり、それによってさまざまなものがつながっていきます。このつながりから異質なものを生み出すのが本当のDXではないでしょうか」

さまざまなものをデジタル化すれば、データが溜まり、それらをつなぐことができる。ただ、これ自体はDXの手前の話であり、まだこの段階にたどり着いていない企業は「早急に行うべき」という。

その上でDXは、生まれたつながりから異質なビジネスやサービスを生むことが求められる。では、どう異質なものを生めばいいのか。カギになるのが、著書のタイトルでもある「アフターデジタル」という世界観だ。

「アフターデジタルとは、リアルがデジタルに包含された状態を捉えた言葉です。これまでは、あくまでリアル世界が中心にあり、そこにデジタル領域が広がってきたという認識でした。しかし、今やリアルとデジタルの主従関係は逆転し、リアルがデジタルに包含される図式へと変換し始めています。私たちは、リアルが中心だった世界をビフォアデジタル、リアルがデジタルに包含された世界をアフターデジタルと表現しています」

リアルがデジタルに“包含される”と言っても、イメージが湧きにくい人もいるだろう。しかし、その状況はすでに起きている。たとえば何かを買うとき、現金ではなくスマホアプリやクレジットカードで決済をする人が増えた。また、人々の移動についてもICカードの履歴や位置情報などでデータ化できる。つまり、オフラインの行動の多くがデジタルとつながっている。

今や、人は常にデジタルと接続しており、これまで取得できなかったあらゆる行動がオンラインデータと結びつく。これが、リアルがデジタルに包含された状態であり、その観点で行うDXが重要だと尾原氏は考えている。

顧客接点を圧倒的に増やし、ビジネスモデルを変えたDX事例

そんなDXの代表例として尾原氏が挙げるのは、中国の「平安保険」だ。今までの保険会社といえば、病気やケガ、あるいは誰かが亡くなったときにお金を給付するビジネスモデルだった。しかし、平安保険はDXによりまったく異質な保険会社のモデルを作り、中国で急伸したという。

「平安保険が作った『グッドドクターアプリ』は、3000人近い医師に24時間相談できるアプリです。特徴的なのは、ユーザーに歩数計を配布し、歩数に応じてポイントを付与するシステム。それだけならありがちですが、1日1回アプリにアクセスしないとポイントがもらえない仕組みにしました。その結果、ユーザーは毎日アプリにログイン。顧客接点が日々生まれる形を作りました。従来、保険会社は一度契約すれば何か起きるまで顧客接点が生まれにくいビジネスモデルでしたが、こうした仕組みで日常的なユーザーとの接点を作ったのです」

アプリでは、溜まったポイントを使って医師に無料相談ができる。そして相談後は、ユーザーが医師に対する評価を残す。グルメのクチコミサイトと同じように、医師の評価が数値化されていく形だ。

このシステムがヒットし、アプリ利用者は2018年1月時点で1億9700万人に上ったという。

「これまではトラブル時のみ対応していた保険会社が、アプリによって、ユーザーの人生における健康の憂いを消す存在、人生に寄り添う存在となりました。しかも重要なのは、このアプリがユーザーと保険会社、さらには医師の三者にメリットを生むことです。ユーザーはアプリによって健康不安を解消でき、保険会社は加入者が健康になることで、保険の支払いは減少。利益率が上がります、また、中国では開業医の技術にばらつきがあり、市民は総合病院を選ぶ傾向がありました。しかし、このアプリで技術のある医師は正当な評価を得られる機会を手にしたのです」

これまでは顧客と“点”でしかつながらなかった保険会社が、アプリにより顧客と“寄り添う”関係になる。さらにそれが、あらゆるセクターにメリットを与える。このように、デジタルに包含されたリアルを考えて、まったく新しい何かを生むのが「アフターデジタルにおけるDX」と尾原氏は語る。

では、企業はどのようにDXを進めていけば良いのだろうか。日本と海外を比較し、日本企業は「DXの動きが遅い」と言われることもある。その中で取るべき戦略とは。次回、尾原氏に詳しく聞いていく。

(取材・文/有井太郎)

※記事の内容は2020年9月現在の情報です

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