【投資家の本棚】
【レオス・キャピタルワークス創業者 藤野英人さん】投資とビジネスのエッセンスを凝縮したノンフィクション『マネー・ボール』
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投資家としての一面も持つ各界のトップランナーに、投資への想いとオススメの本を訊くこちらの企画。今回は、レオス・キャピタルワークスの創業者であり、現在も代表取締役会長兼社長、最高投資責任者(CIO)として手腕を発揮している藤野英人さん。
藤野さんは、国内・外資大手投資運用会社でファンドマネージャーを歴任後、2003年にレオス・キャピタルワークスを創業。日本の成長企業に投資する株式投資信託「ひふみ投信」シリーズの運用で知られています。時代の変化に左右されず、成長を続ける優れた企業の発掘に長けていることから、投資のカリスマとも呼ばれる人物です。
もともと法律家を志していたという藤野さんですが、なぜ投資の世界に身を置くことになったのでしょうか。その経緯や投資への想いを伺うとともに、投資の本質を学びたいと思っている人におすすめの一冊を教えてもらいました。
想像の外に生きる人間、そして会社の存在が投資家として生きる面白さを教えてくれた
――藤野さんが投資家になられた最初のきっかけは何だったのでしょうか?
藤野:学生時代は法律家を目指していたので、司法試験の勉強をしながら働けるところを探していました。それで、手っ取り早く稼げそうだなと思い、アルバイトのつもりで資産運用会社に入社。それまで株式投資をしたこともなかったし、投資の専門家として生きていくつもりは毛頭ありませんでした。でも、ここでの仕事が思いのほか面白かったんです。
――どのように面白かったんですか?
藤野:面白いポイントはいくつもあるのですが、たとえば人間ドラマを垣間見られること。最初に配属されたのが、中小企業を調査する部署でした。そこには、毎日会社を上場させることを夢見る熱い人たちが、僕のもとにやってきて思いの丈を語るんです。そもそも、社会人になるまで経営者を目の当たりにする機会なんてなかったので、とても刺激的でした。
――どのような会社や人との出会いがあったのでしょう?
藤野:たとえば、土木工事や建築などの工事を始める前に、工事の無事を祈るために行う「地鎮祭」ってありますよね。実は、地鎮祭のために神主を派遣する企業があるんですよ。これって、もはや自分が知っている世界の枠外の存在なわけです。
あと、キノコの生産や流通に携わる企業にインタビューしたときに、いわゆる“キノコ博士”なる人物が出てきて、目を潤ませながらキノコへの想いを熱く語ってくれたこともあります。その方は、あまりにもキノコが好きすぎて、毎日キノコをベッドの横に置いて寝ているとのこと。そんな人物が実在するなんて、普通想像できませんよね?
また、某靴下製造会社の創業者とお会いしたとき、「僕は靴下の声が聞こえる。靴下とおしゃべりできるんだ」って仰るんです。えっ?どういうこと……?って思いますよね(笑)。でも、そのあと工場見学をさせてもらったときのこと。その方が突然、「靴下の泣き声がする、助けてくれって叫んでる!」って言いはじめたんです。
それで、段ボールをゴソゴソ探りはじめ、しばらくしてある靴下を僕のところに持ってきて、「これ見てみー! ほつれてるやろ? このせいで出荷しないでって泣いてたんや」って言うんです。いやいや仕込みでしょって思いながらも、たとえ演出だったとしても、なんて面白いんだと(笑)。
――すごいエピソードですね(笑)。
藤野:これらは一例ですが、道路標識、水道の蛇口など、これまで目を向ける機会がなかったような製品やサービスが存在し、仕事として携わっている人がいて、それで世界が成り立っている。
企業インタビューを通して、僕らが見ている世界や人間って、ほんの一部だと実感しましたし、この世界を成り立たせるために縁の下の力持ちがいっぱいいることを知りました。そこには、変態極まるこだわりを持つ人や、卓越した技を持つ職人がいて、競争があり、儲けがあり、利権があり……。とにかくドラマがあったんです。
――そのドラマが仕事の面白さであり、投資の道で生きる決め手になったと。
藤野:はい、人生が大きく変わったと思います。会社の理念や方針を経営者にインタビューする生活を4年ほど送っているうちに、自分の中で仕事に対する価値観も徐々に変化したんです。毎日3社くらいのペースで経営者に会い、計5時間ほど話を聞いていると、「会社が大きくなるってすごいことなんだ」「頑張っている経営者を応援するのは価値があることだ」と実感しました。
――やりがいもあって、楽しそうで、飽きることがなさそうですね。
藤野:もちろんプロとしてファンドマネージャーを名乗る以上、リターンを上げなければこの仕事を続けられません。ただ、正直なところ、僕は企業取材が面白くてしょうがないんです。ジャーナリストの立花隆さんが何かの書籍に「取材だけしたところで食えないから、仕方なく文章にアウトプットするんです」と書かれていて、僕も結構それに近いところがあって、根本的に取材や調査が大好きなんですよね。
――アウトプットまでのプロセスも醍醐味?
藤野:はい。最終的には、どの会社に投資するかを選ばなくてはいけません。自分が知らない地平線があり、そこに人間が集い、競争があり、売上を出し、マクロ経済を作る。さらに、そこに投資家の評価が介在する。この繋がりが興味深くて、すごく好きなんです。いずれにしても、投資家として投資判断するうえで、人間の生き方や会社の考え方を知らなければいけないと思っています。でも、間違いなくすべての会社に社会的意味があって、面白さがあります。
――どんな会社も、経営者もですか?
藤野:そうです。僕にとって、つまらない会社はありませんね。ただ、たまにスケールが小さい経営者がいるんですよ(笑)。でも、それはそれで面白いなぁと感じています。すごく器の小さい人と、スケールの小さい話をすると、「わー! 何なんだ、この小ささは!」みたいな(笑)。この人の器の小ささってどうやって育まれたんだろうって、興味をそそられます。たぶん僕の根本に人間への好奇心があり、ちょっと恥ずかしい表現ですが、“人間への愛情”があるんだと思います。
価値の本質に気づかせてくれる球団ノンフィクション『マネー・ボール』
――では、今回ご紹介いただく書籍について、お話しいただけますか?
藤野:『マネー・ボール』は、僕の投資スタイルを伝えたいと思ったときに、社員に課題本として薦める一冊です。とは言っても、投資理論や手法についての本ではなく、メジャーリーグの球団オークランド・アスレチックスのGMを務めた、ビリー・ビーンを描いたノンフィクションですね。著者のマイケル・ルイスは、米国の名門投資銀行ソロモン・ブラザーズ出身のジャーナリストで、金融関連の書籍をたくさん手掛けています。そのため、金融出身者の目線で野球を見つめているところに、本書のユニークさがあります。
――どのような内容なのでしょう?
藤野:ビリーは元野球選手で、体格に恵まれ、打っても走っても良しのプレイヤーでした。しかし、将来を嘱望されながらも、プロでは結果を残せず、一流選手になれなかった。わずか10年で引退し、オークランド・アスレチックスで球団スタッフの職を得ます。
メジャーリーグの弱小球団だったオークランド・アスレチックスは、まったく勝てないチームでした。人気もないからお金もなく、活躍した選手を高値でトレードする以外に稼ぐ方法がない貧乏球団だったのです。そこで、ビリーは資金力がヤンキースの1/10の球団が、ヤンキースに並ぶ勝率を上げるにはどうしたらいいかを考えはじめます。
そして、メジャーリーグではこれまで評価されてこなかったような選手にこそ、隠れた価値があるのではないかと気がつきます。それは、ビリーがずっと抱えていた「自分はなぜ、一流になれなかったのか。一流選手と何が違ったのか」という疑問への答えにも通じるものでした。
たとえば、球速が出ないからとスカウトの目に留まらない選手がいても、ビリーはまったく違う角度からの評価を試みました。つまり、どんなに速い球を投げても、メンタルが弱いとピンチのときに甘い球を選んでしまう人もいるわけです。それであれば、どんなピンチのときも、ぶれずにベストを尽くせるメンタルがあるかどうかを評価するべきではないかと、考えを転換させます。
他にも、よく打つけど走れない超肥満体型の選手や、めちゃくちゃなフォームで球を投げるけどヒットを打たれないピッチャーを雇うなど、当時としては異例ずくめの採用を進めます。また、彼らが勝利に貢献するであろうという予想の裏付けとして、さまざまな定量データを活用したのも斬新でした。
勝つための本質を探していくことによって、隠れたスターを安い金額で手に入れていきます。そして、彼らは期待通りに力を発揮し、リーグを勝ち進んでいき、全米を驚かせる結果をもたらすことになります。私は、このストーリーこそ、投資の神髄に通じるものがあると思っています。つまりビリーがやったことと、僕の仕事はよく似ているんです。
――どのようなところが似ていると思われますか?
藤野:たとえ人が評価していない会社でも、価値があると判断して、株を安いうちに買うのが投資家の仕事のひとつ。そして、その価値を発見する一歩として、『マネー・ボール』のストーリーから読み取れるのは、「多くの人が正しいと思っている常識は、ただの偏見かもしれないという観点を持つ」ということ。常識を疑い、偏見に気づくことで物事の本質があぶりだされ、そこから付加価値を見つけ出すことができるのです。
さらに、その付加価値をデータなどに変換して裏付けるという考え方そのものが、投資やビジネスで成功するための基本的センス。『マネー・ボール』は野球の話ではありますが、ビリーの発想や物事の捉え方を身につけることができたら、必ず投資にもビジネスにも役立ちます。野球のルールを知らなくても読める内容ですし、投資やビジネス経験のない人も、面白く読み進めることができるはずです。
ちなみに、ブラッド・ピット主演で映画化されているので、本と映像の両方を通して理解を深めることができるのも魅力かなと思います。
――藤野さんご自身も多数の書籍を書かれており、読書家でもありますが、どのようにして本を選ばれていますか?
藤野:ひとつは投資の専門家として読まなければいけない本。これは年に数冊くらい出版されますので、先輩や同僚、同業者のネットワークで情報を得て読むようにしています。もちろん実用書ではなくても、たとえば、最近は出口治明さんの『「教える」ということ』と『還暦からの底力』をほぼ同時期に読みました。
出口さん自身がすさまじい読書家で、学ぶことが大好きで、実際に常に学び続けている方。それが人や物事に対するリスペクトに繋がっているのだと思います。目標とする一人ですね。
もうひとつは趣味の本や自分の生活を改善するための本です。最近は、キャンプに興味津々なので、キャンプや車中泊にまつわる本を読んでいます。
あとは、哲学や歴史的な文学など“人類として読まなければいけない本”ですね。すぐに役立つわけではないけれども、教養として読むべき本を読む、と。こうした本には、時代を超えた普遍的な教えが書いてあることが多いですよね。
――ちなみに、藤野さんにとって本を読むこととは?
藤野:僕が一番影響を受けた人物はビル・ゲイツなのですが、彼は“世界一忙しい”といわれていた現役時代でさえ、本を読んで考える時間を作っていたそうなんです。年に1回ないし2回、1週間すべてを遮断して読書に充てていたのだとか。そのことを知り、僕自身も改めて読書の大切さを実感しました。
それに、年齢を重ねても心が瑞々しく、素敵だなと思える人の共通点って、読書量が多いことなんです。
たとえば、JFEホールディングスの社長を務め、東日本大震災後の東京電力の会長となり、組織の立て直しに尽力された数土文夫さん。昨年、久しぶりにお会いしたとき、その若々しさに驚きました。70代後半にもかかわらず、50代前半くらいにしか見えなかったんです。大企業のトップを張っていた方ですし、僕の想像を超えるような苦労もあったはずなのに、老け込んだ様子は一切なく、むしろ若返っていたことにびっくりしました。
その数土さんに、どんな生活をされているのか伺ったところ、「夜の会食は1週間に2回。6時から7時半までと決め、8時に帰宅して読書。残りの日も7時には帰宅してご飯を食べてから読書をしていました」とのことでした。
――読書のモチベーションが高まるエピソードですね。最後に、「投資に役立つ本を読みたい」と思っている読者に、どのような本を薦めたいですか?
藤野:投資で大切なのは、「人間とは何か、ということを理解する」ことです。その観点からすると、役に立つのは小説や哲学書かもしれません。いずれにしても、本を通して人間の内面を突き詰めて考えることが大事だと思います。実際にビル・ゲイツはもとより、ジェフ・ベゾスもマーク・ザッカーバーグもものすごい読書家だそうです。投資を極めるためにも、ビジネスで成功するためにも、小説や歴史、哲学、サイエンスなど、ジャンルを絞らずに、あらゆる本を読んでみてほしいですね。
取材・文:末吉陽子(やじろべえ)