コロナ禍において注目された「人流データ」もその一種
公的統計を補完する「オルタナティブデータ」とは?
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人工知能(AI)や機械学習(ML)など、テクノロジーの進化によって誕生し、注目され始めている「オルタナティブデータ」。IoT機器や衛星画像、SNSの投稿などから抽出されるデータのこと。
どうやら日本政府がオルタナティブデータの活用に動き出しているようだが、どのような分野で役立つのだろうか。経済財政諮問会議・EBPMアドバイザリーボードメンバーでナウキャスト取締役会長の赤井厚雄さんに、オルタナティブデータの基礎を教えてもらった。
オルタナティブデータ=“人類の活動ログ”
「オルタナティブデータとは、『GDP』をはじめとした公的統計とは別物。ここ5年くらいの経済社会の急速なデジタル化によって生じた副産物で、“人類の活動ログ”と呼べるようなデータのことです」(赤井さん・以下同)
オルタナティブデータの例としては、コロナ禍において、連日ニュースで取り上げられていた「人流データ」が挙げられる。携帯端末の位置情報をもとに、主要な駅や観光地の人の流れを解析したものだ。このデータがあったことで、「渋谷駅周辺の人出が前年比○%減少」という情報を導き出すことができた。
「これまで移動や買い物といった人の生活は、家族や恋人、友達など、身近な人しか知り得ないものでした。しかし、デジタル化が進んだことで、誰がどこでスマホをチェックしたか、どの車がどこのETCを通過したか、どの地域で人が活発に動いているかというデータが蓄積されるようになり、人類の生活が可視化されてきているのです」
例えば、コンビニでジュースを買うとする。従来のPOSレジで現金払いをした場合は、誰かがその時間にジュースを買ったことしか記録できない。しかし、キャッシュレス決済で購入すると、性別や年齢、住む地域などがジュースと紐づく。デジタル化の進展とともに、ログが残りやすくなっているのだ。
「そして今、デジタル化によって蓄積されているデータを、経済活動や政策立案に活用していこうという動きが出てきているのです。緊急事態宣言の解除は、人流データや感染者数などをもとにしており、オルタナティブデータの活用の一例といえます」
“高速”“高頻度”が最大の特徴
オルタナティブデータの特徴は、デジタルであるがゆえに“高速”かつ“高頻度”にデータが蓄積されること。
「オルタナティブデータはデジタルデータなので、コンピューターさえあれば、ほぼリアルタイムで情報を共有できます。スーパーやコンビニでは、当たり前のように使われているのです」
ことし2月末頃から、全国のスーパーなどでトイレットペーパーの品切れが相次いだ。このような場合にも、本部にすぐ在庫情報などが共有され、即座に流通センターがトイレットペーパーを配送するという仕組みができている。地域ごとの売れ行きや在庫などの情報も、オルタナティブデータといえる。
「ただ、オルタナティブデータは、統計としての利用を前提としていないものがほとんど。政策立案の意思決定の材料として活用するためには、統計として利用できるように加工する必要があります。もちろん、個人情報を保護するための加工も大切です。そのためのテクノロジーが求められ、今は加工技術の開発が進んでいるところです」
個人が投資に利用できる情報が増える可能性大
菅政権に代わったことで、EBPMがさらに後押しされている。EBPMとは「Evidence-based Policy Making」の略で、政策決定する際に“エビデンスベース(データの裏づけ)”を重視するという姿勢を表している。
「これまでの政策立案は“ストーリーベース”と呼ばれ、経験や省庁間の交渉などをもとに決められてきました。しかし、本来は省庁がやりたいことをやるのではなく、将来的に有益な政策を実施し、効果がない政策はやめることが重要だという意見が尊重され、政府も“エビデンスベース”に転換し始めています」
国が政策立案の検証のため、データを収集することで、公表される情報が充実していく。それはつまり、企業の事業戦略や投資家の金融取引の参考になる情報が増えるということにもつながる。
「オルタナティブデータを用いることで、国の政策や企業の事業の効果測定も容易になるといえます。例えば、2019年10月に消費税が引き上げられましたが、1週間、2週間単位で情報が出るオルタナティブデータを使えば、増税直後に経済にどのような影響が出たか、観測できるのです」
ただし、公的統計の必要性がなくなるわけではないとのこと。その理由は、それぞれにまったく同じデータをカバーしているわけではないから。伝統的な経済統計の「家計調査」は世帯類型別で公表しているが、消費行動のオルタナティブデータ「JCB消費NOW」は地域、年齢、性別での区分はしているものの、世帯類型別では公表していない。
「天気予報に近いでしょうか。今日明日の天気予報の精度は年々上がっていますが、長期予報がいらないわけではないですよね。オルタナティブデータは、公的統計に取って代わるものではなく、補完するものです。政策や事業、投資の判断を行う材料が増えていくイメージです」
今後、耳にする機会が増えそうなオルタナティブデータ。生活に密着したデータは、投資判断にも大いに役立つだろう。
(有竹亮介/verb)
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赤井厚雄
ナウキャスト取締役会長、早稲田大学総合研究機構研究院客員教授、「近未来金融システム創造プログラム」統括責任者。慶應義塾大学法学部卒業後、米国投資銀行Kidder Peabody & Co.などを経て、モルガン・スタンレー入社。2013年に東京大学EMPを修了し、2015年に東大発ベンチャー・ナウキャスト初代社長に就任。政府の都市再生本部有識者会議や経済財政諮問会議・EBPMアドバイザリーボードのメンバーなど、公職を多数兼務する。