「守り」と「攻め」の活用を見据えて
金融のMUFGはなぜ、量子コンピューターを研究するのか
最近よく聞かれるキーワードについて深堀りする「マネ部的トレンドワード」。量子コンピューター編の3回目となる本記事は、三菱UFJフィナンシャル・グループ(MUFG)を取り上げる。
量子コンピューターの実用化はまだ先と言われるが、特に活用が期待されている業種がある。“金融”だ。国内において、量子コンピューターの代表的な研究拠点となるのは、慶應義塾大学にある「IBM Qネットワークハブ(Qハブ)」。ここに参画している全6社のうち、金融機関はMUFG、みずほフィナンシャルグループ、三井住友信託銀行と半分を占める。
ではなぜ、金融分野で量子コンピューターへの期待が高まっているのか。量子コンピューターの実用化が金融の何を変えるのか。Qハブで研究を行うMUFGの田中智樹氏(三菱UFJフィナンシャル・グループ 事務・システム企画部 IT基盤運用戦略グループ 調査役)に話を聞いた。
暗号解読のリスクに対し、今から対策を行っている
金融業界にとって、量子コンピューターはどのような可能性を持つのか。現時点では、2つの代表的なケースが想定されている。そしてそれは、“守り”と“攻め”の活用に分けられる。
「“守り”の意味では、暗号への対策です。エラーのない大規模な量子コンピューターが実現すると、現在の主流である一部の暗号が解かれる可能性があると言われています。」
金融機関では、膨大な数のシステムが使われている。「三菱UFJ銀行の国内だけで約1,200のシステムが動いている」と田中氏。仮に量子コンピューターが現在の暗号を解読できるところまで進化する前に、1,200のシステムを安定稼働させながら暗号を移行するには多大な時間がかかる。だからこそ、今から量子コンピューターを研究し、暗号解読の可能性が現実的にあるのか、あるとしたらいつ頃なのかといった点を確かめている。
一方、“攻め”の活用では、こんな使い方が考えられている。
「金融業界では、たくさんの高性能コンピューターを稼働させています。たとえばある金融商品について、翌日の商品価格を決定するため、夜間数時間以上コンピューターで計算をして、価格を算出しています。この作業を量子コンピューターに置き換えて、計算を高度化・高速化できないかと考えています」
ここでポイントとなるのが「オプション取引」と呼ばれる金融の取引。オプション取引は、株式や債券といった金融商品を、将来いくらで売買するかという「権利」について、あらかじめ価格を決めて取引する。この「将来いくらで売買するか」という価格を、高性能コンピューターで日々大量に計算しているのだ。
「オプション取引の価格算出は『モンテカルロ法』という手法でよく行われますが、モンテカルロ法は、量子コンピューターを用いることで優位性があると言われている計算のひとつです。そこで、世界各国の金融機関が研究しています」
MUFGをはじめ、金融機関にとっては、ITが経営を支える重要な要素のひとつである。田中氏によれば「MUFGでは、現在の中期経営計画で、ITに対して3年間で合計1兆円近い投資をしています」とのこと。最先端のITを使いこなすことが重要だからこそ、「多くの金融機関が、量子コンピューターに取り組んでいるのではないか」という。
ハードの進化を待っていては、実用化の波に乗り遅れる
MUFGはスタートアップとの協業にも積極的で、その活動からも量子コンピューターへの力の入れ具合が分かる。2015年に設立された邦銀初のスタートアップアクセラレーションプログラム「MUFG Digitalアクセラレータ」では、2018年に量子コンピューターの活用を専門とする「MDR(現blueqat)」が準グランプリに選ばれた。
今回の取材場所となったMUFG SPARKも、さまざまな企業が集い、共創することを目的に作られた施設。量子コンピューターを活用した新事業のアイデアも、SPARKから生まれるかもしれない。
「量子コンピューターは基礎研究の段階であり、いつ、どのような形で実用化が進むのか、そもそもその壁となるものは何かも、まだ分かっていないかもしれない状態です。量子コンピューターというハードウェアが進化しないと、実現可能性は見えてこないでしょう。一方で、ハードウェアの進化を待つだけでなく、ソフトウェア・アルゴリズム側からも実用化に向けた研究を進めていきます。業界全体で、活用できる時期を前倒していき、来たるべきときに備えていきたいと思います」
量子コンピューターの取材を重ねるほど、実用化への道は長く、まだ“夢”の領域を出ないと感じる。しかし、実現すれば今よりはるかに高性能な計算が可能になり、特定の領域に変革をもたらす可能性は十分。だからこそ、日本の金融を背負うMUFGが、あるいは世界の名だたる企業が、量子コンピューターの可能性を追い続けている。
(取材・文/有井太郎 撮影/森カズシゲ)
※記事の内容は2020年12月現在の情報です