求められる、産業の緩やかな移行とは……
コロナ禍の1年に起きた「経済の変化」を経済学者・安田洋祐氏が語る
コロナ関連のニュースで埋め尽くされた2020年。日々の報道では、感染状況とともに、企業の倒産や消費の落ち込みなど、経済への影響も盛んに伝えられた。さらにここへきて、2度目の緊急事態宣言も発令され、店や企業に与えるダメージはより大きくなると予想される。
では、経済の観点から見たとき、コロナ禍の日本はどんな変化があったのだろうか。また私たち個人は、今後、資産形成や危機への備えなど、何をすれば良いのだろうか。
そこで話を聞いたのが、経済学者であり、大阪大学准教授の安田洋祐氏。コロナ禍になっておよそ1年。経済を中心とした切り口で、今までの変化と、これから個人や企業が取るべきシナリオを考える。
「変われない」と言われた日本企業は、なぜコロナに対応できた?
2020年を振り返り、安田氏はまず「日本企業の頼もしさを感じた」と口にする。
「コロナ禍において、企業のリモート対応や飲食店のデリバリーサービスなどが急速に進みました。突きつけられた課題に対する日本企業の適応能力の高さが出たと感じます。日本の大企業は“変われないこと”が課題だと言われてきましたが、変わらなければならない状況に追い込まれると、一気に対応する力があると実感しました」
安田氏の言う通り、日本企業は変われないことが課題だと指摘されてきた。一例がスイスの国際経営開発研究所(IMD)が発表する「世界デジタル競争力ランキング」。63カ国を対象に項目ごとランキングがつけられており、日本はいくつかの項目で最下位となっていた。そのひとつが「企業の変化迅速性」だったのである。
一方、日本がトップを取った項目もある。一例が「モバイルブロードバンド利用者数」だ。人口に占める利用者数の割合が高く、諸外国と比べても、スマホやネット環境が普及しているとわかる。
「通信環境が整っていたからこそ、日本はリモート対応やデリバリーサービスを急加速できたのでしょう。だとすると、これからDXを進める上で、日本は新しいデジタルサービスにチャレンジしやすい、土台が整った国とも言えます。それは企業が発展するための武器になるはずです」
コロナ禍とともに、ゆっくりと企業の新陳代謝を行う
一方、これからの数年間を見たとき、企業や社会はどんな変化をたどっていくのだろうか。政府はこれまで、巨額の財政支援を企業に行ってきた。それは「初期対策として正しかった」と安田氏は言うが、「同様の支援をどこまでも続けられる保証はありません」と指摘する。
そこで、こんな対応が必要になると考える。
「経営の厳しい企業を支援する一方で、コロナ禍の社会に適した、ニーズの高い新ビジネスも生まれています。今後も増えていくでしょう。経済を育てていくという観点からは、企業の倒産や失業を過度に防ごうとせず、ニーズの高い新ビジネスや新しい企業へと、産業を緩やかに移行させる必要があります」
どんな時代でも、企業の新陳代謝は必要となる。社会やニーズの変化にフィットした企業が成長していくのが経済の原則だ。今回、失業者を防ぐことにつながる「雇用調整助成金」、倒産を防ぐことにつながる「持続化給付金」などが出ているが、支援が行き過ぎると、コロナ禍で利益を出す力を失った企業が、政府の支援によって本来抱えきれない従業員を雇用し続けることになる。それは、経済の形としてアンバランスと言える。
また、支援によって企業の新陳代謝が停滞すると、社会に適した新サービス、新たな企業が育ちにくくなる。そこで、緩やかな移行が必要と安田氏は考える
「もし移行が急激ならば、倒産や失業者は急増し経済的なダメージが大きくなります。緩やかな移行を行うためには、雇用を守るだけの支援ではなく、失業者への給付金を手厚くするなど、職を失った人への支援を用意して、次の職に就くまでのフォローを強化する体制が必要でしょう」
冬場に入り、第3波が猛威を振るっている。この状況で一気に移行するのは「人々の不安を駆り立てることになり危険」と安田氏。感染状況と経済を両にらみしながら「あくまでゆっくりと舵を切ることが求められる」と話す。
なお、コロナ禍では感染拡大を防ぎながら、同時に経済活動も停滞させないことが重要となる。そのために、安田氏はこんな提案をする。
「ネガティブな情報だけを発信するのではなく、明るい情報もセットでアナウンスすることです。不安は人々の消費行動を抑制するので、両輪を意識した情報発信が必要でしょう」
さらには、メディアの報道についても、こんな提案をする。
「今は『してはいけないこと』『控えるべきこと』ばかり伝えられますが、逆に『しても良い行動』『リスクの低い消費活動』も報じるべき。可能な範囲で経済を動かすことが大原則です。そのためには、メリハリのついた報道が必要ではないでしょうか。たとえば、一人での外食や同居家族との旅行、出前やテイクアウトの利用など、感染リスクの低い消費活動についてはメディアが薦めることも大切だと思います」
私たち個人が、資産形成や将来の備えとしてやるべきこと
最後に、コロナ禍で私たち個人は“お金”に対してどんな意識を持てば良いのだろうか。
「多くの方がコロナ禍で資産形成の重要性を感じたはずです。日々の投資などで、未来の“ゆとり”を確保しておく。それは今後も大切になるでしょう。投資するのはお金だけではありません。いざという時、副業に挑戦できる下地を作っておく。リモートなどの新しい働き方に対応できる環境を整えておく。それも広い意味での投資ですよね」
お金も仕事も生活も、日々投資をしながら未来の“ゆとり”を作っておく。それが、今後の人生で重要になるということだ。
「企業も“ゆとり”がある組織は危機に強いんです。普段からギリギリの人員で対応していると、緊急時に追いつかなくなります。ゆとりがあると、危機への対応に強くなるだけでなく、新しいサービスや付加価値を作る余力にもなります。日々の業務で手一杯にならないからです」
この10年、20年、社会は「ゆとりを切り詰める方向にあった」と安田氏。しかし今回の危機によって、ゆとりを持つ重要性が「再認識されると思います」と続ける。
もしもコロナ禍をきっかけに、日本企業がゆとりのある組織を作れば、苦手だった「変化」や「新しい付加価値」を生み出しやすくなるかもしれない。その意味で、日本企業には「伸びしろがある」と安田氏は言う。
苦しい時期はまだ続くが、不安だけを抱えるのは望ましくない。それは経済にとっても、一人ひとりの人生にとってもマイナスだろう。今できること、今すべきことを考えながら、なるべく明るい気持ちで、この危機を乗り越えていきたい。
(取材・文/有井太郎)
※記事の内容は2020年12月現在の情報です