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なぜエアコンにAIが必要なのか

AI人材を育てる「社内大学」を作ったダイキンの狙い

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2019年のダイキン情報技術大学の入学式

各企業が力を入れる「DX(デジタルトランスフォーメーション)」。しかし、進める上で共通の課題に直面しているケースも多い。人材不足の問題だ。IT企業ならまだしも、そういった領域から離れた企業ほどDXに携わる人材の確保に悩んでいると言えよう。

そんな中、異例のDX人材育成に取り組む企業がある。空調メーカーのダイキンだ。同社はAI分野の人材を育成する社内講座「ダイキン情報技術大学」を2017年に設立。受講する社員は2年間、業務を行わずAIの勉強に集中できる。その間は給料も出るという。

驚くべきは、毎年約100名の新入社員がダイキン情報技術大学で学んでいること。そこまでAI人材の育成に力を入れる理由は何なのか。ダイキン工業 執行役員の河原克己氏に聞いた。

目標は2023年度末までに1500人のAI人材を育成

ダイキン情報技術大学は、大阪大学と連携しており、20名近くが講師として派遣されている。ダイキンの計画では、2020年度末までに700名、2021年度末までに1000名、2023年度末までに1500名の育成を目指す。1500名とは、ダイキン全体の18%に及ぶ規模だ。

それだけの人数に2年間給料を払いながら“学び”だけに集中してもらうのは、大規模な先行投資と言えるだろう。

2018年のダイキン情報技術大学の授業風景

「私たちの事業を前進させる上でAI技術者は必要不可欠です。しかし、高度なAI人材が新卒で空調メーカーを選ぶ可能性はきわめて低いでしょう。であれば、自分たちで育成するしかない。そう考えた経営トップの英断で設立しました」

メディアからは「ダイキンはAI教育でタダ飯を食わせている」と書かれたこともあるという。しかも、2年間勉強した後に社員がダイキンを辞める可能性も否定できない。それを防止するような契約もないという。河原氏は「やりがい、納得性とロイヤリティで繋ぎ止めていこうと話しています」と笑顔を見せる。

目指しているのは、大阪大学大学院の情報科学分野を卒業した学生と、同レベルの人材の育成。すでにこの“社内大学”からAIの技術コンクールで個人優勝した社員も出ているという。

しかしなぜ、空調メーカーがこれほどAI人材の育成に力を入れるのか。

「温度や湿度、空気質は人の健康や快適さに大きく影響します。たとえば温度湿度をコントロールして脳の覚醒度を下げ、熟睡しやすい環境を作ることもできるでしょう。逆に眠くなりにくい、脳が活性化する空間を作ることも考えられる。ただ、どんな空気がその人にとって最適解になるかを知るには研究が必要です。また、その最適解は一人ひとり個人差があります。そこで、これらを分析・研究するためには、従来の分野(機械・電子・化学)に加えて情報系のAI技術者が必要なのです」

ダイキンの事業といえば「エアコンの製造・販売」というイメージだが、目指しているのは単なる“モノ売り”ではない。生活空間の質(QOL)を向上させるプラットフォーマーになることだ。

「エアコンは今やほとんどの建物・部屋についていて、私たちは多くの時間をその下で生活しています。しかもエアコンの作る空気が人の健康や気分に大きく関わる。私たちはエアコンを作るだけでなく、空気を通して人々の生活空間にいろいろな価値を提供できると考えています」

なお、同社はエアコンに使う冷媒も製造する世界唯一の空調メーカーだ。この冷媒についても、AIを使って温暖化係数が低く高効率で燃えない素材を研究中だという。

Googleも注視する「空気のプラットフォーマー」という領域

世界の大企業も「空気の価値」に着目し、この領域に進出を開始している。Googleは2014年、スタートアップ企業のネストラボを買収した。ネストラボは、部屋の居住者の動きを学習して室温を自動調整するサービスなどを開発している。

「このニュースは個人的に衝撃的でした。なぜならGoogleが室内空調の制御ビジネスに参入する可能性が出たからです。仮にネストラボの持つデータを分析し、エアコンの動きをクラウド上で自動制御するサービスをGoogleが開発・普及させれば、我々のエアコンはその指示に合わせて動くただの機械になります」

さらに2020年、テスラがエアコン事業に参入するというニュースもあった。業界の垣根を超えた厳しい競争が間違いなく始まっているのだ。河原氏は「彼らも、ものつくりだけではない、様々なビジネスモデルを考えているはず」と考える。

だからこそ、空調機器を作るだけでなく、人の状態を把握してどんな空気を出すべきか、その分析や制御にも力を入れているという。あくまで空調サービスの真ん中にいる「プラットフォーマーでありたい」と河原氏は力を込める。

一方、ダイキンのDXを進める上で「アナログの強みを生かしたDXを行っていく」と河原氏は言う。空調の世界には「デジタルでは手の届かない領域」があり、そこに強みのあるダイキンの技術を生かすことが重要だと考える。

「エアコンは非常に特殊な機械で、同じ部品で同じように組み立てても、現場の環境や工事の仕方で空調性能が変わるセンシティブな製品です。つまり、いくらクラウド上で理想の空気を計算しても、それを生み出すエアコンの性能がカギとなる。この部分はデジタルで到達できないアナログ領域。だからこそ、デジタルとアナログのハイブリッドなDXにしたいと考えています」

コロナ禍の影響は言うまでもなく、SDGsや環境への意識が高まる中で「空気の価値は今後上がっていく」と河原氏。その空気を一人一人の最適なものにカスタマイズできれば「価値創造の大きな武器になる」と続ける。

そんな河原氏の言葉を借りれば、ダイキンは空気で人を幸せにする会社。大きなビジョンの実現に向けて、自ら育てた人材とともにハイブリッドなDXを進めていく。

(取材・文/有井太郎)

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