人の動きは、どう資産運用につながるのか
ドコモのオルタナティブデータを使った投資信託「dインパクト」の全貌
2020年12月、ドコモの保有するオルタナティブデータを活用した投資信託が誕生した。三井住友DSアセットマネジメントの「データ戦略分散ファンド(愛称:dインパクト)」である。
オルタナティブデータとは、公的機関の発表する統計データではなく、GPSの位置情報やクレジットカードの決済履歴など、さまざまなサービスや機器から収集されるデータのこと。近年注目され、投資業界でも活用が進んでいる。
今回のdインパクトで使われているデータは、ドコモの保有する人工統計情報「モバイル空間統計」。携帯電話の利用状況から、エリアごとの人口増減をリアルタイムで明らかにしている。
では、そのデータをどう投資信託に活用したのか。三井住友DSアセットマネジメントの井上武氏と川代尚哉氏に話を聞いた。
工業用地の人口増減も分析して、経済の未来を予測する
ドコモのモバイル空間統計は、エリアごとの人口増減を1時間ごとに把握できる。そのデータを分析し、投資信託の運用に生かすのがdインパクトだ。もちろん、データは携帯電話ユーザーの個人情報を特定できない処理がされている。
「たとえば商業施設の人口増減を見ることで、消費動向の推移を測ることができます。消費動向はこれまで公的な経済指標から予測することが多かったのですが、そのデータは計測から公表まで数カ月のタイムラグがありました。モバイル空間統計は、リアルタイムでデータを取得し分析できるのが大きなメリットです」
こう話すのは、dインパクトの企画を担当した井上氏。彼が例に出した商業施設の人口増減は、あくまで“わかりやすいイメージ”として提示したもの。実際には、もっと複雑にデータを分析しているという。
これについて説明するのが、dインパクトのアルゴリズム、つまりドコモのモバイル空間統計と投資の相関を分析し、運用モデルを開発した川代氏だ。
「dインパクトでは、商業施設だけでなく、工業用地の人口増減なども見ています。これにより企業の生産活動の動向を推測できるからです。景気動向を測る代表的なデータといえばGDP(国内総生産)ですが、その数値は需要と供給から成り立っています。商業施設などから需要を測るだけでなく、工業用地などから供給の状況も測るのがポイントです」
川代氏は、アメリカの電気自動車メーカー「テスラ」の例を出して、工業用地の人の動きを分析する重要性を教えてくれた。あるとき、テスラを率いるイーロン・マスク氏が、同社の自動車生産を大幅増産すると発表したのだが、実はその前に工場へ出入りする人口が急増していたという。「増産を発表する前に、データから企業活動の変化を予見できる可能性がある」と話す。
「2020年春の緊急事態宣言下では、商業施設で約20%、工業用地で約10%の人口減が見られました。そういったデータをdインパクトの運用に活かしていきます」(川代氏)
6カ月間のPoCで好成績を残し、商品化に至った
では、ドコモの統計データをどう活用するのだろうか。まず、dインパクトは運用資金を5つの資産(米国株式・日本株式・金・米国債券・日本債券)に振り分けて分散投資を行う。各資産のリスクがおおむね均等になるよう、リスクの高い資産は配分割合を低めに、リスクの低い資産はその逆に調整する。
「その上で活用するのがドコモのデータを含むオルタナティブデータです。モバイル空間統計などを随時分析し、景気が上向きと判断した場合は株式の比率を高めます。反対に景気が弱いと判断すれば下げていきます。機動的に細かく資産配分を調整できるのが特徴です」(井上氏)
dインパクトのプロジェクトが始まったのは2019年10月のこと。川代氏がモバイル空間統計を使った投資信託の運用モデルを開発した。「PoC(概念実証)」と呼ばれるデモンストレーションを半年行い、過去のデータを用いたバックテストで良好な運用成績を残せたことで商品化に至ったという。
「モバイル空間統計の数値に対してどんな戦略をとるのか、明確にモデル化・パターン化されています。そのため、再現性の高い運用と言えるでしょう。PoCの成績も今後維持できると考えています」(川代氏)
さまざまな投資信託を比較する指標のひとつに「シャープレシオ」というものがある。ざっくり言えば、取ったリスクの大きさに対し、どれだけのリターンが出ているかを表す数値で、数値が大きいほど運用効率が良いとされる。dインパクトについては、PoCの段階で「非常にいい結果が得られた」と川代氏。商品化以降もその水準を目指していく。
さらに今後は、ドコモが持つ他のオルタナティブデータも活用していく方向だ。両社は業務提携契約を結んでおり、さまざまなデータを共同分析しながら、資産運用への活用を模索していくという。
データと資産運用の相関を研究し続けてきた川代氏は、オルタナティブデータの可能性に大きな期待を寄せる。
「データを扱う人間として感動したのは、さまざまなエリアでの人口増減が1時間ごとのリアルタイムで入ることです。そのデータの分析結果と、のちに出るGDPの上下もほぼ連動していました。オルタナティブデータは間違いなく、今後重要になるでしょう。それらを分析・活用できるのは本当に楽しみです」
携帯電話から得られる人口増減のデータに、投資のノウハウを組み合わせて誕生したdインパクト。通信事業者と資産運用会社が手を組んで作ったこの商品は、オルタナティブデータの真価を発揮するものになるかもしれない。
(取材・文/有井太郎 撮影/森カズシゲ)
※記事の内容は2021年3月現在の情報です