とある市場の天然ゴム先物 11
先物市場で取引される天然ゴムはどの国で生産されているの?
もし天然ゴム先物のポジションを取引最終日まで持っていたとすると、最終決済時に売方から買方へ実物の天然ゴムを渡す必要があります。これを「受渡し」といいますが、とはいえどんな天然ゴムを渡してもいい訳ではありません。今回は受渡しに関連する天然ゴムの種類や品質についてのお話です。
天然ゴムの国際規格
天然ゴムの品質の規格の歴史を遡ると、戦前から米国ゴム工業会のRMA規格と、シンガポール商業会議所ゴム協会の規格が併存していました。当時、米国規格は「グリーンブック」、シンガポール規格は「ブルーブック」と呼ばれており、1952年に取引を開始した神戸と東京のゴム取引所はRMA規格を採用していました。
戦後、特にシンガポールの包装業者による重量の水増しや等級詐欺などが横行したこともあり、1953年になると規格を統一する機運が高まり、1954年には国際ゴム品質包装会議(IRQPC: International Rubber Quality and Packing Conference)が開催され、1955年にIRQPCにおいて米国RMA規格をベースに国際規格を作ることが決議されました。
こうして新たに作られた国際規格が「国際取引に使用される天然ゴム各種等級品の品種明細と包装規格 (Type Descriptions and Packing Specifications for Natural Rubber Grades Used in International Type)」であり、1957年2月1日に発効されました。この新たな国際規格は日本の両ゴム取引所の受渡供用品の基準としても採用されます。
ただしこの国際規格は過渡期の産物であり、新たに定めた規格(INTタイプ)の他に、従来のRMAとシンガポールタイプもそのまま併存されていました。どのタイプを採用するかは各団体に一任され、日本のゴム取引所は全タイプを承認することとなります。
その後1960年にRMA・シンガポールタイプを排除し、新規格に統一することが決定され、新たに「天然ゴム各種等級品の国際品質包装標準(International Standards of Quality and Packing for Natural Rubber Grades)」が1962年7月に発効します。この新規格は表紙の色から改めて「グリーンブック(The Green Book)」と呼ばれることになります。
このグリーンブックは1969年に改訂され、その後も更新の協議が進められましたが、品質基準について産地国、消費国の意見調整が難航し、1969年版のリプリントという形で1979年に更新されて以来、現在までアップデートされていません。
グリーンブック(1969年版、1979年リプリント)
日本の品質向上への取組み
日本においては、戦前から戦後にかけて複数の品質条件が採用されており、劣等品がよく含まれていたことに加え、クレームが発生した場合でも日本で仲裁裁定を行うことができませんでした。そこで戦後に日本ゴム輸入協会の主導で、輸入品の品質標準化(標準品買付方式)、紛争仲裁の日本での実施を働きかけていくことになります。
このうち特に品質の標準化は輸出側だけでなく、国内の需要家との間で調整が難航します。一時は日本ゴム輸入協会の会長と常任理事が調整失敗の責任を取って辞任する事態にもなりました。
それでも1957年にようやく国内で標準品買付方式について承認を得ると、新たに定められた国際規格の内容とも矛盾がなかったことから海外の大手輸出業者も賛同し、また紛争仲裁も同年に日本で初めて実施されることとなりました。
これ以降少しずつ輸入ゴムの品質は改善されていきますが、それでもRSS3号の品質問題は度々発生します。こうした問題を起こしたのは海外の業者だけでなく、日本の業者が輸入天然ゴムの等級を刷り替えて販売するという詐欺事件まで起きました。
その対応として、1960年に日本ゴム工業会、日本ゴム輸入協会、日本ゴム協会、東京と神戸のゴム取引所が「日本天然ゴム品質協議会」を設立し、品質向上に取り組むこととなります。
ところで戦前から天然ゴム生産の中心はマレーシア、インドネシアでした。ところが戦後に両国が政情不安に陥るなか、1960年代に世界銀行から5,000万米ドルの融資を受けて天然ゴム改植スキームを成功させたタイが生産量を急増させていきます。
取引所で先物取引が開始された1952年当時、日本の天然ゴムの輸入量はマレーシアが64.5%、インドネシアが34.5%でした。これが1960年以降になるとタイからの輸入シェアが右肩上がりで増え、1970年以降は60~70%のシェアを占めることになり、2000年代半ばにインドネシアに再び抜かれるまで最大の天然ゴムの貿易相手国となります。
そうした背景から、日本の業界団体による天然ゴム品質改善の取組みは、主にタイを対象として推進されることになりました。
タイ産の天然ゴムについては、特に1970年から1980年にかけて増量目的のオイル注入や異物混入、燻煙・乾燥不足といった問題が頻発していました。
そこで日本ゴム輸入協会がタイゴム輸出業者協会への改善要求や継続的な技術指導ミッションを行い、大手タイヤメーカーや商社の駐在員がタイ各地を巡回して、きめ細やかな改善活動を根気強く行っていきました。
また1979年から80年にかけ、タイの特定のパッカーからの荷口について、燻煙・乾燥不足や金属片等の異物混入などが相次いで発生したことから、1981年より日本ゴム輸入協会が「シッパー及びパッキングハウスの登録制度」を開始しました。この登録制度は現在まで引き継がれています。
このような30年以上にわたる関係者による技術指導とそれに応えた産地側の積極的努力により、タイ産のゴムの品質水準は著しく改善することになりました。1980年代後半には概ねグリーンブック規格に準拠し、マレーシア・インドネシア産とも遜色のない品質水準となりました。
取引所による品質検査
RSS先物の受渡し対象(「受渡供用品」といいます)となるゴムの品質検査について、取引開始当初は受方(RSS先物の買方の商品仲買人)が受渡しの際に検品をすることとなっていました。
ところが検品を出来ない仲買人が増えたため、1958年に取引所に検査を請求できることとし、取引所に検査証明書を発行してもらうことで受方による検品が免除されるという制度が導入されます。この制度は現在でも生きており、取引所による検品を行っている機関を「受渡・品質委員会」といいます。
受渡・品質委員会で使用されている検査台
ところでRSS3先物の受渡供用品ですが、取引所規則で「国際規格(グリーンブック)によるRSS3号に該当するもの」と定義されていますが、特段産地が限定されている訳ではありません。
一方、受渡・品質委員会による検品は日本ゴムトレーディング協会の「シッパー及びパッキングハウスの登録制度」に基づくとされており、この制度はタイの輸入ゴムの品質管理を目的として制定された経緯があるため、現在でもタイのシッパー及びパッキングハウスのみが登録されています。そのため、現在取引所の受渡供用品となっているRSSの大部分が「タイ産」となっています。
また天然ゴムは経年劣化することから、受渡しが可能なRSSには期限が定められています。1952年の取引開始時には輸入通関後2年以内とされていましたが、長期保管により生ゴムの変形やよごれ等の損傷をもたらしていたため、1977年には通関後1年6ヶ月、1993年には通関後1年に変更されています。
なお2018年に取引を開始されたTSR20先物については、「取引所が承認したTSR工場によって生産されたタイ産TSR20であること」、「タイの公的機関により品質検査を行うことが指定された承認工場の品質検査証明書が添付されていること」、「タイの公的機関により定められた最新のTSRの品質規格を満たしていること」といった受渡供用品の基準があります。
TSRは「技術的格付けゴム」の名前のとおり、分析試験を行ってその測定結果から技術的規格に基づき格付けされるものであり、かつ受渡場所がタイ、マレーシアの港での船積みであることから、RSSのような受渡・品質委員会による検品は実施されていません。また産地もタイに限定されています。
さて今回は先物市場で受渡しの対象となる天然ゴムの「品質」の観点でまとめてみました。次回では近年特に重要視されている「サステイナビリティ」の観点についてご紹介いたします!
※次回の更新は2021年4月6日(火)頃の予定です。
【参考資料】
Austin Coates “The Commerce in Rubber – The first 250 years”
Peter W.C. Tan “Singapore Rubber Trade – an Economic Heritage”
The Thai Rubber Association “60th Anniversary of Thai Rubber Association”
神戸ゴム取引所「46年史」
谷沢竜次「シンガポールゴムの思出」
TOCOM「ゴム取引の基礎知識」
東京ゴム取引所「20年史」
日本ゴム輸入協会「日本ゴム輸入協会記念誌 40年のあゆみ」
日本取引所グループ「商品先物取引に係る受渡決済関係事務処理要領」
(著者:大阪取引所 デリバティブ市場営業部 矢頭 憲介)
(東証マネ部!編集部)