90年の歴史を持つ精密光学機器メーカー
医・食・住の社会的課題をDXで解決する「トプコン」
最近聞かれるキーワードについて、関連企業に取材する「マネ部的トレンドワード」。DXを進める企業を特集する本連載では、今回、トプコンを取り上げる。
精密光学機器メーカーとして90年近い歴史を持つトプコン。小惑星探査機「はやぶさ」の目にあたる光学センサーやレンズを作るほどの高い技術力を持つ同社は、現在、「医・食・住」の3領域で事業を展開している。「医」は眼健診(スクリーニング)の仕組みづくり、「食」は農機の自動化やデータを活用した「農業の工場化』、「住」は建機のIT化を含む「建設工事の工場化」を目指して事業を推進している。
3つともデジタル活用によるIT化や自動化が遅れていた領域だが、実は今、トプコンが大きなDXを起こそうとしている。しかも、海外売上比率80%、外国人社員比率70%の同社が見据えるマーケットは「世界全体」だ。
はたしてどんなDXを進めているのか。トプコン 執行役員 広報・IR室長の平山貴昭氏と、広報・IR部主査の田内琢治氏に聞いた。
フルオート眼底診断装置で、遠隔診断やAI自動診断も可能に
トプコンが進めるDXの詳細について、「医・食・住」それぞれ説明していきたい。まずは「医」から。同社は光学技術を生かして、眼科用の検査・診断機器やシステムを製造してきた。通常の眼健診は、眼科医が機器を操作して検査し、撮影した眼底画像を見て診断する。こういった眼健診機器は、これまで高度な操作が求められた。眼底にカメラのピントを正確に合わせて撮影するには相応の技術が必要なためだ。
しかし同社は、フルオートで撮影できる機器を開発。専門医でなくても自動でアライメント、ピント合わせを行うため、最適な眼底画像を撮影できる。その画像はクラウド経由で送信し、遠隔地にいる専門医が診断する遠隔診断サービス、さらには専門医に代わりAIが画像を自動診断し、眼病の兆候を読み取る眼健診のビジネスモデルも構築した。
現状、日本では医師不在で眼健診を行うことはできない。しかし海外では、この機器を使うことで、遠方の眼科クリニックまで行かず、近くのメガネ店などで健診が行われている。そこで病気の兆候が見つかれば、眼科医を訪ねて精密検査を受ける。医療効率の向上にも貢献する仕組みだ。
なぜこのような開発を行ったのか。平山氏は、その裏に「眼科医の不足」という世界的な課題があると語る。
「高齢化が進む中で目の病気が増加しています。WHOのレポート(※)によると、眼の機能に障害を持つ人は世界に22億人いるとのこと。一方、世界の眼科医は20万人ほどしかいません。眼の病気は治癒の難しいものが多く、早期発見が重要になります。しかしながら、眼は2つあるがゆえに、片方が異変を生じてももう片方が補完するため、違和感に気づいたときには病状が進行している場合も多い。だからこそ、眼科医不足の中で、多くの人の眼をこまめに診断できる仕組みが必要なのです」
※2019年WHO「ビジョンに関する世界レポート」
先述の通り、日本とは異なる法規制の欧米や豪州、中国の大手メガネチェーンは、この眼健診システムの導入が始まっている。既存のメガネ販売に加えて、眼の健康を提供する新事業として「取り組み始めている大手メガネ・ドラッグストアチェーンは増加傾向で、手応えを感じている」と平山氏。「今後、世界中で健診が行われて画像データが蓄積されれば、AI診断の精度も上がっていくでしょう」と展望する。
現代の工場が行うデータ分析・活用を、農業に適用する
次に取り上げるのが「食」のDXだ。トプコンは農機にITを取り入れて自動化している。たとえばGPSなどの位置情報を使い、トラクターの自動運転を実現。しかもその装置は、後付けできる仕様。つまり、どのメーカーのトラクターにも追加で取り付けることが可能なのだ。
「ただし、私たちが目指すのは“農機の自動化”だけではありません。農作業のプロセスから得られるさまざまなデータを一元管理・活用し、収穫量の最大化や収穫物の品質強化につなげたいのです。言うならば、ファクトリーオートメーションで生産性や品質を高めるコンセプトを農業に適用した『農業の工場化』を目指しています」(平山氏)
仮に同社の自動化トラクターで肥料散布すると、位置情報にもとづいて、いつどのエリアにどんな肥料が撒かれたかシステムに記録される。収穫時にも、同様にエリアごとの収穫状況や品質データを記録する。このデータをプラットフォーム上に保管して分析。次年度の計画に生かすのだ。
取材時、同社のショールームでトラクターの自動運転デモを見せてもらった。肥料散布の場面では、すでに肥料を撒いたエリアがシステムで記録されており、2回目にそのエリアを通る際は肥料散布を自動でストップさせていた。ここからも、単なる自動化ではなく、データを取得・活用していることがわかる。
最後に、「住」の領域では「建設工事の工場化」を進めている。こちらも農業と同じく、建機を自動制御するICTシステムを開発。さらにオフィスと建設現場をIoTネットワークでつなぎ、遠隔管理を行う。「ここでも各工程のデータを一元管理し、建設作業の効率化につなげていきます」と平山氏は展望する。
これらがトプコンの進めるDXの全貌だ。ひと通りの説明が終わった取材の終盤、同席していた田内氏は、IRの観点からこんな話をした。
「インターネットで『DX』の関連銘柄を調べても、トプコンの名前が出ることはほとんど無いでしょう。しかし、眼科医療領域や農業、建設業をデジタルで変革し、生産性を上げようとしている点から、間違いなくDXの真ん中にいる企業だと思っています」
ちなみに、同社の売上の約8割は「海外が占める」と田内氏。「眼健診のシステムも海外から事業が広がっているように、他の事業も海外で先行しているソリューションが多くあります」という。彼らが起こすDXは、文字通り世界規模のものと言える。
約90年の歴史で培った技術をもとに、変革を起こそうとするトプコン。その視線は、はっきりと世界を見ている。
(取材・文/有井太郎 撮影/森カズシゲ)
※記事の内容は2021年4月現在の情報です