とある市場の天然ゴム先物 12
【SDGs】天然ゴム先物市場とサステイナビリティの関係
前回では先物市場に関連する天然ゴムの品質についてご紹介しました。今回はますます重要となっているサステイナビリティと先物市場との関わりについてご紹介します。
SDGsはなぜ重要?
最近「SDGs」という言葉をよく聞きます。これは「Sustainable Development Goals:持続可能な開発目標」の略で、2015年9月の国連サミットで採択された「持続可能な開発のための2030アジェンダ」に掲げられた17の開発目標と169のターゲットのことを言います。
17の持続可能な開発目標
ところでなぜ「SDGs」が重要なのでしょうか?
SDGsについては、ともすれば「経済成長や快適な暮らしを続けるには環境への配慮が必要」、「みんながやっているからやらなきゃ」、「いまやっていることを17の開発目標にどう当てはめることができるか」・・・といった発想になりがちかもしれません。
ですが、SDGsの本質は「全ての人々の人権を地球規模で実現することを目指す」というものです。
持続可能な開発のための2030アジェンダ 前文
つまり、SDGsは国連の目的である「経済的、社会的、文化的又は人道的性質を有する国際問題を解決することについて、並びに人種、性、言語又は宗教による差別なくすべての者のために人権及び基本的自由を尊重するように助長奨励することについて、国際協力を達成」(国連憲章第1条)するための具体的な枠組みであり、また世界人権宣言の前文で掲げられている「人類社会のすべての構成員の固有の尊厳と平等で譲ることのできない権利とを承認することは、世界における自由、正義及び平和の基礎」の精神を体現するものと言えます。
このように「全ての人々の人権を実現」することを目指すからこそ、SDGsを定めた2030アジェンダは「人間、地球及び繁栄のための行動計画」なのであり、そのために「あらゆる形態と様相の貧困を撲滅することが最も大きな地球規模の課題」が持続可能な開発の必要条件と認識され、「誰一人取り残さない」ことが誓われているのです。
したがって、本質的にはSDGsは「言われたからやる」、「新たなビジネスチャンス」といった観点で始めるものではなく、「世界における自由、正義及び平和」のために、個人や企業が地球市民として当然のこととして責任を持って取り組まなければならないものとして捉えるべきでしょう。
実施することの難しさ、業界全体の取り組み
ところで2030アジェンダ自身が「最高に野心的(supremely ambitious)」と述べているように、いざ個々の状況に落とし込もうとするとSDGsのビジョンを達成するのはそう簡単なことではないことに気づきます。
天然ゴムの場合ですと、生産の中心は数百万世帯とも言われる新興国の小規模農家であり、また各国によって異なる複雑なサプライチェーンを持っています。
こうした環境下において「生産過程で森林破壊がされていないか」、「生産された天然ゴムが農家の人権を侵害していないか」といったことを逐一チェックするには膨大な調査が必要であり、また生産者の追跡を可能とする仕組み(トレーサビリティの確保)を新たに構築することが求められます。
こうした全てのコストを企業が個別に負担するのは経済的に現実的ではなく、また「何をすることでトレーサビリティが確保されたと言えるのか」といった基準が定まっていなければ各社で対応がバラバラになり、混乱が生じるばかりで結果としてSDGsを達成することはできなくなってしまうでしょう。
このような背景から、天然ゴム業界におけるSDGsへの取り組みは、各社の取り組みに加えて業界横断的なアプローチが採られています。
そのうちの1つが、IRSG(国際ゴム研究会)が提唱する「天然ゴムを持続可能な資源とするためのイニシアティブ(SNR-i)」です。SNR-iはIRSGの枠組みの下で、メンバーの自主的で協調的なプロジェクトとして2014年に設立されました。
SNR-iではサステイナブル天然ゴム(SNR)の基準として、(1)生産性向上支援、(2)天然ゴムの品質向上、(3)森林の持続性支援、(4)水の管理、(5)人権および労働基本権への配慮、の5つの指針が設定され、賛同企業がこの指針や指標に基づいて自主的な活動と継続的な改善を進めることが期待されています。
また2018年には大手タイヤメーカー主導で、天然ゴムの持続可能なサプライチェーンの国際的プラットフォームとしてGPSNR (Global Platform for Sustainable Natural Rubber) が設立されました。
GPSNRには現在、タイヤメーカー以外にも天然ゴムの生産者や製造会社、商社、ゴム製品企業、自動車メーカー、民間非営利組織、小規模農家といった幅広いステークホルダーが参加しています。
GPSNR 12原則
GPSNRによると、天然ゴムは小規模農家が多いためにコーヒー農園のような認証制度がうまく機能しないことから、サプライチェーンにおける透明性や貢献度合いをスコアリングするといったアプローチを目指しているそうです。
その実現にはサステイナブル天然ゴムの取引プラットフォームが必須であり、取引価格にサステイナビリティのプレミアムが適切に反映され、かつスコアリングもシステム上で管理できるようにするなど、まだまだ越えなければならない課題が多くあるとのことでした。
取引所としての考え方
ところで前回にご紹介しましたが、天然ゴム先物市場では受渡し対象(「受渡供用品」といいます)となる天然ゴムの品質が取引所の制度として定められています。
この「品質」について、例えばRSS先物では「国際規格に従う」と定められています。この国際規格は50年以上前に作られた天然ゴムの外形的な規格ですので、「違法な森林伐採が行われていないか」、「強制労働や児童労働によって生産されていないか」といったSDGsの観点は直接的には含まれていません。
「それならば取引所の品質の基準にSDGsの項目を追加すればよいのでは?」と思われるかもしれませんが、他のSDGsに関連する取り組みと同様、実現までの道のりはそう簡単ではありません。
1つ目の理由としては、そもそも天然ゴムのサプライチェーンにおいて「トレーサビリティを確保することが非常に難しい」ということは本稿でお伝えしたとおりです。
それに加えて、2つ目の理由として「先物市場のエコシステム」を挙げなければなりません。
そもそも天然ゴム先物市場で「品質」が定められているのはなぜでしょうか?
受け渡される天然ゴムの品質が担保されていることで、買い手が安心して取引所で天然ゴムを調達できるようにする、という側面ももちろんあります。
ですがさらに重要なことは、マックス・ウェーバーも言及しているように、そもそも市場のエコシステムが機能するためには「多くの売り手と買い手の了解の下で、対象となる商品の品質が定まっていること」が求められるからです。
例として、天然ゴムのトレーサビリティを求める厳しい要件を先物の品質基準に加えたとしましょう。
もしその要件を満たすことのできる生産者が少ない場合、取引所での売注文が減少することで買い手が市場で買うことが難しくなり、その結果、市場価格が実勢から離れて高騰してしまう可能性があります。
そうした状況では次第に買い手は取引所での取引を控えることになり、買い手がいないことで売り手も注文を出しにくくなり、市場の流動性が更に減ることとなります。結果として、「売り手と買い手がいつでも売買できる」、「透明性の高い価格が市場で成立する」といった取引所の本来的な機能が損なわれることになるかもしれません。
重要な社会インフラの1つである取引所がSDGs達成のために貢献すべきということに疑いはありません。一方で市場のエコシステムは繊細であり、制度変更によって思ってもみなかった副作用が生じて経済全体に大混乱が生じるリスクもあります。
そこで取引所としての天然ゴム先物市場のSDGsへのアプローチとしては、ビジョンと最終的なゴールを関係者間で共有したうえで、様々なステークホルダーと協力しながら地道に取り組んでいくことが重要であると考えています。
今回はサステイナビリティと天然ゴム先物市場の関係についてまとめてみました。次回では、海外のコモディティ市場におけるサステイナビリティへの取組み事例などについてご紹介いたします!
※次回の更新は2021年4月20日(火)頃の予定です。
【参考資料】
国際連合「国際連合憲章(日本語訳)」
国際連合「持続可能な開発のための2030アジェンダ(外務省仮訳)」
国際連合「世界人権宣言(外務省仮訳)」
IRSG, “Sustainable Natural Rubber Initiative (SNR-i)”
Max Weber, “Stock and Commodity Exchanges”
United Nations, “Transforming our world: the 2030 Agenda for Sustainable Development”
(著者:大阪取引所 デリバティブ市場営業部 矢頭 憲介)
(東証マネ部!編集部)