目標は「早期リタイア」ではなく「時間を取り戻すこと」
話題の書籍『FIRE』訳者が受け取った著者のメッセージ
近年、日本で「FIRE」という考え方が広がりつつある。
「Financial Independence(経済的自立)」と「Retire Early(早期リタイア)」の頭文字からなる言葉で、支出を抑えつつ資産形成を行って早いうちに経済的安定を獲得し、不労所得で生活するというアメリカ発のライフスタイルを指す。
「FIRE」を目指す人たちの間で話題になっている書籍がある。銀行口座残高2.26ドルから経済的自立を目指し、わずか5年で純資産125万ドルを超えたことで、“ザ・ミレニアル・ミリオネア”と呼ばれているグラント・サバティエ氏の著書『FIRE 最速で経済的自立を実現する方法』だ。
500ページ超の分厚い書籍だが、サバティエ氏の実体験に基づいた「FIRE」を目指す方法が具体的に書かれているため、物語のように次の展開が気になり、どんどん読み進めたくなる。
この書籍の翻訳を手掛け、かつて時事通信社やブルームバーグに在籍した経歴を持つ岩本正明さんに、「FIRE」という考え方の面白さや著者が伝えたいメッセージについて聞いた。
注目するべきは「収入の最大化」の重要性
――『FIRE』のあとがきで、岩本さん自身、2018年頃から「FIRE」に興味を抱いていたことが書かれていますが、知ったのはどのようなタイミングだったのですか?
「フリーランスになってしばらく経った2018年の後半くらいに、『FIRE』を取り上げたBBCの番組やニューヨークタイムズの記事を目にしたのがきっかけです。当時、自由な時間を利用して収入を補う目的で、株の投資を真剣にやり始めていたタイミングだったんです。そんな自分の状況と、投資収益で自分の理想の生活を実現するという『FIRE』の考え方がマッチして、強烈に共感を覚えました。
その頃、日本にも米国株投資の考え方が入り始めた時期だったので、もしかしたら日本でも『FIRE』がブームになるのではないかという直感も働きましたね。ちょうどそのタイミングで、朝日新聞出版の佐藤聖一さんからこの書籍の翻訳の依頼が舞い込んだのです」
――タイミングがばっちりですね。
「そうなんですよ。さまざまな偶然が重なり合って、びっくりしました。運命的な何かを感じましたね」
――サバティエ氏の『FIRE』を訳して、もともと興味のあった「FIRE」に対する理解や印象に変化はありましたか?
「大きく変わった部分がありました。『FIRE』には支出の最適化(節約)・収入の最大化・インデックス投資という3つの考え方があり、『FIRE』に関する書籍の多くは支出の最適化とインデックス投資に焦点を当てているんです。
その点、本書ではその2点もしっかり説明しつつ、収入の最大化という部分に多くのページを割いていた。そこが大きな衝撃でした。本業の収入を上げることだけでなく、副業について深掘りしていて、私の『FIRE』に対する理解が大きく変わりました。いまあるもので工夫するだけでなく、収入という根本の部分を引き上げることで、こんなに早く経済的自立を目指せるんだなと」
「趣味とスキルの棚卸」が有意義な副業につながる
――岩本さんのおっしゃる通り、副業の始め方から進め方まで具体的に紹介されているところが、いままでにない視点ですよね。
「節約には限度がありますが、収入を増やす分には上限はありません。そこを重視して、収入の最大化の方法をしっかり伝えているところが、本書の付加価値だと感じます。
著者は中古車の転売やデジタルマーケティングを副業にしていましたが、彼のアドバイスは業種を問わず、どんな副業にも当てはまるものなんですよね。例えば、自分の趣味や情熱を傾けられることとスキルを表にまとめて、棚卸する作業が出てきます。好きなこととスキルが重複することを副業にすれば、楽しみながら長く続けやすいという考え方は、どんな業種・職種であっても大切なものだと感じます」
――岩本さんも、働き方や仕事の選び方などで影響を受けましたか?
「私は本業の翻訳の部分ではあるのですが、自分のスキルや経験、好きなことを改めて振り返り、経済書やビジネス書の出版翻訳に絞っていこうという考え方に達しました。
フリーランスで翻訳の仕事を始めてから、小説などを訳す出版翻訳や企業の書類などを訳す産業翻訳など、幅広く手掛けるべきか迷っていました。しかし、本書で紹介されている趣味・スキルの棚卸を試してみて、やはり経済系の出版翻訳が自分に合っていると確信できたのです。だから、かなり影響を受けていますね」
――岩本さんの場合だと本業でしたが、副業となると生活の軸ではないからこそ、好きなことでないと続きにくいという側面が強そうですよね。
「そうなんですよ。それに、副業をしたいとは思うものの、何をしたらいいか迷っている人も多いと思います。そういう方がサバティエ氏のアドバイスを実践していくと、できる副業がだいぶ絞り込めると思います」
「節約」「副業」「投資」のヒントにあふれた1冊
――「FIRE」に興味を持っていた岩本さんですが、経済的自立や早期リタイアを実現しようと考えていらっしゃいますか?
「私は、仮に投資収益だけで生活できるようになったとしても翻訳の仕事は続けたいと考えているので、投資で利益を上げながら仕事での収入も得る『サイドFIRE』というスタイルが近いかもしれません。
そもそも『FIRE』は考え方の参考の1つで、“絶対に30代で1億円を貯めてリタイアする”といった画一的なものではないと考えています。節約と副業と投資の力を借りて、理想のライフスタイルに近づけるという部分が、根本的な考え方なんですよね」
――正解があるわけではないし、目指すべき指標があるわけでもないということでしょうか。
「そうだと思います。本書は副題に『最速で経済的自立を実現する方法』とあるように、ビジネスの才能を生かして副業を展開し、最速でリタイアしたい人に最適な方法が掲載されています。例えば、副業で得た収入はすべて投資に回すといった手法は、自分を律して『FIRE』を早期実現したい人には大事なことです。
ただ、人によっては支出の最適化だけ、インデックス投資だけを行って、ゆっくりマイペースに『FIRE』を達成しようと考えている人もいると思います。人によって考え方や目指す先は違うので、どれが正解ということはきっとないんですよね」
――本書には節約・副業・投資、それぞれに具体的な手法が書かれているので、どこか一部分だけ参考にしたいという人のニーズにも応えてくれそうな気がします。
「そうですね。辞書的な使い方もできると思います。各章の最後には、その章で解説されていることが端的に表現されている『まとめ』があるので、まずはそこをチェックして、興味のある部分だけ読むという活用法もありでしょうね」
自由な時間を増やすために必要な「お金の知識」
――最後になりますが、本書を通じて岩本さんが感じたこと、サバティエ氏が伝えたいであろうメッセージを聞かせてください。
「一番大きなメッセージは、お金に翻弄されるのではなく、お金をコントロールする側に回って、人生の舵取りを自分の手で行おう、というものだと思います。そのためには、支出の抑え方、収入の上げ方、投資の手法を学ぶことが大切なのです。
そして、人生にとってもっとも大事なものはお金ではなく、充実した時間であると知ることも重要だといえます。夢を先延ばしにせず、大切な人と過ごす時間を増やすためにも、お金について学ぶことが必要。投資と同じで、人生もリスクを恐れずに一歩踏み出すことが大切なのだと思います」
――節約でも副業でも投資でも、まずはできることから始めてみようと。
「そうです。著者も100万ドル貯めるという目標を立てた時点では、何の見通しもなかったと思うんです。しかし、最初の一歩を踏み出し、がむしゃらに努力したから結果が出せた。あまり深く考えずに具体的な目標を定め、始めてみることが大事だと、サバティエ氏は教えてくれているのだと思います」
本書には、「FIRE」の実現を目指すにあたってヒントとなる経済的な余裕を生む手法がたくさん転がっている。絶対に早期リタイアをしようと思うとハードルが高いかもしれないが、まずは日々の節約や投資に役立てようという感覚で目を通してみてはどうだろう。
(有竹亮介/verb)