BtoB企業の知られざる大決断

テープから1兆円規模の世界的BtoBメーカーへ。大学由来の磁性材料を工業化・TDKの真の姿

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TDKと聞けば、30代以上の読者であればピンと来ることだろう。カセットテープやビデオテープのメーカーとして、日本はおろか世界中にその名を轟かせた。その時代から約30年。磁気テープを目にする機会は減ったが、実はTDKは当時の売り上げをはるかに超える世界的BtoB企業に成長を遂げていた。磁気テープはBtoC事業だったが、そもそもはBtoB企業。ベンチャースピリット溢れる80余年の歴史を、社長の石黒成直さんへのインタビューでひもといていこう。

TDKの始まりは、戦前にさかのぼる。1935年、東京工業大学で発明されたフェライトの工業化のために、齋藤憲三氏によって設立された。フェライトとは、酸化鉄を主成分とした磁性体と呼ばれる電子素材のこと。古くはラジオから多くの白モノ家電、最先端のスマホにも用いられる“定番の電子素材”だが、フェライトは日本生まれの素材なのだ。

数々の事業失敗を経て辿り着いた、大学由来のベンチャー

「東京工業大学の加藤与五郎先生と武井武先生が、フェライトという未知の素材を発明したイノベーターです。そこに齋藤憲三という創業者がたまたまコンタクトしたところ、『日本に真の工業なんかない。皆ものまねだ』といわれた。齋藤さんが本物の工業がやりたいと伝えたら、このフェライトを工業化しないかという話になったわけです」

日本の工業を盛り上げたいという強い気持ちから、事業化を決意。しかし齋藤氏はそれまでに事業に失敗し続け、自ら資金を用意することができなかったという。

齋藤憲三氏

「お金を出してもらったのが津田信吾さんという鐘淵紡績(鐘紡)の2代目社長です。すでに齋藤さんは過去に出資してもらい、アンゴラウサギを飼育して毛をセーターにするのに失敗してしまったんですが、もう一度『面白いからお金を出しませんか?』と持ちかけた。その熱意に対し津田さんは鐘紡からではなく、ポケットマネーから出資したと聞いています」

初期のフェライトコア

敷かれたレールなんてない、文字通りのベンチャースピリット。今でこそ当たり前に使用されるフェライトだが、当時は何の役に立つのかわからなかった。しかしラジオが広がり、テレビが普及する波に乗って、拡大していった。

「そこから『創造によって文化、産業に貢献する』というわかりやすい社是と、『夢・勇気・信頼』という社訓ができました。この2つが、今もやっぱり会社を表しているんですね。そして、これらをなんとか実現したいという思いを、今も全社員が共有していると感じます」

今日までずっと続くTDKのスピリット。石黒さんが入社した当時から、創造性溢れるベンチャー企業然とした雰囲気だったと振り返る。それは1982年のこと。まさにカセットテープ全盛時代の入社であった。

「機能対等」の理念から、巨大メーカーとは思えない自由な気風

「飛ぶ鳥を落とす勢いで超優良企業といわれていました。当時の売り上げは3000億円で、1/3から半分くらいはカセットテープ。とにかくそのビジネスがすごく忙しくて、最初は日本のカセットの営業として静岡に配属されました。私のTDK人生はカセットを売ることから始まったのです」

TDKブランドのカセットテープ(当時)

当時は湯水のように広告費を投入。カセットフィーバーを物語る逸話がある。1983年までのTDKの社名は東京電気化学工業株式会社だった。東京工業大学の電気化学科で生まれたからその名が付いたそうで、TDKはカセットテープのブランドに過ぎなかった。しかしあまりに知名度が高まったため、ブランド名が社名になったのだ。

カセット畑で仕事をしていた石黒さんに転機が訪れたのは80年代後半。カセットテープは欧州で高額なダンピング税が課され、日本から輸出する従来の商流の維持が難しくなった。そこで現地生産を検討するために、視察に出向いたという。

「欧州は大事な市場ですから、じゃあ向こうで作ろうと。事業部で企画をしていた私に『クロちゃん見てきてくれよ』ということで、英語もできないのに行ってきたんです。欧州を回った結果、ルクセンブルクに工場を作って地産地消するのがいいと企画書を出しました。すると、『ならやれ』と。提案した私と上司が行くことになった。ベンチャーらしい即決即断のスピード感は当時からありましたね」

大企業になるほど分業制が進むケースは多いが、TDKには「言い出しっぺだから行ってきなさい」という具合に、立場にとらわれず仕事を任せてもらえる空気があった。現在でも、TDKでは“機能対等”というキーワードが使われるという。これは機能の観点では序列はないので、人材をフラットな視点で登用するという意味なのだが、その言葉通りの大抜擢。かくしてそこから長い海外赴任生活が始まる。当初は過酷なものだった。

 

TDKルクセンブルク工場(当時)

「予期せぬ海外赴任ですし、英語もしゃべれないし、憂鬱でした。しかし今になってみれば、その経験がなくては今の自分はないと思います。日本人がいない環境で14年もいましたからね。ダイバーシティ&インクルージョンと最近いわれますが、私の原点はそういったところにあると感じています」

本業はあくまでBtoB。次々にM&Aを仕掛けて“将来の柱を増やす

磁気テープ事業は時代の流れに従って縮小していったが、TDKはCD-R、DVD-Rといった光ディスクの記録媒体へとそつなくバトンを渡していった。

「それはあくまで表の顔。その裏にあるBtoBが我々の本業です。フェライトから派生した電子部品の技術はソリッドなものでした。むしろカセットテープはそこから派生した技術なんです。TDKは時代ごとに変化しているように見えますが、フェライトからカセット、ハードディスクドライブ(HDD)のヘッドと変遷していったに過ぎないんです。フェライトを粉にしてフィルムに塗ってテープを作り、磁気の技術を応用してHDD用の磁気ヘッドを作り、さらに塗る、巻くといった工程が、タッチパネルフィルムに繋がったように、フェライトコアから発展応用し、枝葉を伸ばしていったのです。現在、大きな事業に成長したバッテリー事業についても、ロール状のものに塗布して巻くという意味ではテープからの応用です」

HDD用磁気ヘッド

「飛び地の技術はない」と石黒さんは胸を張る。このように、TDKはコア技術を大切に進化させてきた技術オリエンテッドの企業だ。今や受動部品やセンサー、HDD用磁気ヘッド、バッテリーなど、幅広いポートフォリオを持つ総合電子部品メーカーとなった。そんななか、石黒さんが社長に就任したのは2016年のこと。2015年に売上高はすでに1兆円を超えていたが、技術を磨く一方で、積極的なM&A戦略を進めた。

社長就任前の2015年にはドイツの磁気センサーメーカーのミクロナスの買収を仕掛け、また2016年にはクアルコム社との業務提携ならびに合弁会社の設立を発表した。2017年に米国のインベンセンスを、2018年には米国のチャープマイクロシステムズを相次いで子会社化した。

「各社の技術がTDKのなかにまったくないということではありませんでした。自社技術だけだと限定的になってしまうところを、もっと広げていきたいと考えたのです。社長就任前後にセンサー技術の開拓を始めましたが、実はTDKの得意分野でもありました。ですからこの分野は今後社会に貢献できる技術だと確信し、米国のインベンセンスが持つMEMS(メムス)という極小基板に搭載するセンサー技術に目を付けました。プロダクトポートフォリオを拡張すれば、お客さまに提供できるソリューションが増える。TDKが持っている技術を組み合わせることで、さらに大きな化学反応が起こると信じて、買収を決めたわけです。決してやみくもではなく、お客さまの利便性を考え、互いの技術の相乗効果を狙ってM&Aを行う。そういった発想です」

テープとハードディスクドライブのヘッド。過去80年のブレイクスルー

いたずらに企業規模を大きくしたい意図はなく、提供できるソリューションのための打ち手であり、プロダクトを大きく広げるためのアプローチといえるのだ。すなわち、骨の髄まで技術の会社。だから、過去を振り返ったときに語られるブレイクスルーについても、やはり技術について。

2017年に買収したインベンセンス社(米国カリフォルニア州)

「これまで、2つブレイクスルーがあったのだと思います。ひとつが間違いなくテープです。テープの市場はグローバルで始まりました。あのビジネスをやっていなかったら、TDKは日本の一介の電子部品屋だったことでしょう。また変化し続けるTDKの、最初の大きな変化だったと思います。BtoCもやるわけですから、ものすごく勇気のいる大きなチャレンジだったに違いない。成功したことで変化への先鞭をつけられたのです」

またもうひとつが、ハードディスクドライブのヘッドだという。

「今や売上高2500億円、利益率が高いビジネスに成長できたのは、SAEいう香港の会社を買収し、コクピットに座ってもらって開拓したビジネスだからです。買収した会社に主導権を取らせて、しかもそれは日本人ではなく中国人。この取り組みがなければ、バイタリティやダイナミズムを会社に取り込むことはできなかった。また、ヘッドの技術をベースに電子部品を薄膜技術で作るという技術的ブレイクスルーはできなかったことでしょう。この2つがなければ、挑戦や失敗を恐れず前進する現在のTDKの姿はなかったんじゃないかなと思います」

(後編に続く)

(執筆:吉州正行)

<合わせて読みたい!>
7000億円の使い道とは? 「きっとこうなる」から逆算するTDKの未来予想図(後編)

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