実は厳しい給与の支払いルール

解禁がウワサされる「デジタル給与払い」。導入が検討されたワケ

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「デジタル給与払い」の解禁に向けて、議論が活発になっている。現在、従業員の給料は銀行振込で支払われるケースが多いが、デジタル給与払いが導入されれば、スマホの決済アプリなどに直接給料が入ることも可能になる。2021年4月、厚生労働省の「労働政策審議会」で導入を見据えた“骨子”が提示されるなど、動きは本格化。ニュースでこのトピックを目にした人も多いはずだ。

それにしても、なぜここにきてデジタル給与払いの議論が進んだのだろうか。そしてもうひとつ、デジタル給与払いを解禁するには、法律面でどんな変更が必要なのだろうか。というのも、給与の支払いにはさまざまなルールがある。たとえば、今では当たり前といえる給与の銀行振込は、法律では「例外扱い」として特別に認められている形だ。

この記事では、給与に関する法律を改めて知りつつ、デジタル給与払いの議論が進んだ経緯や課題を見ていきたい。大和総研 金融調査部 主任研究員の長内智氏に解説してもらった。

法律では、労働者の賃金は「現金」で支払わなければいけない

今回の議論は、労働基準法で規制されている「労働者の賃金」が対象となる。ここでいう労働者とは、会社などに勤めており、賃金を支払ってもらっている人のこと。それ以外のフリーランスや個人事業主の賃金・報酬については、すでにデジタル給与払いが認められている。実際、先日Googleによる買収で話題となった「pring」や「Kyash」など、フリーランス・個人事業主に向けたデジタル給与払いのサービスは民間で登場している。

さらに、経費や交通費の精算などについては、労働者とフリーランス・個人事業主のどちらも、すでにデジタルマネーでの支払いが認められているという。

逆にいえば、労働者の賃金はそれだけ法律の規制が厳しかった分野だ。たとえば冒頭で述べたように、給与を銀行振込で支払うのは、本来法律で認められていない。

「法律の定めにより、労働者の賃金は通貨(現金)で支払うこととされています。ただし、労働者の同意がある場合に限り、本人名義の銀行口座や証券口座へ振り込むことが可能なのです」

労働基準法では賃金の支払い方法を細かく定めており、一般に「賃金支払いの5原則」といわれる。現金での支払いのほか、毎月1回以上の支払い、支払日を一定の期日にするといった原則がある。「賃金は労働者の生活に直結するため、その支払いは法律で細かく規制されてきました」と長内氏は説明する。

それほど規制されてきた賃金について、なぜ今回、デジタル給与払いの議論が進んだのだろうか。

「ひとつは外国人労働者の増加です。コロナ前は急速に増えており、また政府も、日本の生産年齢人口(15〜64歳人口)が減る中で、外国人労働者を増やす方針でいました。ただし、外国人は銀行口座を作りにくく、給与支払いに不便が生じる。そこでデジタル給与払いが提案されたのです」

このような議論は、2018年頃からすでに生まれていたという。さらにその後、日本は国をあげてキャッシュレス化に取り組み始めた。その流れの中で、議論がより加速したようだ。

もしアプリの業者が倒産したら、払われるはずの賃金はどうなるのか


デジタル給与払いが実現すれば、労働者が給与を受け取る選択肢が増えるほか、毎月の給料を銀行にいくら、決済アプリにいくらと分けて振り込んでもらうパターンも考えられる。また、月1回の給与払いではなく、週払いや日払いなど、より細かく受け取れる可能性もあるようだ。

では、具体的にいつから導入されるのだろうか。今回、法律自体は変更されず、それに紐づく規制を変えることとなっている。通常なら、労働政策審議会で骨子が通れば、その後はパブリックコメントを受け、必要な意見を骨子に反映。それを終えると完了となる。

すでに骨子は通ったので“解禁間近”といえそうだが、どうもそうではないようだ。

「今回はもう一度審議を行う可能性もあります。その理由は、デジタル給与払いを導入した際に、労働者の賃金をきちんと保護できるかという課題が残っているため。決済アプリなどの運営元は、法律的に『資金移動業者』として登録されています。資金移動業者は、現行のルールに照らし合わせると、賃金保護の観点でまだ議論すべき余地があるのです」

資金移動業者とは、わかりやすくいえば、離れた場所に存在する者同士が、現金をともなわずお金を送り合う「為替取引」を行う業者のこと。あくまでお金を送るのが主体の業者に、賃金という重要なお金、それも多額のお金を預けて問題がないのか。まだ話し合いが行われるかもしれないという。

「仮に資金移動業者が倒産やトラブルに直面した際、支払うはずの賃金を担保できるかが重要です。資金移動業者も、そのような場合に預かり金を保護する仕組みが義務付けられており、賃金自体が消失する可能性は低いでしょう。ただし、本人確認や手続きに時間がかかり、すぐに賃金が支払われないケースは十分あり得ます」

生活の基盤となる給与だけに、たとえ数日でも遅れるのは大きな問題。こういった観点から、まだ議論は続くと予想される。

給料がアプリに直接入れば便利な反面、やはりそれ相応の課題やリスクも生じるということだろう。一方、デジタル給与払いを導入する企業側にも、いろいろなメリット・デメリットが考えられるようだ。それらについては、別の記事で紹介していく。
(取材・文/有井太郎 撮影/森カズシゲ)

※記事の内容は2021年8月現在の情報です

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