すでに公道走行のテストを開始
ソニーが本気で行うEV開発。第1弾の「VISION-S Prototype」はどんな車?
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今まさに大きな変革のときを迎えているのが自動車業界。「電動化」が本格的に進み始め、ガソリンから電気へ、エンジンからモーターへと車の構造が移り、それに伴って部品も変わっていくと考えられる。
実はこの変革において、異業種から自動車業界に参入する企業が増える可能性も以前より指摘されてきた。
そしてその指摘は現実となった。すでに電気自動車(EVまたはHEV)の開発を進めている異業種メーカーがある。ソニーだ。同社はEV「VISION-S Prototype」でヨーロッパの公道で走行テストを行うまでに至っている。
それにしてもなぜ、ソニーは自動車領域に踏み込んだのか。そして同社が作るVISION-S Prototypeとは。最近聞かれるキーワードをテーマに、関連企業に取材する「マネ部的トレンドワード」。EV編の第4回は、ソニーグループ(株)常務の川西泉氏に同社のEV構想を聞いた。
ソニーの自動車参入につながった「2つの技術」
ソニーが自動車領域に挑戦したいきさつについて、川西氏は「電動化の流れが進む中で、ソニーという会社がモビリティの世界で何ができるか、どう貢献できるかを考えたのが最初のきっかけ」だという。
その上で、ソニーが持つ技術がこれからの自動車で価値を発揮するのではないかという考えもあった。
「ソニーはさまざまな自動車にセンサー技術を提供しています。また、自動運転が将来実現すれば、人は運転をしなくてよくなるため、車内での時間の使い方も変わるでしょう。そこでは、ソニーの持つハードウェアやエンタテインメント関連のコンテンツ資産等を活かせるのではないかと考えました」
自動車のセンサーは、カメラのほか、レーザー光を使って対象物までの距離や位置などを検知するLiDARや、高周波数の電波で距離や角度を測定するRadar(ミリ波レーダー)などの種類がある。ソニーはその技術をすでに市販車へ提供しているのだ。今後、自動運転が発展すればよりセンサーは重視されていく。周囲の障害物や道路の状況をセンサーで読み取り、自動運転の判断材料につなげるからだ。
加えて、自動運転の普及はソニーが持つエンタテインメント資産も価値を増す。このような考えから自動車開発がスタートした。
まずは第1弾として、「VISION-S Prototype」の製造を開始。すでに欧州の公道で走行テストを実施している。現時点でVISION-S Prototypeの市販化は想定していないものの、「欧州のナンバーを取得して公道を走れる、すなわちそれ相応の安全基準をクリアできる段階まで開発は進んでいます」という。
ソニーが自動車を作るというと、既存の自動車とは一線を画す奇抜なデザインや近未来的なフォルムを思い浮かべる人もいるかもしれない。しかし、写真や映像を見れば分かる通り、実際の自動車はきわめて現実的なデザインになった印象だ。
「自動車は人の命に関わるものであり、法規制や安全基準も厳格になっています。それらの基準を満たすような車を考えると、自然と現実味のある車の形に帰着していきました。とはいえ、その中でソニーのユニークさをどう出していくか。ここが開発のポイントでした」
VISION-S Prototypeは40個のセンサーを搭載し、車内外を見張る
開発における最大のハードルは、ソニーにとって初めての経験である「車の基本作り」だったという。川西氏の言葉を借りれば「走る、曲がる、止まるという基本動作の精度をどう上げるか」だった。ソニーはここを自社開発せず、オーストリアの自動車製造業者であるマグナ・シュタイヤーをパートナーとして、そのほかにも、さまざまな自動車系サプライヤーとともに開発してきた。
一方で、ソニーとしてのユニークさも出している。上述したセンサーとエンタテインメントだ。まずセンサーについては、車内外に40個のセンサーを設置。「人の視覚を超えるセンシング技術」と銘打ち、センサーによって車の周囲360度を見張る。また、ドライバーの状態など、車室内の状況も室内センサーでチェックする。
こうして安全性を担保するからこそ、次の長所であるエンタテインメントが効いてくる。川西氏は「安全を構築し、その上に楽しみを提供するという2段階で考えています」と話す。
「エンタテインメントについては、オーディオや映像、ゲームなど、ソニーのコンテンツを最大限に活かしていきます。オーディオにおいては、囲まれた空間であることを利用して新たなオーディオシステムを設計。ソニーの立体音響技術『360 Reality Audio(サンロクマル・リアリティオーディオ)』を搭載しています」
映像面では、前座席に車の端から端まで広がるパノラミックスクリーンを取り入れた。後部座席にもスクリーンを配置し、映画やゲームを楽しめることを想定している。もちろんこれらをフルに活用できるのは自動運転が普及してからだが、すでにその未来を想定した作りになっているのだ。
「さらに、これからの車はソフトウェア部品が増えるため、購入後も頻繁にソフトウェアをアップデートする形になるでしょう。スマホなどと同様に車の機能が進化していくのです。このアップデート技術もソニーの得意分野といえます」
ソニーならではの強みが詰まったVISION-S Prototype。あくまでまだ完成途上であり「ソニーの技術をつぎ込んで完成させたい」と川西氏。「これまでの視点とは違うモビリティを提案できたらいいですね」と意気込む。
なお車のデザインについて、VISION-S Prototypeはスポーツタイプとなったが、今後はSUVなど他のタイプの開発も検討したいという。VISION-S Prototypeに使われているプラットフォーム(車の土台や枠組みにあたる車台)は、他のタイプの車にも使えるよう共通性を持たせており、いろいろな車種への適用は可能。決してこの一台だけのものではない。
最後に、ソニーという立場で時代を見てきた川西氏は、「自動車の未来」をどう考えているのだろうか。取材の最後に問いかけると、こんな答えが返ってきた。
「今後、自動車がネットワークでつながるようになると、さまざまな可能性が芽生えると思います。ひとつは社会インフラとの融合ですよね。車と信号機が連携して渋滞を解消するなど。あるいは、車同士がネットワークで連携して安全性が高まる、ネットストリーミングでエンタテインメントコンテンツを楽しめるということもあるでしょう。そういった可能性に対し、ソニーの技術を活かしていきたいと思います」
自動車開発に取り組み始めたソニー。第1弾となるVISION-S Prototypeは、その名が表す通り、ソニーが見据える自動車の未来を示しているのかもしれない。いずれにせよ、このプロジェクトは一時的ではない。間違いなく本気である。
(取材・文/有井太郎)
※記事の内容は2021年11月現在の情報です