とある市場の天然ゴム先物 27
タイに上場する日本の天然ゴム先物【Japanese Rubber Futures】
日本の天然ゴム先物(RSS3、TSR20)はもちろん日本の市場に上場していますが、実はタイにも日本の天然ゴム先物が上場していることをご存知でしょうか。
その名を「Japanese Rubber Futures」と言いますが、今回はこのJapanese Rubber Futuresの上場の経緯や市場動向などを簡単にご紹介します。
タイの天然ゴム先物取引の沿革
タイは世界最大の天然ゴム生産国であり、ゴム取引の長い歴史を持っています。
タイの天然ゴムの生産・輸出業者(シッパー)は、以前より日本やシンガポールといった輸出先の取引所で取引をされている天然ゴム先物を使って価格変動リスクのヘッジなどの売買をしていました。
しかし、タイ国内にはこうした天然ゴムの先物市場がなかったことから、タイの生産者・消費者両方の先物取引需要の獲得を目指して、1999年にタイ政府は農産品先物取引法(Agricultural Futures Trading Act B.E. 2542 (1999))を施行します。
そしてこの法律に基づき、タイ政府の出資によりタイ農業商品先物取引所(AFET: The Agricultural Futures Exchange of Thailand)が設立されることとなります。
その後、2001年9月に最初のタイ農業商品先物取引所の取締役が指名され、2004 年5月に第一号の先物商品としてRSS3先物が上場し、さらに2005 年9月にTSR20 (STR20)先物、2006年3月にラテックス先物の取引が開始されることとなります。これらは現在の日本の株式や先物と同様のザラバ取引で、通貨はタイバーツ建てでした。
しかしながら、この新しい天然ゴム先物市場へのタイのシッパーの参加は限定的であり、その後長期にわたり取引が低迷することになります。
このタイ農業商品先物取引所では、天然ゴムのほかに2004年8月にはコメ先物、2005年3月にはタピオカ先物の取引を開始しますが、これらの取引も伸び悩むことになります。
その後、取引低迷が続いたことで経営の継続が難しくなり、タイ農業商品先物取引所は2016年11月、タイ証券取引所(Stock Exchange of Thailand, SET)傘下で、株価指数先物等を上場しているタイ先物取引所(Thailand Futures Exchange)に吸収合併されることとなります。
この吸収合併直前の2016年5月、タイ先物取引所に最初の農産物先物であるRSS3先物が、2016年6月にはRSS3D先物が上場することで、タイ農業商品先物取引所の天然ゴム先物は引き継がれる形となりました。
なお日本との関係では、2016年6月にタイ先物取引所と、当時天然ゴム先物を上場していた東京商品取引所(TOCOM、現在は日本取引所グループ傘下)との間で、両取引所間の協力関係強化に関する覚書が締結されています。
これはタイと日本の天然ゴム産業が長年の協力関係にあり、かつ日本で取引をされている天然ゴム先物の対象がタイ産であることが背景の一つでした。
Japanese Rubber Futures上場の経緯
2016年にタイ先物取引所に移管されて仕切り直しとなった天然ゴム先物ですが、RSS3先物、RSS3D先物ともに取引は低迷します。
なお余談ですが、タイ先物取引所のRSS3先物とRSS3D先物の違いは、RSS3先物の受渡供用品に「取引所の清算機関であるThailand Clearing House(TCH)の承認した生産者が生産したRSS3」という条件があり、かつ受渡しが清算機関(TCH)を通じて行われるというものになります。
タイ先物取引所に移管後のRSS3先物とRSS3D先物の取引動向
ところでタイで天然ゴム先物の利用が進まない理由の一つは、輸出業者であるシッパーが日本やシンガポールの天然ゴム先物を使ってきたことから、あえて流動性の低いタイの天然ゴム先物市場を利用する必要がない、というものでした。
特に日本のRSS3先物は、国内外の多くのゴム業界関係者及び投資家に利用されており、海外にオープンなRSS3先物市場という点では最も規模や流動性が大きく、RSS3の国際的な指標価格の一つとして広く認知されています。
そこでタイ先物取引所は、タイ独自のRSS3先物に固執せず、既に国際的な認知の高い日本のRSS3先物市場を活用した商品設計とすることで市場の活性化を目指すようになります。
元々タイと日本は天然ゴム市場の拡大のために長年相互に協力してきた関係であり、また日本の取引所もタイ先物取引所と友好な関係を続けてきました。そうした背景から、2019年にタイ側から当時の東京商品取引所が提案を受け、新商品を共同で設計することとなります。
その結果として、2020年にタイ先物取引所における新たな天然ゴム先物商品の上場に関する合意書を両取引所間で締結し、2020年11月30日、日本のRSS3先物の価格を参照した新商品「Japanese Rubber Futures」がタイ先物取引所に上場することになりました。
このJapanese Rubber Futuresの上場は日本、タイ両国の長年の協力関係の象徴であり、タイの個人投資家や金融系プレイヤー等にゴム先物の新たな投資機会を提供できることになったほか、将来的には市場間アービトラージ取引の促進によって両市場の相乗的な発展が期待されているところです。
Japanese Rubber Futuresの商品スペック
さて、それではJapanese Rubber Futuresの商品スペックを見てみましょう。分かりやすいように日本のRSS3先物と比較してみます。
商品スペック比較
まず最も大きな違いは、日本のRSS3先物が受渡決済、すなわち取引最終日までポジションを持っていると売り手から買い手に天然ゴムの現物を渡すことになるのですが、Japanese Rubber Futuresは差金決済となります。
これは最終決済の際に現物の天然ゴムを受け渡すのではなく、日経225先物などと同様に、最終清算値段(SQ値)を元にポジションの勝ち負けを確定させ、その最終清算数値との差の分だけで決済をするというものになります。
そしてJapanese Rubber Futuresの最終清算値段は、日本のRSS3先物の受渡値段(最終清算値段)となります。
つまりタイのJapanese Rubber Futuresと日本のRSS3先物は取引最終日の最終清算値段が同じ値になりますので、これが両先物の値段が連動する根拠となります。
なお日本のRSS3先物とJapanese Rubber Futuresの清算値段が同じになるのは取引最終日のみで、それ以外のJapanese Rubber Futuresの清算値段はタイ市場での取引等によって決まります。
取引単位については、日本のRSS3先物が5,000kgであるところ、Japanese Rubber Futuresは呼値(取引値段)の300倍となります。
例えばRSS3先物の値段が1kgあたり230円だとすると、日本の取引単位は230円/kg×5,000kg=1,150,000円であり、Japanese Rubber Futuresは230円/kg×300=69,000円となります。
Japanese Rubber Futuresのターゲットにはタイの個人投資家も含まれていますので、投資しやすいように取引単位が小さくなっています。
また取引について、日本の場合は1kgあたりの円建てのRSS3先物の値段になりますが、Japanese Rubber Futuresは「1kgあたりの円建てのRSS3先物の値段」をそのまま使い、決済のときにのみバーツ建てにします。
これはどういうことかといいますと、日本のRSS3先物の値段は230円/kgといった形で表されますが、Japanese Rubber Futuresも取引の時点ではバーツ建てに換算せず、そのままの円建ての1 kgあたりのRSS3の値(230円/kgとか240円/kg)で取引し、決済の時にバーツ建てに変換されるということになります。
少しややこしいので例を挙げてみます。
ここでJapanese Rubber Futuresを230円/kgで購入し、250円/kgで売却したとします。このとき為替は1円=0.3タイバーツで変わらないものとします。
購入時のポジションは「230円/kg×300 = 69,000円」で、売却時のポジションは「250円/kg×300 = 75,000円」となり、決済の際にバーツ建てにすることで「(75,000円-69,000円)×0.3バーツ/円=1,800バーツ」の利益が確定する、ということになります。
その他の両先物の違いとして、日本のRSS3先物は2021年9月に6限月制から12限月制に変更されましたが、Japanese Rubber Futuresの場合は6限月のままとなっています。
さて、それでは次に取引制度を比較してみましょう。
取引制度比較
Japanese Rubber Futuresの取引が最も活発な限月は日本のRSS3先物と同じで、第5、6限月となります。両先物は連動する関係にありますので、よく取引される限月も同じになっています。
また取引時間ですが、Japanese Rubber Futuresは日本時間18:55(タイ時間16:55)までとなりますが、取引最終日のみ日本時間15:15(タイ時間13:15)までとなっています。
これは取引最終日のJapanese Rubber Futuresの最終清算値段に日本のRSS3先物の最終清算値段が使われるため、日本の最終値段が確定する取引終了の時点(日本時間15:15)で取引を止めるという運用にしているためです。
Japanese Rubber Futuresの市場動向
それではここからはJRFの市場動向を簡単にご紹介します。まずはJRFの取引状況を見てみましょう。
Japanese Rubber Futuresの取引状況(2021年11月22日 日本時間18:09時点)
こちらの取引状況を見てみますと、取引最終日が近い第1限月を除き、どの限月にも売り買いの気配がしっかりと出ていることが分かります。
これはタイ先物取引所がマーケットメイカー制度を導入しており、Japanese Rubber Futuresにも複数社のマーケットメイカーが継続的に売り買い両方の気配を提示しているからとなります。
次にJapanese Rubber Futuresの取引高、建玉残高を見てみましょう。
Japanese Rubber Futuresの取引高、建玉残高推移
日本のRSS3先物と比較するとまだまだ流動性は少ないですが、2021年に入りタイ先物取引所の他の天然ゴム先物(RSS3、RSS3D)の取引高、建玉残高はゼロが続いていますので、Japanese Rubber Futuresはタイで唯一取引のある天然ゴム先物となります。
現在の取引はマーケットメイカー同士の売買であることが多い模様ですが、流動性が増えていくことにより、日本市場との裁定取引を行うようなプレイヤーや個人投資家なども増えていくと期待されているところです。
最後に先物価格の推移を見てみましょう。
前述したとおり、Japanese Rubber Futures(第1限月)の取引最終日の最終清算値段が日本のRSS3先物の最終清算得段と一致するように設計されていますが、逆に言えば取引最終日までの取引、清算値段はタイ市場の動向によって決まります。
これはつまり、たとえばタイ市場における需給や独自要因により、時に日本のRSS3先物と値段の乖離が生じることもあるということになります。
OSE RSS3先物とTFEX JRFの清算値段、スプレッド推移(第6限月)
こちらのグラフは両先物の第6限月の値動きの推移となりますが、場合によっては10円から20円といった大きな乖離が生じていることが分かります。こうした値段の歪みは裁定取引で利益を出すチャンスですので、そうした投資家の参入が望まれているところです。
さて、今回はタイに上場するJapanese Rubber Futuresをご紹介しました。
世界の天然ゴム先物で最終清算値段に他市場の値段を使うものはなく、Japanese Rubber Futuresは非常にユニークな商品であるといえます。
天然ゴムの需要という観点では、TSRが消費の中心となったことでRSSへの需要が減少してきており、その大きな流れの下で日本のRSS3先物の市場規模も縮小を続けています。
Japanese Rubber Futuresの取引規模はまだまだ小さいですが、株価指数先物を含めてタイのデリバティブ市場は拡大を続けており、今後天然ゴム先物市場が大きく成長するポテンシャルがあると思われます。
今回のJapanese Rubber Futuresのケースのように、成長ポテンシャルの高い市場との協力関係を築き、多くの投資家に新たな投資機会を提供していくことで日本の天然ゴム先物市場を活性化させ、その結果として世界の天然ゴム先物市場の発展に繋げていきたいと考えているところです。
※次回の更新は2021年12月7日(火)頃の予定です。
【もっと知りたい方に!】
日本取引所グループ「大阪取引所とタイ先物取引所が天然ゴム商品上場に関する合意書締結~タイ先物取引所でJapanese Rubber Futures上場へ~」
TFEX “About TFEX”
TFEX “Japanese Rubber Futures”
TOCOM「ゴム取引の基礎知識」
(著者:大阪取引所 デリバティブ市場営業部 矢頭 憲介)
(東証マネ部!編集部)