企業にとっては厳しいが、投資家にとってはやさしい変化!?
専門家が語る「新市場区分が個人投資家に与える影響」
2022年4月4日、東京証券取引所の新市場区分がスタートする。これまで「市場第一部」「市場第二部」「マザーズ」「JASDAQスタンダード」「JASDAQグロース」に分かれていた市場を見直し、「プライム市場」「スタンダード市場」「グロース市場」の3つに分けられるのだ。
この市場の変化によって、企業や個人投資家にはどのような影響があると考えられるだろうか。大和総研 主任研究員の神尾篤史さんに聞いた。
企業の成長を促進するであろう「新市場区分」
――2022年4月から新市場区分がスタートすることで、日本の経済などにはすぐ影響が出てくるのでしょうか?
「今回の見直しは、曖昧だった市場コンセプトを明確にすることと、持続的な企業価値向上の枠組みを整備することという2つの狙いが背景にあります。そのため、市場が5つから3つに再編され、上場維持基準やコーポレートガバナンス・コードが修正されるのです。
ただ、2022年4月に新市場区分が開始して、すぐに市場の流動性や時価総額が上がるとは考えづらいといえます。例えば、市場第一部とプライム市場の上場企業数にそこまで大きな違いはなく、また、制度の激変緩和のために、上場企業に対して経過措置なども用意されているからです。とはいえ、変化が起きないわけではないでしょう。市場の新陳代謝の活発化や成長に向けた企業の取り組みの増加といった変化は、徐々に起きていくだろうと思います」
――それらの変化は、上場維持基準が見直されることによるものでしょうか。
「そうですね。現行よりも基準が厳しくなり、企業は成長し続けないと市場に留まれなくなります。これまでは市場第一部に上場すれば、上場廃止になることはほとんどありませんでしたが、今後はプライム市場からスタンダード市場へ市場を変えての上場などが増えていくかもしれません。そのほか、上場する意義を改めて考え、非上場化を選択する企業も出てくるかもしれません。新陳代謝が高まる可能性があると思います。
また、これまでの基準だと、マザーズに上場して、基準を満たし1年も経てば市場第一部に上場できましたが、今後は上場審査基準も厳しくなるため、グロース市場からプライム市場に変わることが難しくなります。より大きな成長が求められるので、企業もいままで以上の頑張りを見せるでしょう」
――企業が成長していけば、経済にとってもプラスに働きそうですよね。
「経済にとっては、とてもポジティブな変化です。成長に伴って、各企業の時価総額が増える可能性があります。また、努力する企業が増えれば、投資家が投資をする機会も増えていくと考えられます。その結果、株式の流通量や売買高も上がっていくのです。
流通量が上がるということは、さまざまな投資家がビッド(買値・売値)を出し合うということで、結果としてその企業価値に見合った適正価格になっていくと予想されます。日本経済にとっても企業や投資家にとっても、プラスに作用するでしょう」
企業の体制や姿勢を見直すタイミング
――市場区分の見直しは、企業に大きな影響を及ぼしそうですね。
「上場維持基準を満たさない場合、上場廃止になるおそれがあるので、企業の頑張りはいままで以上に重要になるでしょう。プライム市場に入るような時価総額数千億円の大企業は既に企業価値が高いので、あまり意識していないかもしれませんが、それほど時価総額の大きくない企業にとっては上場維持基準の変化による影響は大きいといえます」
――上場維持基準が上方修正されると、企業規模が小さいほど厳しくなりますよね。
「上場維持基準の1つに流通株式時価総額も設定されていて、プライム市場で『100億円以上』、スタンダード市場で『10億円以上』、グロース市場で『5億円以上』が基準になります。流通株式時価総額は株価×流通株式数で決まってくるので、株価を上げるためにIRの部署を作ったり、IRを強化したりする企業も増えていくでしょう。
ちなみに、IRとは『Investor Relations』の略で、株主や投資家に向けて経営状態や財務状況、今後の業績の見通しなどを発信する活動のことです」
――単純に成長を目指すだけでなく、外部へ発信する内容も変わっていく可能性があるんですね。
「外部への発信の部分では、新市場区分と同じタイミングで行われるコーポレートガバナンス・コードの改訂も関係してくるといえます」
――コーポレートガバナンス・コードは、企業に持続的な成長と中長期的な企業価値の向上を目的に、透明・公正かつ迅速・果断な意思決定を行うためのベストプラクティスを示すもので、今後はプライム市場、スタンダード市場で全原則の適用が求められるようになりますね。
「コーポレートガバナンス・コードでは、社外取締役の選任や女性・外国人・中途採用者の登用といった多様性の確保、サステナビリティを巡る取り組みについて記載されており、上場企業はそこに対応していかなければならなくなります。
既に取り組んでいる企業はたくさんありますが、今後は外部にも明確に示す必要が出てくるため、より大きな責任を伴います。新たなコーポレートガバナンス・コードに沿った行動指針を作成し、社内の士気を高めている企業も出てきているのです。従業員や取引先に対しても真摯に向き合っていこうという各企業の意識の高まりも、見えてきています」
個人投資家も読み解きやすい資料が充実
――企業に対する影響はわかりましたが、個人投資家にも何らかの影響はあるのでしょうか?
「多くの企業が成長に向けて動き出すことで、投資のチャンスが増える可能性があります。また、今後はわかりやすく企業の情報をまとめた資料が出てくることも、個人投資家にとってのプラスの影響です。
グロース市場上場企業に限ったものではありますが、上場にあたって企業には『事業計画及び成長可能性に関する説明資料』の提出が求められます。この資料がとてもわかりやすいと、機関投資家から評判が高いのです」
――「事業計画及び成長可能性に関する説明資料」は、どのようなことが書かれているのでしょう?
「その企業のビジネスモデルについて詳しく書かれた資料で、業界での立ち位置や事業区分ごとの成長戦略がまとめられています。『利益が得られる事業で稼いだキャッシュを、リスクが高いが、成長の見込める新規事業で活用する』といった事業ポートフォリオのようなことも書かれているので、今後の事業の方向性も見えるでしょう。有価証券報告書にも書いていなかったような事項も多いのです。
フォーマットが決まっているので、企業同士を比較しやすいというメリットもあります。明確でわかりやすい資料が出てくることで、投資家に合理的な投資判断を促すことができます」
――投資先を選定するうえで、重要な情報源となりそうですね。ただ、グロース市場だけのものなのですね。
「『事業計画及び成長可能性に関する説明資料』はグロース市場上場企業だけですが、各市場の上場維持基準を満たさなかった企業が経過措置を受けるために提出する『上場維持基準の適合に向けた計画書』にも成長戦略などが書かれますし、一般にも公開されます。
また、いずれプライム市場やスタンダード市場に上場している企業にも同等のわかりやすい資料が投資家から求められることを想定して、準備を進めている大企業も出てきています。今後の動向はわかりませんが、投資家にとってはポジティブな流れですね」
――企業の今後が見える資料となると、投資以外の場面でも役に立ちそうですよね。
「就職活動や転職活動の際にも、企業を知るための資料になると思います。就職情報サイトだけではわからない企業のリアルな部分が見えてくるのではないかと思うので、どんな内容が書かれているのか、あらかじめチェックしておくのもいいと思いますよ」
2022年4月以降は単に市場が見直されるだけでなく、企業に求められるハードルも高くなる。その変化により、企業の成長が期待されるのだ。資料も充実すると目されているため、株式投資にチャレンジするチャンスといえるかもしれない。
(取材・文/有竹亮介(verb) 撮影/森カズシゲ)
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神尾篤史
大和総研 主任研究員。2006年に大和総研に入社し、ヘッジファンド調査、日本経済調査、金融・資本市場(アジア)調査などを担当。現在は、日本とアジアの経済・社会構造分析、金融資本市場の分析を専門とする。