全員が同じ金額を用意しないといけないわけではない
必要な“老後資金の目安”ってどう判断すればいいの?
ここ数年の間に、「老後資金は自分で備えた方がいい」という話を耳にした人は多いだろう。iDeCoやつみたてNISAも登場し、自分自身で備える環境は揃ってきている。
しかし、老後といわれてもまだまだ先の話で、いくら必要になるか判断できないもの。一時期話題になった「2000万円」で足りるのだろうか。そこで、金融審議会市場ワーキング・グループ委員も務める資産活用の専門家・野尻哲史さんに、老後資金の備え方について聞いた。
老後1年間の生活費は「退職直前の年収の6~7割」
昨今、老後資金の重要性がかなり注目されている。しかし、老後資金と一口にいっても、人によって年金額や貯金額は異なるため、全員一律で2000万円あれば問題ない、とはいえないだろう。自分に必要な老後資金は、どのように導き出せばいいのだろうか。
「誰しも2000万円が必要というわけではありません。特に、現在の20~30代の方が定年を迎える頃の経済状況の予測は難しいので、一概に『目安はいくら』とは言えません。ただ、間違いなく言えることは、退職後の生活は、今の生活の延長線上にあるということ。定年退職を迎えたら急に田舎暮らしが始まって生活費が減るということはなく、住まいや生活水準は変わらないと考えましょう」(野尻さん・以下同)
ほとんどの人は、年収に見合った水準で生活しているだろう。退職して給与が入らなくなったからといって、その水準を急に下げることは難しい。つまり、現役時代の年収が上がるほど、老後の生活費も上がると考えた方がいいという。
「特に重要になるのが、退職直前の年収です。アメリカでは退職直前の年収の70~85%が、老後の1年分の生活費といわれています。国民皆保険制度のある日本では、アメリカほど医療費がかからないため、退職直前の年収の60~70%と考えるといいでしょう」
「退職直前の年収×0.6~0.7」が、1年分の老後資金の目安となる。“人生100年時代”といわれる今、65歳で退職して100歳まで生きることを想定すると、この目安の35倍が老後の生活資金の総額となる。しかし、現役世代は退職直前の年収を想像しにくいだろう。
「数十年後の給与額を想像するのは難しいので、定年間近になった時にいくらくらいの給料で、どのような生活をしていたいか想像してみましょう。想像の年収をもとに計算した目安を目標にして、考えていくといいと思います。例えば、希望の退職直前の年収を600万円とすると、1年分の老後資金の目安は360万~420万円。この目安は年金なども含めた金額なので、全額を準備する必要はないといえます」
目安は見えたものの、何歳までいくらくらい準備していけばいいかがわからない。老後資金を貯めていくステップなどはないだろうか。
「退職後の生活のための資産形成はゴールが非常に先のことなので、ついつい後回しにしがちです。そうならないように、途中経過のゴールを設定することをおすすめします。例えば、30歳までにその時点の年収の1倍、40歳までに2倍を備えるといった具合に、年齢とともに徐々に倍率を増やしていきましょう。遠い先だけを意識するのではなく目先のゴールを目指すことで、しっかりとした歩みで準備できます。退職直前は、だいたいその時点の年収の6~7倍程度を目安にしてみてはどうでしょうか」
老後資金の目安に到達する「手段」を選ぶ
老後資金の目安と準備のステップが見えたら、設定した目標に向けてお金を準備していくことになるが、やはり投資を行った方がいいのだろうか。
「必ずしも投資をしなければならないわけではありません。老後のための資金を作るという目的を達成する手段としては、投資だけでなく、預貯金や保険もあります。もし、毎月の給料から一定額を貯蓄して、老後資金の目安に到達するのであれば、投資をしなくてもいいのです」
逆に、貯蓄だけでは老後資金の目安に到達しないようであれば、投資を検討する必要が出てくる。
「投資をする場合も、無茶をしないことが大切。リターンを求めるわけですから、リスクもあることを理解して、そのリスクを少しでも軽減する手法を活用する必要があります。投資のリスクを下げるコツは、『長期』『分散』『積立』の3つの要素を揃えること。さまざまな銘柄で構成された投資信託に、毎月積立投資をして、長く続けられるといいでしょう」
「長期」「分散」「積立」は、それぞれにリスク回避の効果はあるものの、どれか1つだとマーケットが大きく動いた時にカバーできないそう。
「私の経験ですが、かつて勤めていた会社で16年間、自社株のみに積立投資をしていました。しかし、その会社が倒産してしまい、株券は紙切れになってしまったのです。『長期』『積立』はできていても、『分散』できていなかったのが反省点といえます。3つの要素を欠かさずに揃えることが大切です」
積立投資の拠出額は「年収の1~2割」
投資を行う際のポイントはわかったが、積立投資を行う場合、どの程度の金額を拠出するといいのだろうか。
「『毎月一定額の積み立てがいい』といわれますが、30代から50代まで同じ金額を継続するより、収入が増えたら拠出額も増やすと考えましょう。先にお話しした通り、現役時代の年収が増えると退職後の生活費も多く必要になるケースが多いので、現役時代の年収に比例して資産形成額も増やすことが大切です。年間の拠出額の基準となるのが、『年収×10~20%』」
これは一例だが、30代で年収400万円、40代で年収500万円、50代で年収600万円の人が年収の12%で積立投資をする場合、30代で月4万円、40代で月5万円、50代で月6万円拠出することになる。これを年率3%で運用すると、30年間で2800万円作り上げられる計算になる。
「上記の例は、60歳までに2800万円準備することを目安としたケース。老後資金の目安を設定できたら、逆算していくことで、現時点でいくら貯蓄または積立投資に回せばいいかが見えてきます。年収の10~20%というと多いと感じる人もいると思いますが、そのなかには会社が拠出してくれている確定拠出年金や自社株への投資なども含めて考えてみましょう。そうすると、個人で新たに拠出する分は意外と少なかったりします」
老後資金というと、先のことすぎて想像がつかないかもしれないが、ある程度の目安が見えると準備を始めやすくなりそうだ。まずは、定年直前でどんな生活をしていたいか、想像するところから始めてみよう。
(有竹亮介/verb)
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野尻哲史
フィンウェル研究所代表。大学卒業後、国内外の証券会社調査部での勤務を経て、2006年より運用会社で投資教育に従事。20年以上にわたって資産形成・資産活用の啓発活動を続ける。2019年にフィンウェル研究所を設立し、資産形成を終えた世代向けに資産の取り崩し、地方都市移住、勤労の継続などに特化した啓発活動をスタート。著書に『「老後の資産形成をゼッタイ始める!」と思える本』『定年後のお金 寿命までに資産切れにならない方法』など多数。