新しい金融のカタチ

これまでの仲介業はどう変わるのか

組込型金融はさらに加速か。「金融サービス仲介業」が投資初心者にもたらすメリット

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2021年11月にスタートした「金融サービス仲介業(新仲介業)」。これまで、銀行・証券・保険といった金融分野で仲介業を行う場合、分野ごとそれぞれのライセンスが必要だった。それを1つのライセンスで3分野すべての仲介を行えるようになったのが今回の新仲介業といえる。

では、この新しい制度は私たち一般消費者にどんなメリットをもたらすのだろうか。「新仲介業によって、これから投資を始める人や投資初心者の方に大きなメリットが生まれると考えています」。そう話すのは、Finatextホールディングスの取締役CFOを務める伊藤祐一郎氏だ。

伊藤氏は、記者との勉強会などを通じて、新仲介業の詳細を考察してきた。その彼がいう「メリット」とはどういったことなのか。制度の概要をおさらいしながら、その意味を聞いていく。

新仲介業は「広く浅く」商品を取り扱う。まずは制度をおさらい

まず“仲介業”とは、銀行や証券会社、保険会社といった金融機関とユーザーの間に入り、さまざまな手続きの媒介や仲介を行う者。先述の通り、これまで仲介業を行うには、分野ごとそれぞれのライセンスが必要だった。銀行なら銀行代理業、証券なら金融商品仲介業、保険なら保険募集人といった形だ。

それを1つのライセンスで3分野すべての仲介をできるようにしたのが、今回の新仲介業だ。「これまでは業界ごと縦割りだったライセンスを、業界の垣根を取り払って横串を指したといえます」と伊藤氏は説明する。

加えてもうひとつ、大きな変更点がある。これまでの仲介業者は、どこかの金融機関に所属しなければならなかったが、新仲介業では所属の必要がなくなる。

すると、今まではどうしても所属する金融機関の商品の中からユーザーに合う商品を提案することが多かったが、所属制度がなくなることで「さまざまな金融機関の商品を比較して、よりユーザーにあった商品やプランを提案できるようになるのではないか」と伊藤氏はいう。

「一方、新仲介業はリスク性の高い商品や高額な商品は扱えません。たとえば証券なら、自分の資金を担保により大きな資金を運用する『信用取引』や、流動性の低い『私募債』といった商品は扱えないのです」

保険も同様で、火災保険や1000万円を超える生命保険など、高額な保険は扱えない。少額短期保険が中心となっている。「1ライセンスで扱える分野が広くなった分、深さは浅くなったイメージです」という。“広く浅く”取り扱うのが、新仲介業の特徴だ。

自分の慣れ親しんだアプリで「投資の一歩目」を踏み出せる可能性

新仲介業の概要がわかったところで、気になるのはこの制度がもたらすメリットだ。一般消費者にとって、新仲介業はどんな利点を生むのだろうか。

「代表的なメリットとして考えられるのは、ユーザーがよく使うアプリやブランド、それも非金融事業者のアプリに、金融サービスが付加される可能性が増えることです。より気軽に、自分が使うアプリから投資や保険の申し込みができるようになるでしょう」

イメージしやすい例として、LINEやPayPayといったアプリを見ると、保険や証券などの金融サービスが組み込まれている。LINEのアプリには「LINE証券」や「LINEほけん」があり、 PayPayもアプリ内から「PayPayほけん」に加入できる取り組みを2021年12月にスタートした。

あくまでこの2社については、今回の新仲介業を使ったわけではない。従来通り、各業種でライセンスを取得したのだが、新仲介業によってライセンスが取りやすくなったことで、今後こういった異業種のサービスに金融機能が組み込まれるケースが増えると思われる。

「LINEやPayPayのような大企業運営のサービスは、資金もリソースも大きく、業種ごとのライセンスを取る体力があります。しかし、もっと規模の小さな企業は、3つのライセンスを取るのが難しかった。それがこの新仲介業によって異業種参入しやすくなるでしょう」

仮に異業種の参入が進んだ場合、どんな世界が実現するのだろうか。たとえば投資を始めたい人にとって、ゼロから証券会社のサービスに登録したり、口座を開設したりするのはハードルが高い。だが、異業種参入が進めば、自分が慣れ親しんだアプリに投資サービスが加わり、一歩目を踏み出せるかもしれない。それは大きなメリットだろう。

そもそも今回の新仲介業は、こういった流れを想定して検討されたものだったという。非金融サービスに金融サービスを組み込むケース、あるいは1つのアプリにさまざまな機能を取り入れた「スーパーアプリ」を見据えた制度といえる。

組込型金融がさらに広がれば、投資初心者にとってプラスの環境に

非金融サービスに金融サービスを組み込むー。このような仕組みは「組込型金融(Embedded Finance)」と呼ばれ、近年、世界的な潮流になっている。

「これまでの金融サービスは、それ単体で作られることが多かったと思います。対して組込型金融は、金融サービスの基幹システムや中枢部分を作る企業と、その商品を消費者に届ける企業が別々に存在するのが特徴。たとえばA社が作った基幹システムを、B社のアプリや既存サービスに組み込む。システムをサービス内に“置いてくる”イメージです」

組込型金融が増えると、金融の枠を超えた多種多様なサービスに銀行や証券、保険の機能が付加される。先述したLINE やPayPayのほか、世界的にもさまざまな事例が出ているようだ。

「わかりやすいところでは、旅行やライブチケットのオンライン予約サービスを展開する企業が、同じサービス内でキャンセル保険に加入できる仕組みを設けるといった例があります。実際、交通事情の複雑なインドでは、映画館の予約画面でキャンセル保険を購入できる仕組みをPaytm社が構築。チケット購入が拡大したといいます」

投資においても組込型金融の事例は増えている。アメリカのモバイル決済アプリ「Cash App」は、アプリ内にビットコインや株、ETF(上場投資信託)を取引できる機能を追加した。

また別のアプリでは、あるブランドの商品を購入すると、そのリワードとして株をプレゼントする機能なども出ているという。こういったケースが増えることで「消費者に近いブランド、それも非金融事業者が金融の担い手になり、金融サービスが日常に溶け込んでいきます」という。

さらに伊藤氏は、今回の新仲介業によって組込型金融が広がることで、「投資初心者向けのサービスが長く存続しやすくなるのではないか」という。これも見逃せないメリットのようだ。

「近年、1株から株を購入できたり少額で投資できたりする初心者向きの投資サービスが増えてきましたが、実はそのサービス単体で利益を出すのは難しい面もありました。証券ビジネスは、基本的にユーザーの取引額が大きいほど、利益が上がりやすいからです。だとすると、一人一人の取り扱う金額が少ない少額投資サービスは、ビジネスモデルの難易度が高かったのです」

しかし、組込型金融になると、アプリに付随される投資サービスはあくまで“サブ機能”になる。それそのもので大きく利益を生み出さなくても、この機能によってアプリの付加価値や顧客体験の向上が起きれば、企業としては大きな意味を持つ。それは、初心者が使いたい少額投資サービスが長く続くことにつながる。

「先ほどアメリカの決済アプリに投資機能が組み込まれた事例を紹介しましたが、これも利益以外の効果があります。というのも、株を保有したユーザーは、その値動きが気になるためアプリを頻繁に開いて株価を確認するようになります。結果、ユーザーとアプリの接触回数が増え、距離が縮まるという付加価値が生まれるのです」

この付加価値こそが目的であるため、たとえ投資機能単体で大きく利益が出なくても、その機能はアプリ内に残っていく。しかも、非金融サービスに投資機能を組み込む場合、多くは初心者向けのものになることが多い。だとすると、組込型金融が加速することで、投資初心者にとってうれしい環境が持続されやすいといえる。

これらが、投資をこれから始める人や投資初心者にとって「新仲介業がメリットをもたらす」と考える理由だ。新仲介業によって組込型金融が加速し、投資をはじめとした金融サービスがより身近になることを期待したい。

(取材・文/有井太郎 撮影/森カズシゲ)

※記事の内容は2022年1月現在の情報です

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