多様な事業それぞれに合わせたDXが奏功
大企業が全社でDXを進めるには。ベネッセのDX戦略が示すひとつのヒント
市場に起きている潮流を深掘りする連載「マネ部的トレンドワード」。DX編の本記事では、ベネッセホールディングス(以下、ベネッセ)のDXを取り上げる。
ここ数年、ベネッセでは積極的なDXを推進してきた。とはいえ、同社は事業が多角的であり、全社一律にDXを進めるのは簡単ではない。そこでベネッセは、独自のやり方でDXを推進。それぞれの事業で着実にデジタル活用を進めたという。経済産業省と東京証券取引所が選定するDX銘柄2021にも選ばれている。
一体どんな戦略でDXを行い、どんな成果が出ているのか。ベネッセホールディングス グループDX戦略本部 DXコンサルティング室室長の水上宙士氏に聞いた。
「ひとつの方法論でDXを全社一律に進めるのは難しい」
出産・育児から高齢者の介護に至るまで、いまやベネッセの事業は「人の一生すべてに関わる」と言っていいほど幅広い。妊娠・出産・育児を対象にした情報誌「たまごクラブ」「ひよこクラブ」、幼児向けの通信教育「こどもちゃれんじ」、小学生から高校生向けの「進研ゼミ」、社会人向けの「Udemy」、高齢者向けの介護施設運営など、幅広く事業を展開している。
これほど事業が幅広いからこそ、全社でDXを進めることは簡単ではなかったと水上氏はいう。なぜ簡単ではないのか。そこには2つの理由があった。
「1つ目の理由は、事業が多角的なために、事業ごとに行うべきDXの中身がまったく異なること。そして2つ目の理由は、事業によって、それまでにどれだけデジタルを活用してきたかがまったく違ったことです。そのため、トップダウン的にひとつの方法論でDXを全社一律に進めるのは難しいと考えました」
そこでベネッセは、独自の戦略でDXを進めた。具体的には、全社に散らばっていた高度なデジタル人材をいったん集約。DXの専門組織を構築した。そして、そのデジタル人材を各事業に派遣し、現場の社員と一緒に事業ごとDXを進める体制をとった。
「派遣されたデジタル人材が、現場の社員から事業の現状やデジタル化の進捗度合いを聞きながらDXのコンサルティングをしていきます。事業を深く理解している現場の社員とデジタル人材が組み合わさることで、各事業の内容やフェイズに合わせたDXが可能になりました」
また、派遣されたデジタル人材同士もDXコンサルティング室に所属することで横串でつながっているため、他事業の情報やデジタル化のノウハウを共有できるという。
この体制を取り始めたのは2020年。当初、6つほどのプロジェクトにデジタル人材が派遣されていたが、現在は20以上に拡大。ベネッセの幅広い事業領域でDXが行われている。
AIが「もっとも効率よく得点を上げられる学習内容」を提案する
ベネッセの商品サービスは、DXによりどのような進化がなされているのだろうか。まず紹介したいのが「進研ゼミ 中学講座」におけるAI搭載のタブレット学習だ。
2021年夏にリリースした中1・中2生向けの「AI Navi」という機能では、その日の勉強時間や成績や取組結果に合わせて、もっとも効率よく勉強するための学習計画とコンテンツをAIが提案する。これらは、それまでの学習履歴から子どもの習熟度を判別し、最適な学習法をAIが考える仕組みだ。
「通信教育でお子さまの勉強が続く秘訣のひとつは、プランを立てて行うことです。その部分をAIなどのテクノロジーでサポートする形を作りました。また、問題を解くとすぐに回答結果やお子さまの習熟度を示す『習熟スコア』が出るのもメリット。学習成果が見えるまでの時間を短くして、お子さまのモチベーションを細かく上げるのもデジタル化の効果です」
進研ゼミといえば、テストの回答を添削指導してくれる「赤ペン先生」がおなじみだが、以前は、テストの回答送付から添削指導して子どものもとに戻ってくるまで約2週間ほどかかっていた。これもタブレットで行うことにより、いまでは約3日で返ってくるとのこと。
「ただし、進研ゼミ小学講座では、タブレットになっても赤ペン先生のコメントは“手書き”にしています。手書きであることがお子さまのモチベーションになっているためです。すべてをデジタル化するのではなく、お子さまの学習意欲につながるベストの方法を選んでいます」
介護事業でも、現場スタッフの知見とデジタルを融合
次に紹介するのは、介護事業におけるDXだ。ベネッセは高齢者向けホームなどを運営しているが、日々の介護記録の多くが手書きで行われていたという。そこで開発したのが「サービスナビゲーションシステム(以下、サーナビ)」だ。
「入居者の情報や日々の介護記録をデジタル化し、複数のデバイスで確認できるようにしました。さらに、システムに蓄積されたデータを分析し、日々の記録から施設の運営に影響するようなリスクをいち早く察知して、未然に防ぐ仕組みも開発しています」
たとえば、コロナウイルスやノロウイルスといった感染症が施設内で流行するのは、運営上の大きなリスク。そこで、サーナビに蓄積される記録や、入居者についてのスタッフ報告を常時テキスト分析し、感染症のリスクにつながる「ワード」が見つかればアラートを出すといった仕組みを構築しているという。
他企業への出資に、大規模な社内アセスメント。DXを加速させる大胆な取り組み
社会人向けの教育では、DXによる新規事業が行われている。たとえばベネッセは、オンライン動画学習サービス「Udemy Business」を展開。同社がUdemy社に出資する形でこの事業がスタートした。
「ベネッセのグループ内だけでDXを行うのではなく、他企業への出資も並行しながら、DXの加速や新規事業の創出を目指します。そのために、ファンド機能を持つDigital Innovation Fundも設立。50億円の投資枠を持ち、DX関連ベンチャー企業などに出資します」
グループ外の企業とも積極的につながっていくのが、ベネッセの描くDXの未来図だ。なお、グループ内の社員育成についても、ベネッセでは特徴的な取り組みをしている。
ベネッセ全社員を対象にDXのアセスメントを実施
「社員一人ひとりのDX基礎知識の理解度を把握するために、全社員を対象にしたリテラシーチェックテストや、専門力を測定するための外部アセスメントを実施しました。加えて、ベネッセのDXに必要な6つの職種とレベル別のスキルも定義しており、各職種に従事する社員のスキルレベルを明らかにし、社内システムで一元管理しています」
これほど大きな企業で“全社員”を対象にアセスメントを行うのは、相当な苦労だっただろう。この取り組みからも、ベネッセのDXに対する本気度が伝わってくる。
また、ベネッセが事業として展開するUdemy Businessは、ベネッセ社員の“DX教材”としても活用。福利厚生の一環として社員が利用ができ、全体の93%が何かしらのクラスを受講しているという。一人ひとりの学習意欲も高いことがわかる。
企業規模が大きくなるほど、あるいは事業が多角的になるほど、企業がDXを進める難易度は高くなるもの。ベネッセが進めるDXの方法論は、きっと多くの企業の参考になるだろう。
(取材・文/有井太郎 撮影/森カズシゲ)
※記事の内容は2021年12月現在の情報です