子ども向けマネー本「お金にふりまわされず生きようぜ!」著者が語る!
親から子どもに伝えていくべきは「お金の失敗談」
近年、子どもに対する金融教育は重要な課題とされ、学校でも扱われるようになってきている。家庭でもお金の使い方について教えることは大事だが、子どもにどのようにお金のことを伝えればいいかわからない、という人もいるだろう。
そんなママやパパの助けになる書籍が、2021年末に出版された子ども向けのマネー本『お金にふりまわされず生きようぜ!レストランたてなおし大作戦』。
この本の作者は、ベストセラー『会計の世界史』の著書で、自身も3人の子の親である公認会計士の田中靖浩さん。子ども向けの書籍の執筆に至った経緯や狙い、子どもにお金の話がしやすくなるヒントについて、田中さんに聞いた。
苦境に立たされた大人の姿こそ、子どもの学びになる
田中さんが子ども向けの本に携わるようになったきっかけは、2019年に出版された絵本『おかねをかせぐ!』『おかねをつかう!』。出版社から依頼を受け、2冊の絵本の翻訳を手掛けるなかで、ある思いが湧いてきたという。
「翻訳は、作者の意図を外してはいけないんですよね。でも、お金に関する物語を訳すうちに、自分ならこういう言葉で説明したい、こういう内容を伝えたいって思いが溜まっていったんです。いつか私も子ども向けのお金の本を書きたい、って感じましたね」
翻訳が終わったタイミングで、出版社から「今後は子ども向けのお金の本が必要とされるので、オリジナルの本を書いてもらえませんか?」という話を持ち掛けられ、田中さんはすぐに快諾。『お金にふりまわされず生きようぜ!』が誕生する。
「マネー本といっても実用書ではなく、苦境に立たされている洋食屋さんの息子(小学5年生)が主人公の物語です。自分なりのお金の本を書こうと思ったときに出てきたアイデアが、子どもでも読みやすい小説でした。物語を読んでいくなかで、ついでにお金の知識が身につくくらいのレベル感を狙いたかったんです」
書籍に組み込んだ知識は、お金とつきあううえでもっとも重要な本質的な部分にしぼったそう。本質的な部分とは、「お金を稼ぐ」「お金を使う」という循環。
「投資や保険、税金も金融教育においては大切な項目ですが、その前に『最低限の稼ぎを得て、賢く使う』ということが基本になると思うんです。社会のなかで生きるには、お金を稼がないといけませんから。そして、稼ぐための第一の方法は『働くこと』だと伝えたいという思いがありました」
書籍のなかには、将来の職業選択に関するエピソードが出てくる。「運動神経や美ぼうで勝負!(スポーツ選手、アイドルなど)」「センスやアイデアで勝負!(パティシエ、YouTuberなど)」「努力とまじめさで勝負!(会社員、公務員など)」という3つのグループに分けて紹介され、どの職業がいい悪いではなく、それぞれの特徴が解説されるのだ。
「職業を通じて、リスクとリターンの話をしたかったんです。公務員は安定的だけど、自由度は低い。一方、自営業は不安定だけど、大きなお金や幸せを手にできるチャンスがある。それぞれに魅力があるし、自分で選んでいいんだって、フラットに伝えたかったんです。会社員になって定年を迎えたとしても、“人生100年時代”の今は退職後も働かなければいけないかもしれない。そうなったら、フリーランスで働くという選択肢があっていいよねって、提案したかったんです」
主人公の父親は、洋食屋の店主。会社員ではなく個人事業主という設定にしたことにも、理由がある。
「今がコロナ禍であることも、意識しました。飲食店や旅行業界は大ピンチじゃないですか。それでも家庭を持って頑張っている大人に読んでもらいたい、エールを送りたいという思いがありました。この危機に耐える姿を見せることが、子どもにとってのお金や働き方の教育になり得ることを知ってほしかったんです」
子どもたちに伝えておきたい「貧困」「金銭トラブル」のこと
お金の本質を物語に落とし込み、書籍化した田中さん。公認会計士というお金の専門家の立場だからこそ、子どもたちに伝えていくべきことがあると話してくれた。
「今回の書籍にも盛り込んだのですが、貧困の問題です。投資や保険も大切である一方、そこに手が届かない家庭があることを、大人にも子どもにも知ってほしかった。そして、生活保護をはじめとする支援制度のために税金が使われていること、税金は助け合いのお金であることを伝えたかったんです。お金をきちんと分配すれば、みんなの生活水準が上がって、人口が増え、企業の売上も上がる。そういうことも曖昧にせず、きちんと子どもに伝えていくべきだと思っています」
子ども向けの書籍で貧困について触れることは、田中さんにとっても出版社にとってもチャレンジだった。しかし、そこに踏み切ったのは、別の理由もある。
「子どもたちに、『ツラいときは逃げていい』『ごはんが食べられないときは誰かに頼っていい』って、知っておいてほしかったんです。だから、マネー本では珍しく、子ども専用の相談窓口の電話番号なども掲載しました。それで救われる子がいるかもしれないから。私は、今後も貧困問題に関してできるサポートはしていきたいと考えています」
もう1つ、今の子どもたちに伝えていくべきお金の話は、インターネット上の金銭トラブル。起こり得る事件の内容を伝え、未然に防ぐことも大切だが、それ以上に大人が伝えた方がいいことがあるという。
「子どもに伝えてほしいのは、『トラブルに巻き込まれるな』ではなく、『トラブルに巻き込まれたら、相談してほしい』ということ。1人1台スマートフォンを持つ時代に、ネット上のトラブルを完全に防ぐことは困難です。それなら、子どもがトラブルに遭遇したときに相談できる相手であることが大切で、それが一番のセーフティネットになると思います」
田中さんの息子さんも、ネット上で知り合った人とのカードゲームの売買でトラブルになったことがあったそう。そのとき、息子さんはすぐに田中さんに相談したため、トラブルは大ごとにならずに済んだ。
「親として大事なのは、相談されたときに怒らないこと。ここで怒っちゃうと、子どもは二度と親に相談できませんから。あとは、私が普段からダメな部分を見せていたことで、子どもたちも相談しやすかったのかなって思います。親が先に自分自身をさらけ出しておけば、子どもも話しやすくなるんですよ」
最初のステップは「パートナーとのお金の話」
お金のことに関しても、子どもに失敗談を話すことが最初の一歩になりやすいとのこと。
「私は個人事業主なので、仕事の浮き沈みがあるんですよね。その状況は、子どもたちにも正直に話してきました。『今月は本を書くためにほかの仕事がなくなっちゃうから、大ピンチなんだよ』って。そういう話をしていくと、子どもたちも『じゃあ、今月は外食なしだね』って、お金と生活の関係がわかってくるんですよ。仕事に関しても波があるものなんだって、学んでいたように思います」
ただし、親子でお金の話をする前に、しておくべきことがあるという。それは、パートナーとのコミュニケーション。
「『お金にふりまわされず生きようぜ!』を執筆するにあたって、複数の家族にインタビューしたんですが、子どもにお金の話をすることについて意思統一が取れていない夫婦が意外に多かったんです。パートナーとの意見が一致していないと、家庭内でお金の話をしにくいですよね。だから、まずは夫婦でお金について話してほしいんです」
その際に大切なことは、いい格好をしようと思わないこと。「投資で成功した姿を見せよう」「お金について学んだ知識を披露しよう」と話し始めると、パートナーは説教されたように感じてうんざりしてしまうからだ。
「パートナーにもダメな姿を見せる方がいいんです。『今年はボーナスが減るかもしれないんだ』という会社の事情でもいいし、『保険に入った方がいいか考えてるんだけど、どう思う?』と相談するのもいいでしょう。そうすると、相手もお金について考えるきっかけになりますし、互いの価値観を知るステップにもなります。夫婦の間で自然とお金の話ができるようになったら、子どもにも話していけばいいんです」
田中さんの書籍を読んだ人からは、「この本が、親子でお金について話すきっかけになった」という意見も届いているそう。書籍を媒介の1つにしながら、パートナーや子どもに「教える」のではなく「一緒に考える」スタンスで話していくと、より良い関係が築きながら、家族でお金の知識を深めていけそうだ。
(有竹亮介/verb)
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田中靖浩
作家、公認会計士。早稲田大学商学部卒業後、外資系コンサルティング会社などを経て独立。会計・経営・マネー分野の執筆、講演から、落語家や講談師との共演まで、幅広く活躍中。著書に『会計の世界史 イタリア、イギリス、アメリカ――500年の物語』『名画で学ぶ経済の世界史 国境を越えた勇気と再生の物語』など多数。