「新市場区分」はマーケットを良くしていくための施策の1つ
2022年4月の市場再編がもたらす“日本市場への影響”とは…?
2022年4月4日、東京証券取引所の市場区分が「プライム市場」「スタンダード市場」「グロース市場」という3つに再編される。これまでの「市場第一部」「市場第二部」「マザーズ」「JASDAQ」から変わることで、日本の市場にはどのような影響が起こり得るだろうか。
「市場再編を契機にマーケットを良くしていくというより、良くなってきているマーケットに注目してもらうための変化だといえます」と話すマネックス証券プロダクト部長の山田真一郎さんに、日本の株式市場と新市場区分の関係について聞いた。
日本国内にも順調に成長している会社はある!
――「日本のマーケットが良くなってきている」とのことですが、どのような部分から感じられることでしょうか?
「近年は、アメリカ株への注目が非常に高まっていますし、それはアメリカの会社がしっかり成長しているからだといえます。でも、日本の会社も成長していないわけではありません。
アベノミクスから約10年が経ちましたが、10年前は1万円を切っていた日経平均株価が3万円近辺(※)まで伸びてきていますし、東証一部時価総額はこの10年で250兆円から700兆円を超えるところにきています。個別に見ると、時価総額が5~10倍になっている会社もあります。日経平均とアメリカの指数であるNYダウを比較すると、ここ10年は大きな差はない状況です。米国のIT企業の株価拡大は別世界といえますが、日本株の投資家もこの10年で見ると報われているのも事実です」
※取材日は2022年1月上旬
――日本株も着実に成長しているというわけですね。それなのに、あまり日本株に注目が集まらないのはなぜでしょうか?
「日本全体を見ている人が多いからかもしれません。日経平均とTOPIXを比較したNT倍率という指標があります。これは日本を代表する225社を対象とする日経平均を、2000社を超える東証一部全銘柄を対象とするTOPIXで割ったもので、日経平均がTOPIXより上がると数値も上がるのですが、ここ10年ほどはずっと上がっています。
NT倍率からわかることは、日本全体で見ると停滞しているように感じても、その一部には成長している会社があるということです」
――ちなみに、どのような業界や企業が成長傾向にあるのでしょう?
「かつての時価総額上位はメガバンクや通信系が占めていましたが、最近はかなり変わってきています。例えば、2014年に上場したリクルートホールディングスや、BtoBビジネスのため一般知名度が低いキーエンスなどは、時価総額上位に入っています。不動産業界に絞ると、2008年上場のヒューリックや2013年上場のオープンハウスグループといった会社が、時価総額で三菱地所などに続きベスト5に入っています。
老舗の大企業だけでなく、時代に即して面白い動きをしている会社がたくさんあることを、ぜひ知ってほしいです」
市場再編は日本市場を良くする過程の1つ
――日本市場が成長してきた背景には、アベノミクス以外の要因も考えられたりはしますか?
「この10年ほどで日本の会社はコーポレートガバナンス・コードを採用したり、ROE(自己資本利益率)を重視したり、株主を含めたステークホルダーを見た経営を行うことを重視するように変化してきました。“貯蓄から投資へ”を実現するためには、ステークホルダーのことを考えた運営が必要ですし、会社がそうなっていけるような制度が作られてきた背景があると思います」
――会社が資本を貯め込むのではなく、適切な分配を促す環境が整備されていったのですね。
「そうですね。日本の会社がしっかり成長し、投資家に分配できるように、マーケット全体で地道な努力をしてきた結果、良くなってきているのだと思います。その表れとして、業績やROEなどによるスコアリングで選定された400社を対象とする『JPX日経400』という指数が出てきたのだといえます。投資家にとって投資魅力のある会社をまとめた指数ですから。
また、今回の市場区分の再編も、良くなってきているマーケットをさらに活性化する流れの1つと考えられます」
――なぜ、今回の市場再編がマーケットを良くすることにつながると考えられるのでしょう?
「新市場区分のスタートに合わせて上場維持基準のハードルをこれまでよりやや高くすることで、上場会社の成長を促すというマーケットのあり方を、明確にしたといえます。
また、日本の会社は資本市場でどう見られるか、いままで以上に意識していくことになるでしょう。例えば、プライム市場にいる会社やプライム市場を志向する会社は、より高い流動性の確保とガバナンスの遂行が求められることになるため、マーケットがプラスの方向に動いていくことが期待されるのです」
――そう考えると、市場区分の再編は日本株に注目するきっかけにもなりそうですね。
「そうなるといいなと思います。市場区分が変わるからマーケットが良くなるのではなく、良くしていくための過程の1つと捉えて、日本株にも注目してみると、これから面白い発見があるのではないでしょうか」
“わかりやすい名称”がもたらす投資の可能性
――日本株に注目するきっかけになること以外に、新市場区分が個人投資家に与える影響はありそうですか?
「市場の名称が変わるので、わかりやすくなると思います。これまでの『市場第一部』『市場第二部』だと、どのような内容の市場かわかりづらいですよね。新興市場の『マザーズ』も、この単語だけ聞くと『母親が関係している市場なのかな?』と勘違いしてしまう人もいるかもしれません。
その点、新市場区分においては、『スタンダード市場』を標準的な市場として、そこから派生する形で高い流動性とガバナンスが求められる『プライム市場』、高い成長可能性を有する『グロース市場』と、投資に詳しくない人や外国人でも理解しやすくなります。近年は投資信託などで投資を始める人も増えていますが、市場の名称が変わることで金融商品も選びやすくなると考えられるでしょう。一方、『プライム市場』の銘柄数はさすがに多すぎというようにも思い、経過措置などのルールはもう少し厳格でも良かったのかなと思います」
――確かに、日本のマーケットや投資に馴染みが薄い人ほど、新しい市場区分は理解しやすいかもしれませんね。
「わかりやすいと、投資への興味も高まりそうですよね。経済行為が行われるほど、経済は成長していきます。投資をしたい人・する人が増えて、投資を受けた会社がいろいろな商品やサービスを開発・提供し、その消費が進めば、投資家への還元も増える。このようなプラスの循環が生まれることが理想です。
日本のマーケットは課題も少なくないのですが、いい方向に進んでいるといえますし、日本の投資家が日本株で利益を得ることができ、互いに信頼し合えるような環境が形成されていくことが望まれますね」
――おっしゃる通りで、「投資をしたい」「消費をしたい」という気持ちが湧くようなマーケットが健全な姿ですよね。ちなみに、今回の市場区分の見直しで、証券会社にとっての影響などはありますか?
「当社の場合は、ホームページの銘柄検索のページなどの見せ方や発注のシステムなどの変更が必要になるので、一定のコストがかかるという事実はあります。ただ、これは当社を含む証券会社だけでなく、新聞社をはじめとしたメディアや東京証券取引所もコストをかけて進めていることだと思います。
社会全体で大きくコストをかけている変化でもあるので、世の中にとっていい方向に動くきっかけになってくれたらいいなと期待していますね。そのためには、今回の市場再編の本意を実現するため、今後の上場会社や取引所、そして証券会社の姿勢も重要だと思います」
日本のマーケットがプラスの方向に進んでいるなかで、さらに良くしていくために行われる市場区分の見直し。名称がわかりやすくなり、経済も活性化するのであれば、いち投資家としても重要な変化だといえる。改めて日本株をチェックするタイミングといえそうだ。
(取材・文/有竹亮介(verb) 撮影/鈴木真弓)
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山田真一郎
マネックス証券執行役員 兼 プロダクト部長 兼サステナブルファイナンス部長。マネックス証券の証券業務部、商品サービス部、営業本部などを経て、香港マネックスBOOM証券マーケティング部に赴任。その後、マネックス証券で米国株取引サービスやアルゴリズム取引サービス開発、「トレードステーション」の開発・営業を経験する。