コロナ禍に誕生した企画の数々を振り返る
マイクロツーリズムは希望となるか。星野リゾートが示すこの時代の観光
市場の動向や潮流を追いかける連載「マネ部的トレンドワード」。この連載では、コロナ禍に起きた業界の変化に注目してきた。今回取り上げるのは観光業だ。
観光業といえば、コロナ禍で大きな打撃を受けた業界のひとつ。だがその中で、この状況にめげず存在感を放ってきたのが星野リゾートだ。全国に点在する各施設で、コロナに順応したアイデアや企画を次々に打ってきた。また、早くから「マイクロツーリズム」を提唱し、近距離の観光をコロナ禍における旅行コンテンツの柱に据えた。
そんな星野リゾートの取り組みを振り返ることは、先行き不透明なこの時代の観光業を考える上でヒントになるかもしれない。ということで、今回は星野リゾートが経営する「OMO5東京大塚 by星野リゾート」を取材。同ホテルがこの期間に打ち出したさまざまな企画や、マイクロツーリズムの取り組みを紹介したい。
コロナに苦しむ中、発想の転換で生まれた「部屋で街を楽しめるプラン」
星野リゾートの「OMO(おも)」は“都市観光ホテル”を標榜するブランド。街と連携し、その都市の観光を楽しめるホテルをコンセプトにしている。2018年5月にオープンしたOMO5(おもふぁいぶ)東京大塚もそのひとつ。
コロナ禍以降、ここも多くのホテルと同様、厳しい状況になったという。総支配人を務める渡邉萌美氏はこう振り返る。
「OMO5東京大塚の稼働率は、コロナ禍に入って非常に苦戦しました。都市部にあるため、お客さまの多くが遠方からの旅行者やインバウンドでしたから。2021年春には2カ月の休業も経験しています。ただ、その中で考えを切り替え、外出しなくても客室で楽しめるプランや、東京近郊の方が来ても楽しんでいただける企画を考えてきました」
具体的にどんな企画が生まれたのだろう。まずはそれらをいくつか紹介したい。
数ある企画の中で特に好評なのが、地元・大塚の人気グルメを客室に届ける「Go-KINJO出前レンジャー」だ。
もともとOMOでは、ホテルスタッフがガイド役となって近隣の街を案内する「ご近所ガイド OMOレンジャー」というサービスを行っていた。コロナ禍に入り、外食に抵抗を持つ人が増える中で、そのOMOレンジャーが選んだお店の料理を届けるサービスを開始。街を知り尽くしたスタッフがオススメする“大塚の味”を、客室にいながら堪能できる。
「スタッフは街ガイドを行ったり、日々お店を訪れたりする中で、大塚の情報をためています。それをもとに、スタッフがメニューを考案してお届けするサービスを考えました」(渡邉氏)
同じく“部屋にいながら大塚を味わえるプラン”として好評だったのが「カップ酒満喫ステイプラン(2021年12月~2022年2月)」。客室に30種のカップ酒が用意され、宿泊者は一晩中堪能できる。
「大塚は、日本酒の名店が多いことから“日本酒の聖地”といわれます。コロナ禍で日本酒の出荷量が減っていることもあり、少しでも力になれればと誕生しました」(渡邉氏)
そのほか、遠出が難しい昨今、都内で温泉旅行気分を味わえるプランとして、大正時代から創業している銭湯「大塚記念湯」とコラボした「下町大塚のんびり銭湯プラン」なども登場。これも人気が高く販売期間を延長した。
もともとOMOは、街をひとつのホテルに見立てて、街全体で1日の滞在を楽しむ観光を提案してきた。この銭湯プランはその好例。ホテルで寝泊まりし、地元の銭湯へ行く。その後、湯上がりの1杯が飲みたければ近場のビールバーへ、食事をしたければ大塚のおいしいお店ヘと、街全体を使って過ごす。そういった1日の過ごし方を、ホテルのプランとして用意しているのだ。
マイクロツーリズムに必要な「深い体験」を生み出す工夫とは
コロナの影響が大きく出始めた頃、星野リゾートがいち早く打ち出したのが「マイクロツーリズム」だ。従来、旅といえば遠方に行くイメージだったが、感染拡大を避けながら旅を楽しむ方法として、近距離の観光を提唱した。
具体的には、自宅から1~2時間で観光できる場所を「マイクロツーリズム商圏」と定め、近隣観光のプランや楽しみ方を発信してきた。ここ大塚も、これまでとは商圏をガラッと変え、近場の人、つまりは関東近郊に住む人が楽しめるよう工夫した。実際、ホテルを訪れる人の約9割が一都三県の在住者だった時期もあるという。
近距離の観光となると、いかに“深い”情報や体験を提供できるかがポイントになる。近い場所ほど旅行者がすでに知っていることは多く、よりディープな要素を求めるからだ。
その意味で、OMO5東京大塚はもともと深さに注力してきた。たとえば、ホテル入口には近隣のお店やスポットを紹介するご近所マップがある。
なかでもデジタルサイネージの「デジタルご近所マップ」には、ガイドブックに載らないような情報が多数。たとえばお店情報を見ると「ちょっと早口なお母さん」や「マッチョなお兄さん」など、店員さんの人柄までわかる。
さらに、街を深く知るのにぴったりなサービスが「ご近所ガイド OMOレンジャー」だ。先述したとおり、ホテルスタッフがそれぞれのカラーを身にまとった“OMOレンジャー”となって、大塚の街をガイドする。
今回、OMOグリーンの栗原幸英さんの案内でガイドを体験してみた。スタート直後から、大塚を走る路面電車(都電荒川線)の詳細や、かつてここには花街があり古くから続く老舗が多いといった、意外と知らない情報を教えてくれる。
そのほか、近くの神社(大塚天祖神社)には樹齢600年を超えるイチョウの木が2本あり、それぞれ雄木と雌木であることから「夫婦イチョウ(めおといちょう)」と呼ばれているとのこと。縁結びの象徴として地域に親しまれているようだ。
街の知識だけでなく、大塚のグルメについても深い発見ができる。先ほどの出前サービスのほか「大塚のお店を訪れる中で、スタッフがおいしいと思ったものをホテル内のOMOカフェでご提供しています」と栗原さん。
過去にはこんなこともあった。大塚にある老舗和菓子店「千成もなか本舗」と、人気果物屋「フルーツすぎ」がコラボ。オリジナルスイーツをOMOカフェで提供した。
また、昭和30年創業のお茶屋「マルキク矢島園」では、紅茶のアールグレイの香りに使われる柑橘類ベルガモットを緑茶に香りづけた「緑茶 de アールグレイ」を開発。ホテルスタッフがその味を気に入り、OMO5東京大塚でも提供を開始した。これをきっかけにテレビで紹介され、いまや人気商品になっているという。
今回のガイド中、マルキク矢島園も訪れたが、店主の矢嶋さんは「こんな小さなお茶屋を星野リゾートが取り上げてくれてうれしい」と笑顔で話す。
知っているようで知らなかった街の魅力。歩けば歩くほど出てくる興味深い情報。実際に会ってわかる人の面白さ。これこそが、マイクロツーリズムで大切な“深さ”かもしれない。そしてそれは、遠出が難しいこの時代、人々を楽しませる観光になっている。
星野リゾートが示した、コロナ禍での観光業のあり方。以前と形は変わっても、工夫次第でさまざまな旅の楽しみ方があると感じる取材だった。それにしても、なぜ星野リゾートはこの状況で多様なアイデアを出せるのだろうか。その発想力の源泉については、別の記事で深掘りする。
(取材・文/有井太郎 撮影/森カズシゲ)
※記事の内容は2022年2月現在の情報です