ヒントはスタッフの働き方にある
なぜ星野リゾートはコロナ禍に続々とアイデアを出せるのか。その発想力の裏側
コロナ禍で観光業が苦境になる中、星野リゾートではさまざまな企画やプランを打ってきた。その中には、コロナ禍を逆手にとるようなアイデアも多かった。
ここで気になるのが、なぜ星野リゾートは次々にアイデアを生み出せるのかということ。この状況下でも、柔軟に新しい楽しみ方を思いつく秘訣はどこにあるのか。
そこで訪れたのが、星野リゾートの運営する「OMO5東京大塚 by 星野リゾート」。このホテルがコロナ禍に打った企画は別記事で紹介したとおりだが、多くのアイデアを出せる理由はどこにあるのか、その裏側を聞いてみたい。
市場に起きている新しい動きを深掘りする連載「マネ部的トレンドワード」。コロナ禍の変化を特集する今回は、OMO5(おもふぁいぶ)東京大塚を例に、星野リゾートの発想力の源泉に迫りたい。
スタッフが次々にアイデアを出せる理由。その象徴が「都電ルーム」
コロナ禍にさまざまな企画を生んできた星野リゾート。そもそも、こういったアイデアは誰が考えているのだろうか。OMO5東京大塚の総支配人・渡邉萌美氏に聞くと、こんな答えが返って来た。
「星野リゾートでは、基本的に各施設の現地スタッフが企画を考えています。年4回、季節ごとに新企画を出すのが星野リゾートの通例で、たとえばOMO5東京大塚なら、現地スタッフが日々の接客や街ガイドをする中でニーズを探り、次の企画のアイデアを出しています」
企画部門やマーケティング部門の主導で企画を練るのではなく、現地スタッフが企画を出すのは興味深い。だとすると、なおさらその発想力の源泉が気になる。なぜスタッフがそこまでいろいろなアイデアを出せるのか。
「ひとつ関係しているのは、星野リゾートのスタッフの“働き方”ではないでしょうか。というのも、スタッフはフロントや清掃といった業務のどれかひとつを専任せず、全員がすべての業務をマルチタスクで行います。OMOでいえば、日中に清掃をしていたスタッフが、夕方には街案内のガイドを務めることも。すべての業務を行うからこそ、いろいろな場面でお客さまの反応やニーズが分かり、アイデアにつなげられるのだと思います」
スタッフが幅広い業務をこなす中で、次のニーズをつかんでいくーー。実はそんな特色によって生まれた「コロナ禍で人気の一室」があるという。OMO5東京大塚の「都電ルーム」だ。
「大塚には、東京では珍しい路面電車の都電荒川線が走っており、このホテルはその線路に隣接しています。都電ルームは、部屋の窓から都電の走る姿を間近に眺められるロケーション。そこでソファやクッション、つり革など、部屋を“都電一色”にしています」
都電ルームはいま、遠出の機会が少ない子どもが楽しめる部屋として人気を集めている。しかしなぜ、この部屋の誕生が「スタッフの働き方」と関係するのだろう。
まず、OMO5東京大塚ではコロナ前から都電を題材にした企画を作ってきたが、そのもとになったのは、スタッフが街のガイドを行う中で、思いのほか「都電に興味を持っていただくお客さまが多かったこと」だという。
さらに、都電ルームは2018年に期間限定で一度作られたが、コロナ禍で復活させたところ大好評。こちらも、スタッフが働く中で手応えをつかんだという。たとえば宿泊する家族を部屋に案内すると、都電を見ようと窓から離れない子どもが多かった。あるいは、客室清掃に来たスタッフが、窓にたくさん付いた子どもの手の跡を見て、その引きの強さを感じたこともある。
「そういったお客さまの反応をもとに、2021年9月から都電ルームをリニューアル。現在のように、都電一色の客室へとバージョンアップしたのです」
利用者の細かな反応をスタッフが幅広い業務から実感し、アイデアにつなげていく。だからこそ、いまのニーズを捉える企画が次々に生まれるのかもしれない。
先の見えないコロナ禍。観光業がやるべきことは「波に乗る」
ちなみに渡邉氏はここに来る前、星野リゾートが運営する栃木の「界」に勤めていた。そこでもスタッフはすべての業務を行う形。さまざまな仕事をこなす中で、特に顧客ニーズをつかむ機会になったのが夕食提供だという。「お客さまと接する時間が長いので、そこでの反応やお客さまとの会話を次のアイデアに生かしました」と振り返る。
「そのほか、契約社員を含め、スタッフは顧客満足度の細かなデータを日々見ています。こういった習慣により、企画力やマーケティング思考が自然と鍛えられているのかもしれません」
もちろん、星野リゾート全体のマーケティング部門や広報部門とも密に連携し、最新のトレンドや他施設の取り組みも情報共有している。さらに組織はフラットで、スタッフの出したアイデアが本部に行き採用されるまでのスピードも早いという。
最後に、今後もコロナ感染者の増減は続き、観光業は見通しを立てにくい状況が続くと思われるが、その中でどんな運営をしていくのか、渡邉氏に聞いてみた。
「これからもコロナの拡大と収束が波のように繰り返されるとすると、代表の星野佳路がいうように、うまくその波に乗ることが重要だと思います。いまのコロナの波に合わせて、お客さまが望む企画やプランを臨機応変に行う。もちろん安全を担保しつつです。そういった機動力を大切にしたいと思います」
そのときの波に合わせて、人々が望むことを臨機応変に行う。そのためには、現地スタッフが顧客のニーズをつぶさに知り、スピーディに具体化することが重要。星野リゾートはそれができているからこそ、コロナ禍に多様なアイデアを生み出しているのだろう。
(取材・文/有井太郎 撮影/森カズシゲ)
※記事の内容は2022年2月現在の情報です