「遺族年金」という大きな支えあり!
ライフスタイル別に「老後資金」を算出してみた ~離死別編~
万が一、定年を迎える前に夫が先立ってしまった場合、妻が1人で生活していくことは難しいのではないだろうか。そんな不安に対して、ファイナンシャルプランナーの大沼恵美子さんは、「夫が会社員であれば、あまり心配しなくてもいい」と話す。
死別の場合の老後資金を算出しながら、大沼さんに心配がいらない理由を聞いた。
妻に支給される「遺族厚生年金」&「中高齢寡婦加算」
ここでは、以下の条件で老後資金を算出してみよう。
●夫婦ともに40歳の時点で夫が亡くなる
●夫婦ともに会社員
●夫の年収は500万円、妻の年収は300万円
「老後資金を算出する前に、遺族年金について説明しましょう。子ども(※)がいない夫婦の場合、会社員の夫の死後、妻は遺族厚生年金を受け取ることができます。夫の年収が500万円とすると、遺族厚生年金の見込み支給額は年額50万円前後となります」
※「18歳になった年度の3月31日までの子ども」または「20歳未満で障害等級1級または2級の障害の状態にある子ども」を指す。
さらに、夫が死亡したときに妻が40歳以上65歳未満で、生計を同じくする子どもがいない場合、「中高齢寡婦加算」というものがプラスされる。
「今回のケースは妻が40歳なので、64歳までの25年間、遺族厚生年金に加えて中高齢寡婦加算も支給されます。中高齢寡婦加算は年額58万5700円なので、合計すると1年間の支給額は100万円以上。妻自身が働いた収入だけで生活費をまかなうことができれば、25年間で2500万円以上を貯蓄できることになります。そのため、あまり心配しなくていいのです」
また、子どもがいる場合、前述した※の条件を満たす間は中高齢寡婦加算ではなく遺族基礎年金が支給される。※の条件を満たさなくなると遺族基礎年金から中高齢寡婦加算に切り替わる。
●子のある配偶者が受け取る場合の遺族年金の年金額
78万900円+子の加算額
1人目および2人目の子の加算額 各22万4700円
3人目以降の子の加算額 各7万4900円
「子どもの養育費と教育費は、想像している以上にかかります。子どもが2人の場合、中学校までの費用は、遺族年金に加え母子家庭に対するさまざまな公的扶助(手当)で十分にカバーできる可能性が高いですが、高校以上になると年収300万円でも厳しくなる可能性が高いと思われます」
夫を亡くした妻に対して、これだけ手厚い保障があるのは、理由があるという。
「パートナーを失うという大きなショックを受けることで、家事も仕事もままならなくなるかもしれません。また、収入が低かったり専業主婦だったりした場合に40歳を超えた女性が収入を増やすことは困難なので、遺族年金でカバーできるようになっているのです」
その観点から、夫が死亡した時点で妻が「年収850万円以上」または「所得が655万5000円以上」の状態にある場合、遺族年金は支給されない。また、再婚した場合は、事実婚であっても遺族年金はストップする。ただし、親が再婚しても子どもは遺族厚生年金を受給でき、状況によっては遺族基礎年金も受給できる。
「65歳女性の平均余命」は約25年
では、老後はどうだろうか。老後は子どもが成人している場合が多いと考えられるため、今回は子どものいないケースで考える。老齢厚生年金と中高齢寡婦加算があれば、既に老後資金は準備できたように感じるが、老後にかかる生活費も確認していこう。
「老後資金を計算するためには、“ある年齢の人があと何年生きることができるか”を算出した『平均余命』が必要になります。0歳の平均余命だと、定年を迎える前に亡くなった方も含めた数値となってしまうため、ここでは年金受給開始年齢の65歳を基準とし、65歳の平均余命(現在65歳の人が以後生きる年数の平均)を使いましょう」(大沼さん・以下同)
●65歳の平均余命(厚生労働省「令和2年簡易生命表」より)
女性 24.91年(推定される寿命は90歳)
「平均余命はあくまで平均なので、半数の人が亡くなり、半数の人はそれ以上生きるタイミングといえます。仮に4分の3の人が亡くなるタイミングを計算すると、平均余命の6年先になるといわれているので、女性は96歳まで生きる可能性も考えましょう」
老後の生活費は総額4000万円以上
余命がわかったら、具体的な生活費を算出していこう。
「総務省が発表している『家計調査年報(家計収支編)2020年(令和2年)』によると、65歳以上の単身無職世帯のひと月の支出は14万4687円です。この数字は、食費や住居費、交際費などの消費支出と、直接税や社会保険税などの非消費支出を合計した額です」
●65歳の平均余命まで生きた場合にかかる生活費
◆妻(90歳まで)
14万4687円×12カ月×25年=4340万6100円
●現在65歳の4分の3が亡くなるタイミングまで生きた場合にかかる生活費
◆妻(96歳まで)
14万4687円×12カ月×31年=5382万3564円
「この数字は、さまざまな生活レベルの人たちの平均から算出した生活費で、一般的な生活を続けた場合の金額です。老後は旅行に行きたい、高齢者施設に入りたいと思うのであれば、2000万円程度プラスになると考えましょう」
「年金+退職金」で老後はゆとりある生活に
ある程度の老後資金の総額が見えてきたが、さすがに40歳から64歳の間に受給した遺族年金だけではカバーできない。どうすればいいだろうか。
「65歳以降は中高齢寡婦加算が支給されなくなりますが、妻自身の年金が受け取れるようになります。夫の遺族厚生年金と、自分自身の老齢厚生年金のどちらかを選ぶことになりますが、定年まで会社員を続けた場合、遺族厚生年金よりも自身の老齢厚生年金の方が高くなるケースが多いので、今回は遺族厚生年金ではなく老齢厚生年金を受給する形で考えましょう」
厚生労働省の「令和2年度 厚生年金保険・国民年金事業の概況」によると、老齢基礎年金と老齢厚生年金を合わせた女性の平均年金月額は10万9205円。日本年金機構の発表では、令和2年の老齢基礎年金の月額は6万5141円だから、女性の老齢厚生年金の月額は4万4064円となる。遺族厚生年金が年額50万円(月額4万1000円程度)とすると、老齢厚生年金の方が多い。
●65歳の平均余命まで生きた場合
◆妻(90歳まで)
年金収入合計 (10万9205円×12カ月×25年)+65歳まで貯蓄した遺族年金2500万円=5776万1500円
年金収入5776万1500円-生活費4340万6100円=1435万5400円
●現在65歳の4分の3が亡くなるタイミングまで生きた場合
◆妻(96歳まで)
年金収入合計 (10万9205円×12カ月×31年)+65歳まで貯蓄した遺族年金2500万円=6562万4260円
年金収入6562万4260円-生活費5382万3564円=1180万696円
「自分自身の年金と遺族年金を合わせると、生活費を大幅に上回ることがわかります。先ほど『旅行や高齢者施設への入居を考えるなら2000万円はプラスされる』と話しましたが、少なくとも1000万円程度は余裕資金があるので、残り1000万円くらいを備えることができれば、まったく問題ないといえます」
定年まで会社員を続けているとしたら、退職金が出ることも想定されるだろう。
●大企業の平均退職金額(男性)(厚生労働省「令和元年賃金事情等総合調査」より)
大学卒・満期勤続の場合 2289万5000円
高校卒・満期勤続の場合 1858万9000円
●中小企業の平均退職金額(東京都産業労働局「中小企業の賃金・退職金事情(令和2年版)」より)
大学卒・満期勤続の場合 1118万9000円
高校卒・満期勤続の場合 1031万4000円
「大企業の平均額は男性だけの数値なので、女性の退職金は300万~500万円程度低くなるケースが多いでしょう。それでも65歳までに貯めておいた遺族年金によって既にゆとりがあるので、さらなる余裕資金ができると考えていいでしょう。ちなみに、専業主婦だった場合は定年までの給料がないので、遺族年金を生活費に充てることになり、退職金もありません。老後は自身の老齢基礎年金に遺族厚生年金がプラスされますが、老後資金はマイナスになると考えられるでしょう」
ちなみに、夫の名義で住宅ローンを組んでいる場合、夫の死後は団体信用生命保険によって住宅ローンを肩代わりしてもらえるため、住居費ゼロ円で自宅に住み続けることができる。夫が死亡した場合は、そこまで老後の心配をしなくても良さそうだ。
離婚の場合は「保証なし」と考えよう
夫が死亡したケースの老後資金を見てきたが、40歳で離婚した場合はどうなるのだろうか。
「離婚後2年以内に年金事務所で手続きを行えば、年金分割という方法で夫の老齢厚生年金の一部を受け取ることができます。ただし、婚姻期間中に配偶者の扶養に入っていることが条件となりますし、婚姻期間中に厚生年金保険料を払った部分が分割対象となるため、受給できるとしても微々たる額でしょう。『令和2年度厚生年金保険・国民年金事業の概況』によると、年金分割を受ける方の年金受給額(老齢基礎年金含む)の月額平均は、分割前が5万1585円、分割後が8万2358円。平均では3万円程度増えるといえますが、状況によって異なります。離婚を考えているのであれば、年金分割はあてにせず、自分で老後資金を備えることを心がけた方がいいでしょう」
離婚後に再婚をしなければ、一人で老後を迎えることになる。そのケースを想定して、準備を始めた方が良さそうだ。
(参考)ライフスタイル別に「老後資金」を算出してみた ~シングル編~
定年間近に夫に先立たれた場合、金銭的にはしっかりカバーされることがわかった。とはいえ、できることならば直面したくない状況だろう。夫婦揃って長生きすることを想定し、備えていけるといいだろう。
(有竹亮介/verb)
関連リンク
大沼恵美子
ファイナンシャルプランナー。All About「貯蓄」ガイド。2000年CFP(R)(FP上級資格)試験に合格。2002年から個人相談業務を開始し、企業や地方自治体、カルチャーセンターなどの各種セミナー、FP資格取得講座などの講師も務める。