市場関係者メッセージ
東証市場の信頼性の向上がスタートアップの成長を支える
※この記事はJPX「新市場区分特設サイト」上で2022年2月14日に掲載した記事の再掲載です。
渡辺洋行
B Dash Ventures株式会社 代表取締役社長
――貴社の事業概要について、ご紹介いただけますか。
渡辺氏 当社は、ベンチャーキャピタルとして主にテック系のスタートアップに対して投資を行っており、現在は計4本のファンドを運用しています。早いもので昨年、設立から10周年を迎えました。
特徴的な取り組みとしては、当社の創業時から国内外のインターネット業界のキーパーソンとスタートアップが参加する招待制イベント「B Dash Camp」を年2回開催・運営しております。毎回の参加者は国内外から700名を超えるまでに成長しており、国内の招待制イベントとしては最大級のものとなっております。スタートアップの経営者、上場企業の役員、ベンチャーキャピタル、スタートアップの支援者等が集まり、業界トレンドに関するパネルディスカッションや参加者間のネットワーキング、スタートアップによるピッチコンテストなどを行っています。実際にこのイベントがきっかけで数多くの投資が決定したり、新たなビジネスやアライアンスが生まれたりしています。
――近年のベンチャー投資に関する環境については、どのように見ていますか。
渡辺氏 コロナ禍においても順調に国内のベンチャー投資は進んでいます。特に近年投資の相談案件数が着実に増加しており、投資額も増加しています。
一方で、スタートアップ業界全体として、投資額は増えているものの、投資件数は減少、つまり1社あたりの投資金額が増加しており、結果的に投資先を厳選する傾向になりつつあります。これは有望な一社に大きく投資することで投資のリターンを最大化することを目的としているからです。この傾向は当面続くでしょう。
投資分野という観点では、ここ数年SaaS型のビジネスモデルへの投資が活発化しています。SaaSビジネスは、早い段階で資金を集中的に投下することで市場のシェアを獲得でき、良いサービスであれば市場で生き残れる確率が高いことが分かってきたからです。コロナ禍を経てDX化が促進されたこともあり、日本国内はまだまだSaaSを中心にDX化ビジネスへの投資が進むと思っています。
――魅力のあるスタートアップの創出・育成の観点における、日本の課題は何でしょうか。
渡辺氏 当然ではありますが、スタートアップの成長のために一番重要なことは、企業自身が魅力的なビジネスを展開できるかどうかです。では、日本のスタートアップのビジネスが魅力が無いかといえば全くそんなことはなく、技術力、サービス力など米国のスタートアップと比べても遜色ないと思います。他方、足元の日本のスタートアップを見ると、日本でのみビジネス展開をすることを前提としていて、海外市場へ進出することを考えていない企業が多く、ここが一番の課題だなと思っています。
何故、米国のスタートアップが強いかというと、豊富な資金をテコに最初から世界展開を視野に入れてビジネスを展開するからです。例えば、上述のSaaSビジネスなどはその典型例。SaaS化やDX化というのは単価を下げるビジネスであり、そもそも市場をどんどん拡げないと大きく稼ぐことはできません。つまり、日本市場だけでビジネスをする限り、グローバル展開する企業に勝てる可能性は相当に低い。
ベンチャーキャピタルや取引所などの市場関係者は、スタートアップを支える立場として、一丸となってグローバルに戦えるスタートアップを増やしていくことが大切だと考えます。
――海外と比べて日本はユニコーン企業が少ないと言われていますが、そのことについてはどのようにご覧になっていますか。
渡辺氏 時価総額1,000億円以下の会社は上場させるべきではない、という意見もよく耳にしますが、スタートアップのレイターステージにおける資金調達を、日本は信頼性の高い取引所市場が担っているということを意識する必要があると思います。
もちろん未上場の段階で大きく育ってから上場するのも一つの選択肢ですが、早期に取引所市場を活用して資金調達することで、むしろ東証上場後に大きく育つというエコシステムが存在するのが日本の強みです。実際に、上場後に時価総額1,000億円を超える規模となった企業も多くあるので、それは誇っていいことなのではないでしょうか。
――最近では、新規上場の前後から中長期的に株式を保有することが期待される機関投資家の参入に向けた動きも見られますね。
渡辺氏 例えば、コーナーストーン投資家(※)のように上場前だけでなく上場後も株式を保有し続けられるような投資家は、そもそも日本にはあまり多く存在していません。しかし、最近、海外の機関投資家から日本のベンチャーキャピタルに対して、コーナーストーン投資家として日本のスタートアップに投資したいという問い合わせが多く集まってくるようになってきました。実際に中長期の保有を目的とする海外の機関投資家から資金調達する事例が増えていることは良いことだと感じています。
一方で、日本のスタートアップの課題を申し上げると、海外機関投資家からの注目を集めるためには、日本国内だけでビジネスを営むのではなくグローバルを視野に入れたビジネス展開をする方が有利です。実際、米国のSaaS企業はグローバル展開を前提としていることが多く、そのような企業には高い株価がついています。繰り返しにはなりますが、そのようなビジネスを展開する企業を支えていく仕組みが重要だと考えています。
近年、日本のスタートアップは海外機関投資家からも高く評価されるようになってきています。これは、スタートアップのIRが上手くなってきているという要因も存在しますが、それ以上に、最近のマザーズへの上場事例にあるように、かなり大きな規模のスタートアップも上場することが可能な市場だということが証明されたからではないかと思います。この流れに乗って、日本のスタートアップが海外からの注目を集めるようなプロモーションをできるように、取引所が何らかの形でサポートできるといいのではないかと思います。
(※)コーナーストーン投資家:新規上場の際に一定の株式を割り当てられ、中長期で保有する機関投資家のこと
――最後に、2022年4月4日に始まる東証の新市場区分、特にスタートアップの多くが目指す「グロース市場」について、ご期待やご意見を伺えますか。
渡辺氏 グロース市場には、多くのスタートアップがアグレッシブに上場する市場として、さらには世界に名だたるスタートアップ市場としての地位を確立してもらいたいと考えています。そのためには、新規上場の数を増やすと同時に、質の良い会社の上場を担保できるような信頼性の高い市場であるべきです。新たに求められる「事業計画及び成長可能性に関する事項」の継続的な開示は、市場の信頼性を担保するために重要なものだと考えています。
新産業を創り、日本経済を活性化させるためには、スタートアップを育て、世界中の資金が流れ込むような大きな市場となるべきです。東証市場が大きくなることにより、世の中を変える革新的な会社を生み、大きく育てる信頼性の高いプラットフォームとして機能することを期待しています。
渡辺洋行 B Dash Ventures株式会社 代表取締役社長
株式会社三和総合研究所(現三菱UFJリサーチ&コンサルティング)入社後、新戦略部、情報・産業研究部においてIT・インターネット分野を中心とした調査研究業務のほか、国内外の企業・公的機関に対するコンサルティング業務に従事。同社プロジェクトリーダー、副主任研究員等を経て、2007年7月に三菱UFJキャピタル株式会社に入社。同社では投資部次長として多くのIT・インターネット分野のベンチャー企業に投資。2010年7月にngi group株式会社(現ユナイテッド株式会社)投資事業本部長に就任。VCファンド運用、自己資金による投資、M&Aに従事。2011年6月にB Dash Ventures株式会社を設立し、代表取締役就任。現在までに計4本のVCファンドを組成し、それぞれGPに就任。2015年4月に一般社団法人日本ベンチャーキャピタル協会理事に就任。2018年からは同協会常務理事。Forbes Japan社の選ぶ「日本で最も影響力のあるベンチャーキャピタリストランキング」では2015年、2016年のいずれでも日本の第2位に選出。