東証市場再編

市場関係者メッセージ

日本のマネーで日本発のスタートアップの育成を

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※この記事はJPX「新市場区分特設サイト」上で2022年3月17日に掲載した記事の再掲載です。

山岸広太郎
株式会社慶應イノベーション・イニシアティブ代表取締役社長

――ご経歴や貴社の事業概要(投資対象、投資規模等)について、簡単にご紹介ください。

山岸氏 2015年12月に株式会社慶應イノベーション・イニシアティブを立ち上げ、現在は2つのファンドを運用しており、運用総額は約150億円となっています。1号ファンドは既にクローズしており約45億円、2号ファンドは約103億円の規模となります。1号ファンドは慶應義塾大学と何らかの関係性を有している企業が投資対象になっております。一方で、2号ファンドは将来的に慶應義塾大学と連携することが期待される企業も投資対象となっています。弊社のファンドからは2社の上場企業を輩出しており、今後も投資先企業の成長が見込まれます。ネクストユニコーンと称されるような企業へも投資させていただいており、いまから今後の成長が非常に楽しみです。

私(山岸氏)自身はグリー株式会社の共同創業者として2008年12月にマザーズへの上場、および2010年6月の東証一部への市場変更を経験しました。現在もグリーの非常勤取締役として在籍しています。出身大学でもある慶應義塾大学とは、昔から繋がりが強く、グリー創業期に慶應の学生がインターンプログラムを通じてグリーに大勢就職したこともあり、グリー上場後は恩返し的に学生の研究支援の助成事業や奨学金などの寄付を行ってきました。

――近年のスタートアップの事業環境、資金調達環境、経営環境等について、ご所感をお聞かせください。

山岸氏 日本のスタートアップを取り巻く環境は非常に整備されてきており、それに伴いスタートアップ自身の成長スピードも伸びていると感じています。また、大学発ベンチャーキャピタルとして、大学で研究を行っている研究者を見ていても、一昔前より起業家マインドを持っている人材が増えており、研究をビジネスの種と捉え、製商品やサービスのようなアウトプットを通じて社会にインパクトを与えようとする考え方が広まってきていると思います。

一方で、大学関係者とのコミュニケーションにおいて感じるのは、大学発ベンチャー育成の担当者にビジネスの経験がない人材が固まってしまうと、スタートアップ育成の実務を考慮せず、議論が空中戦になってしまうことです。この点は、ヒト・モノ・カネが増えているといわれる現在においても、まだまだ改善の余地がある部分だと思います。スタートアップ育成活動は長い目で物事を見る必要があるので、スタートアップも、それを支援する立場の人も、それをよく理解して活動することが大切だと感じます。

また、最近はディープテック分野のように、製品開発段階でも多額の資金が集まるという現象が起きており、有益な知財を有していることそれ自体が価値であるという考え方が生まれてきています。そのようなスタートアップで、起業してすぐに資金調達ができる会社も増えてきていますし、最近だと新型コロナウィルス感染症のワクチン開発を行ったバイオベンチャーのモデルナのように製品がない状態で上場し、大成功するスタートアップも増えています。そういった流れがあることは、研究開発型企業の多い大学発ベンチャーを支援する立場としては非常に嬉しいことだと感じています。

――2022年4月4日に始まる「グロース市場」に対するご期待を伺えますでしょうか。

山岸氏 グロース市場という新しい市場区分で、いままで以上に多くのスタートアップが生まれ、羽ばたくことを非常に期待しています。最近の日本のIPOは、海外クロスオーバー投資家の参入も増えるなど、海外からも注目されていると認識しています。

課題を挙げるとするならば、米国や中国のように、個人と機関投資家の両方がもっと新興企業に投資するような環境になっていく必要があるということです。家計の金融資産は約2000兆円と言われていますが、大半が預貯金や年金で、その家計の金融資産を預かる機関投資家も新興企業への投資において、海外機関投資家よりも保守的な印象を受けます。米国や中国では、スタートアップ界隈に身を置く人物でなくても、最近の注目スタートアップやそのような企業に対する投資について話題になります。日本でも個人や機関投資家がスタートアップへの関心をもち、リスクをとって上場・未上場両方の新興企業に国内の金融資産を積極的に振り向け、成長の果実をしっかり国内で循環させる環境にしていくことが必要だと感じています。

――新興市場の運営者として取引所が果たすべき役割は何でしょうか。

山岸氏 取引所としては、情報開示の充実を促進してほしいと考えています。現在もコーポレートガバナンス・コードが存在しますが、ガバナンス面と成長可能性に関する説明資料などの開示は引き続きグロース市場に上場するような企業に対して、積極的な開示を促してほしいと思っています。特に、研究開発型の企業は、自社の研究内容等に関する情報や、資金調達動向に関する情報は積極的に発信しますが、上場直前までガバナンス面や成長可能性に関する情報発信には考えが及んでいないことが多いと思います。ルールで開示しなければいけない側面が増えることで初めて、上場前から企業としてしっかり向き合うことにつながると考えていますので、グロース市場の上場を目指す企業にもそういう姿勢の会社が増えてくることが望まれます。

――スタートアップ創出・育成の観点から、日本における課題と考えられている点はありますか。

山岸氏 人材の流動性が他国と比較しても圧倒的に足りないと感じています。優秀な人材ほど外資系企業で経験を積んだ後にスタートアップに飛び込む人が多くなっている印象ですが、日本においてそのようなキャリアはまだまだ一般的ではありません。大企業に長く勤めることが良しとされる風潮を改革し、そのような優秀な人材の流動性を高めることが必要だと考えています。

また、大学発ベンチャーでよくみられる、いわゆるバイオベンチャー企業についての課題も感じています。なるべく早期の段階からファイナンスに関する検討や、IRに関する体制づくりを行っておくべきだと考えます。例えば、我々のとある投資先企業は、治験が順調に進捗し欧州の製薬企業から数百億円の契約をまとめることができましたが、これは、社内に知見のあるCOOとCFOがいたから成し得たことでもあると思います。上場による資金調達だけでなく、未上場段階でもファイナンスやIRに真剣に向き合ってしっかり資金調達できる会社が増えてくることに期待します。

――海外と比べて日本はスモールIPOが多くユニコーン企業が少ないと言われておりますが、そのことについてどのようにご覧になっていますか。

山岸氏 ユニコーン企業が少ないことが悪いことだと評価するのはナンセンスだと思っています。より大切なのは、成長産業が育成できているのかという観点であり、それが上場企業なのか未上場企業なにかは関係がないです。

スモールIPOに問題があるとすると、上場後に停滞してしまうリビングデッド状態の企業を生んでしまう可能性をはらんでいるということかと思います。上場後に流動性を作ることができず、成長も止まり、結果的に上場がゴールとなってしまう会社や経営者の増加は市場にとっても良くないことだと感じます。

――新興市場における健全な株価形成の観点から、重要な事項はありますか。

最近の海外機関投資家の参入自体はとても良い流れだと思います。一方で、SaaSのようなわかりやすいビジネスモデル以外の会社に対しても参入が増加することを期待しています。この流れで明らかになったこととしては、ファイナンシャルリテラシーと英語がスタートアップには非常に求められているということです。未上場の早い段階から海外機関投資家とコミュニケーションすることが、よりよい株主構成と健全な株価形成へと結びつくからです。

先ほど言及もしましたが、そのようなコミュニケーションができる優秀な人材は採用コストも非常に高いためなかなか見つからないのが正直なところです。そのため、そういった人材の母集団を増加させることが課題だと思われます。

――最後に一言コメントをいただけますか。

山岸氏 日本の投資家は昔よりも積極的に海外に投資していますし、日本のスタートアップも海外機関投資家からの資金調達を目指す会社が多いです。このような流れの中で、日本の素晴らしいスタートアップが海外に流れてしまう状況になることは避けたいと思っています。

だからこそ、日本のスタートアップに日本のマネーがより一層流れるようになるべきだと思いますが、それに際しては、過度な投資家保護を推し進めるあまり、成長産業に資金が回らないという事態にはなってはなりません。個人を含む投資家が、投資は自己責任という原則をしっかりと意識をしつつ、適切に資金をスタートアップに供給していくことが重要になると考えています。

山岸広太郎 株式会社慶應イノベーション・イニシアティブ代表取締役社長
慶應義塾大学経済学部卒業後、株式会社日経BPに入社。編集やウェブ媒体の開発に従事。その後、米国CNETの日本法人シーネットネットワークスジャパン株式会社の設立に参加し、「CNET Japan」の初代編集長に就任。
その後2004年に、グリー株式会社を共同創業。副社長として事業部門などを10年以上統括。少数からスタートした事業を、東証1部上場まで導き、その後の経営までを長く経験。
2015年に慶應義塾のベンチャーキャピタルである慶應イノベーション・イニシアティブを設立、代表取締役社長に就任。約半年で45億円の1号ファンド、2020年には目標額100億円を上回る2号ファンドを設立した。多様なバックグラウンドを持つチームメンバーのリーダーとして、アカデミアとビジネスの橋渡しになることをめざす。
日本ベンチャーキャピタル協会にて理事及び産学連携部会長も務め、VC業界の発展、大学発ベンチャーの創出に力を入れている。2021年5月より慶應義塾の常任理事(財務、募金、起業家教育・支援担当)を兼務。

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