市場関係者メッセージ
新市場区分を投資機会に~あるべき姿への課題
※この記事はJPX「新市場区分特設サイト」上で2021年12月9日に掲載した記事の再掲載です。
鈴木行生
株式会社日本ベル投資研究所 代表取締役 主席アナリスト
新しい市場区分は、投資家からみた時、自らの投資態度にどのような変化をもたらすか。第1に、スタンダードはプライムより劣るのか。第2に、プライムはもっと絞り込むべきではなかったのか。第3に、スタンダード上場で何か問題なのか。第4に、グロース市場からは早々に出るべきなのか。第5に、市場のTOPIXインデックスは別基準なので、自ずと淘汰が働くのではないか。これらの点が気になる。
市場変更は個々の企業のレピュテーションへどう影響するのか。1部に比べて2部は格下のようにみられるが、プライムとは独立したスタンダード市場なので、規模の違いはあっても、上下関係のイメージはないはずである。今1部に上場しているが、そのままプライム市場に移るには、基準のハードルが高い場合、2つの選択肢がある。
1つは、無理をせずにスタンダード市場に移って、いずれプライム市場への上場を目指すという道である。これが格落ちとみられ、弊害はあるのだろうか。このレピュテーションをどう認識するか。事業取引に影響が出るだろうか。顧客の買い控えが起きるだろうか。社員のやる気が落ちて、新規採用がやりにくくなるだろうか。経営者が外部の会合に出た時に肩身の狭い思いをするだろうか。ほとんど関係ないと思う。
もう1つは、猶予期間が設けられるので、基準をクリアする計画書を提出して頑張るという企業もある。ハードルをすぐにクリアできないにしても、その道を探る企業は多いとみられる。例えば、余裕をもって時価総額300億円を安定的に確保したいとすれば、PER15倍として純利益20億円が必要である。経常利益では30億円に相当する。PBR=ROE×PERという関係式において、ROE 10%は上げてほしいので、PBRは1.5倍となろう。これが目指せる会社になることである。しかも、これは成長戦略の途中であって、ゴールではない。ビジネスモデルが変革できそうな会社は、プライム市場の基準を満たすべく計画書を提出し、それを中期計画に盛り込んで実現をめざす。
一方、ハードルが相当高い会社もある。基準達成が難しい会社が、高い目標を掲げてプライム市場への移行を目指すと何が起こるのか。ここでも2つの可能性がある。1つは、これがきっかけとなって、これまでできないと思われていたビジネス革新が一気に進むことである。ハードルが高くても挑戦すべし、という展開となろう。もう1つは、ハードルの高い計画が、いつまでも未達のプロセスを歩み、企業としての信頼を失っていく。無理な計画が短期利益の追求に終始して、自らの収益基盤、成長基盤を損なってしまうかもしれない。収益力の強化が本質で、見せかけの手を打つだけでは投資家に見抜かれてしまう。企業から見ると、ハードルが高くなるので、コストがかかるという不満が高まるかもしれない。しかし、企業価値が上がるのであれば、それはコストではない。先行投資である。これを嫌がるようでは、投資家に認められない。
投資家から見ると、今回の区分変更の基準はもっと厳しくてもよかったのではないか。プライム市場がグローバルマーケットに通用するには、成長性とESGのレベルを上げる必要がある。十分対応できない企業は無理をせず、地道な努力をしてほしい。問題は、1)とりあえずプライム市場に移行できるので、その後の対応は最低限でよいと考える企業、2)プライム市場に何としても残りたいので、かなり無理をして条件のクリアを目指す企業が続出することである。
こうした企業が多いと、結果としてプライム市場と東証1部市場は何が違うのか。実質的には、さほど変化がないと見られてしまう。しっかりした会社は、プライム市場の基準をもともとクリアしている。一方で、基準に適合しようとするだけでは、価値向上企業に変身できない。それではマーケット全体に大きな変化をもたらさない。とすれば、今回の市場区分の見直しは、実効性が乏しいということになろう。
東証としてそれを避けるには、継続的に基準を見直して、ハードルをあげていくことである。結果として、常にふるい落としがあるという緊張感を出してほしい。但し、くれぐれもプライムからスタンダードへ単純に移行させるような方策は取らないでほしい。大事なことは、新陳代謝である。東証は、この新陳代謝のダイナミズムを通して、市場の活性化に取り組んでほしい。
今回の市場区分の見直しは、どの企業にもビジネスモデル(価値創造の仕組み)の革新を迫る。安閑とはしていられない。投資家としては、変革に挑戦する企業戦略の内容をよくみていきたい。飛躍してくる企業が必ず出てこよう。ここに投資機会を見い出したい。
鈴木行生 株式会社日本ベル投資研究所 代表取締役 主席アナリスト
野村総合研究所取締役企業調査部長、野村證券取締役金融研究所長、野村アセットマネジメント常務執行役員、日本証券アナリスト協会会長などを歴任。現在、東証上場4社の独立社外取締役・監査役を兼任。