東証市場再編

市場関係者メッセージ

新市場区分始まる

TAGS.

※この記事はJPX「新市場区分特設サイト」上で2022年4月26日に掲載した記事の再掲載です。

武井一浩
西村あさひ法律事務所パートナー弁護士

2022年4月から、長年期待されていた市場構造改革が実現することとなりました。そこで本稿では、上場企業経営の現場に日頃接している企業法弁護士として、私見と期待を何点か述べさせていただきます。

第一に、今回の市場区分は上場企業側の自己選択です。選択された市場のコンセプトを踏まえて、コンセプトに適った企業行動を、真摯に迷うことなく進めていただくことが期待されます。「プライムが最上位」ということではないわけで、スタンダードでもグロースでも、企業価値向上に向けた投資家の「中長期の」期待に報いるということに変わりはありません。また、もし市場コンセプトが違うなと思ったら、適切に移動していただければと思います。

第二に、欧米に比して、日本の上場企業の営業利益率や時価総額等の後れが指摘されて久しい状況です。その関連で、無形資産価値がきちんと評価・反映されるに至っていないことも一つの重要課題です(「目に見えないモノに価値がある」)。2021年改訂のガバナンスコード(CGコード)では、自社の経営戦略・経営課題と整合させた無形資産・知財戦略を構築し、取締役会における議論を経て開示・発信することが述べられています。これを受けて2022年1月に内閣府から公表された知財・無形資産ガバナンスガイドラインでは、(1)無形資産・知財を「費用」ではなく「資産」の形成として捉えること、(2)価格決定力やゲームチェンジにつなげること、(3)ロジック・ストーリーを伴った開示・発信を行うことなどが述べられています。人的資本に関する開示の枠組みの議論も進んでいます。こうした動向も自社の事業戦略構築のひとつの参考としていただければと思います。

特にDX(デジタルトランスフォーメーション)の時代は、ビジネスモデルの根幹的な転換が起きることになります。知財・無形資産が幅広く張り巡らされる時代にもなります。それは同時に、新たな競争状態が醸成されやすいことも意味するわけでして、戦略のある日本企業であれば新たな競争優位性獲得のチャンスは広がっています。

第三に、昨今ステークホルダー資本主義の議論やサステナビリティ・ガバナンスの議論が世界的に活発です。これは一面、日本で従来から大切にされてきた、社会において付加価値を提供してこそ企業の存在意義があるという価値観や企業理念と相性が良い面があります。ただ他方で、グローバルで大きな潮流となっているサステナビリティ・ガバナンスは、日本企業がこれまで想定してこなかった態様でのステークホルダー利害の考慮も含まれてきていることにも注意すべきといえます。

DX化の進展に伴って、AIやデータの利活用の議論などにも見られるとおり、将来に対して柔軟に対応できるガバナンス体制としてのアジャイル・ガバナンスという考え方が出てきています。「変化に強い種が最強の種」としてレジリエントな企業体になります。DX化に対応して社会に付加価値を提供し続けるためには、多様なステークホルダーの意見にも将来志向で柔軟に耳を傾けて経営戦略を練るマルチステークホルダー・アプローチが求められる場面が増えてきました。

こうした多様なステークホルダーの意見に耳を傾けた経営というのは、経営判断の難度が上がると言うことでもあります。日本的なこれまでの経営手法では、国際的優位性がある部分とそうでない部分とがあることになります。

第四に、こうした複雑化した経営環境下では、ボード(取締役会)改革に真摯に取り組むことの重要性が増してきます。事業リスクが加速度的に複雑化し、サステナビリティ・ガバナンスの波も押し寄せ、多様な利害調整が必要になる経営環境下では、「株主とマネジメントの二者構造」から、「株主/ボード/マネジメント」の三者構造に移行することが自然の流れとなります。ちなみに「三層構図」でなく「三者構造」であり、ボードの構成員の選解任権を持っている株主、マネジメントを監督するボード、企業価値の帰趨を決めるマネジメントの三者は三権分立に近い関係にあります(特に欧米はそうであり、日本の現行法制は世界的に異質な面があります)。

2015年から開始されたCGコードは、上場企業におけるボード機能を見える化したものとも表現できます。ボードの役割として重要になるのが、Good Questionを発して議論を喚起・活性化し、マネジメントが出す結論を骨太にするコーチング機能です。

変化が激しい経営環境の中で、マネジメントは決断に当たって相当悩むことも増えてきます。株主を含めてステークホルダーの中には先鋭的な者も増えてきています。他方で難しい利害調整の中で物事を決めないといけないのが企業経営の現場です。重要な決定事項であるほど、対外的な開示や説明も伴う。複数の選択肢がある中で、経営判断の正当性と納得性を支えるデュー・プロセスの礎となるのが、ボード機能におけるコーチング機能です。ボードは、マネジメントの決断内容を中長期的企業価値向上の観点から説明を聞き、good questionを通じた議論を経て骨太にする。Good Questionを発するボードは、意欲のあるマネジメントの熱量を高めるものであり、リスク回避的なラダー(階段)を社内で新たにつくるものではありません。

第五に、第四のボードのコーチング機能強化を含めて、自社の経営戦略をベースにした自律的なガバナンス構築に取り組むことです。たとえば何のためにその事項を取締役会に付議しているのか。従前の監査役会設置会社では「会社法が付議しろと規定しているから」でしたが、今後は目的意識を持ってボードに付議することが重要となります。付議態様も、決議、報告以外にその中間に審議事項(マネジメントが決める前に意見を聞く)もありえます。Good Questionを発するための多様性が、今実務対応が進んでいるスキルマトリックスです。議論する目的が明確になることで、議論のファシリテーター的役割を果たす者もより重要となります。

グローバル化とDX化の流れのもとで、中長期の持続的成長を果たすには、ビジネスモデルの果断な転換が必要となることが少なくありません。ボード改革や自律的なガバナンスの見直しは、外部経営環境の変化に柔軟に対応する果断な意思決定ができているか、意思決定の過剰なラダー(階段)が設定されて結果として超過利潤の余地が少ない群衆領域にいないか、マネジメントの熱量を高める経営体制になっているかなどを不断に自問自答して、自社の競争優位性を築く骨太な経営戦略の議論につなげていただければと思います。

武井一浩 西村あさひ法律事務所パートナー弁護士
専門は企業統治ほか上場会社の企業法務全般。金融庁「スチュワードシップ・コード及びコーポレートガバナンス・コードのフォローアップ会議」委員、経済産業省「CGS(コーポレートガバナンス・システム)研究会」「サプライチェーンにおける人権尊重のためのガイドライン検討会」委員、内閣府「知財投資・活用戦略の有効な開示及びガバナンスに関する検討会」委員、東京証券取引所「従属上場会社における少数株主保護の在り方等に関する研究会」委員など。
主な著書(共著含む)として、 「デジタルトランスフォーメーションハンドブック」(商事法務、2022年)、「コーポレートガバナンス・コードの実践」(日経BP、2021年)など。

用語解説

"※必須" indicates required fields

設問1※必須
現在、株式等(投信、ETF、REIT等も含む)に投資経験はありますか?
設問2※必須
この記事は参考になりましたか?
記事のご感想や今後読みたい記事のご要望などをお寄せください。
(200文字以内)

This site is protected by reCAPTCHA and the GooglePrivacy Policy and Terms of Service apply.

注目キーワード