市場関係者メッセージ
東京証券取引所と市場改革 持つべき視点
※この記事はJPX「新市場区分特設サイト」上で2022年1月24日に掲載した記事の再掲載です。
幸田博人
株式会社イノベーション・インテリジェンス研究所 代表取締役社長
東京証券取引所(以下、東証)は、2022年4月に新しいステージを迎える。今回の市場改革(市場区分と名称の変更・上場基準の変更)の意味は、2013年の東証と大阪証券取引所の統合から導かれる必然のプロセスであり、また、投資家の利便性、市場区分の動機付け、TOPIX(東証株価指数)構成の問題点などの観点から必要となったものである。
2022年を迎えようとしている中で、依然として新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に翻弄され、世界中で政府・社会・経済などを支えていた既存の基盤の脆弱性が炙りだされている。COVID-19が、既存社会基盤の脆弱性に警鐘を鳴らした。
社会・経済インフラを支える日本の株式市場について、本来上場企業が目指すべき「企業価値向上」に集中できる仕組みであるか、「企業価値向上」を中・長期的なスパンで構築できる基盤なのか、問われている。ポストコロナ時代を展望すると、今回の市場改革は不可欠であり、ギリギリ間に合ったともいえる。
20世紀に求められていた「企業価値向上」概念を引きずっている企業は多い。しかし、従来型の取り組みでは不十分である。21世紀に求められる「企業価値向上」に、企業自身で舵をきるのは当然であるが、様々なステークホルダーがサポートし、循環的な継続性をもってブラッシュアップする「エコシステム」が重要である。
カーボンニュートラル、DXや人口問題といったグローバルな社会課題を念頭に置きながら、新しいテクノロジーも活用し、企業はサービスや商品を提供する必要がある。日本の株式市場が、持続的な「企業価値向上」を提供する基盤として、投資家の理解を得つつ、さらに進化していく、新しいスタートラインにたったともいえよう。
そうした大きな環境変化の下、今後の新しい市場運営を念頭におきつつ、「更なる発展の方向性」に関し、2つの視点を提示しておきたい。
第一の視点として、日本企業の「企業価値向上」について、プロアクティブな視点で市場運営に取り組むことが重要である。
この視点で、東証は、プライム市場の企業による長期的な企業価値向上に向けた取り組みを積極的にアピールすべきであろう。また、グロース市場の企業が、ユニークなベンチャー企業から脱皮し将来プライム市場の企業になるようにサポートしていく必要がある。日本や世界の社会課題と「企業価値向上」が結びついているか、その観点での東証の発信もより整備すべきであろう。
この視点で、上場企業による、投資家との積極的なコミュニケーションや発信を後押しし、新陳代謝に対しても前向きな運営を実践し、グローバルでの市場機能発揮を期待したい。
第二の視点として、2,000兆円の巨額な個人金融資産(2021年9月末)が今回の市場改革を後押しする資金循環とリンクすることが求められる。
個人金融資産からの長期の継続的な投資や成長投資への資金循環などが広がることで、社会課題解決型企業と個人投資家を結ぶ線がより強固になれば、企業の新陳代謝も従前より進んでいくこととなろう。
個人金融資産と成長資金をつないでいく「エコシステム」の観点を意識すると、その基盤としての「金融リテラシー」を向上させることの重要性が増す。今回の市場改革を梃子にしながら、地道な「金融リテラシー」向上の取り組みをさらに進めていくことを、東証に期待したい。
2022年4月の東証の市場改革が、日本の「企業価値向上」に向けた取り組みの大きなステップアップに資するように、担い手関係者の総合的な取り組みが期待される。
幸田博人
株式会社イノベーション・インテリジェンス研究所 代表取締役社長
【略歴】1982年一橋大学経済学部卒。1982年日本興業銀行入行、2009年よりみずほ証券執行役員、常務執行役員、代表取締役副社長等を歴任。2018年7月より現職。
【現職】株式会社イノベーション・インテリジェンス研究所 代表取締役社長、京都大学経営管理大学院特別教授、一橋大学大学院経営管理研究科客員教授、SBI大学院大学経営管理研究科教授、産業革新投資機構(JIC)社外取締役 ほか
【主な著書】幸田博人編著『日本企業変革のためのコーポレートファイナンス講義』(金融財政事情研究会:2020年)、同『プライベート・エクイティの実践』(中央経済社:2020年)、幸田博人・川北英隆編著『金融リテラシー」入門(基礎編・応用編)』(金融財政事情研究会:2021年) ほか