「公的年金の見える化」で将来設計のきっかけを

内閣総理大臣補佐官に聞く(前編)~「公的年金シミュレーター」誕生の背景~

TAGS.


2022年4月25日、個人ベースでの年金受給額が簡単に試算できる「公的年金シミュレーター」が公開された。ねんきん定期便の二次元コードを読み込み、生年月日を入力するだけで年金受給額が試算できるほか、今後の働き方・暮らし方や受給開始年齢を入力することで、自身のライフプランに応じた年金額が試算できる仕様となっている。

厚生労働省などが主体となって開発された「公的年金シミュレーター」。その旗振り役となった内閣総理大臣補佐官・村井英樹氏に、開発のきっかけや活用のポイント、今後の展望について伺った。

年金を個人ベースで具体的に理解してもらうことで、過度な将来不安を解消したい


――「公的年金シミュレーター」の誕生には、どのような背景があったのでしょうか?

「個人ベースでの公的年金の見える化を進めなくてはいけないと思ったきっかけは、3年前のいわゆる『老後2000万円問題』です。当時、金融審議会の報告書が、『老後の生活には2000万円の資産が必須』という印象を与え、必要以上に将来不安を煽る結果となってしまいました。多くの反省すべき点があるのですが、私が痛感したことが2点あります。

1点目が、本来、老後の生活設計を考える際には、退職後の収入額や希望する生活水準を比較し、その差を埋めるために何をすべきかを考えるべきなのに、老後の生活の柱たる公的年金について、『いつから、いくらもらえるのか』がきちんと伝えられていないということでした。2点目は、年金について政府から発信する情報の多くが、平均値や制度全体の話で、それぞれの方が本当に知りたい、“個人ベース”のものではなかった点です」

――受け取る年金額は働き方や年収によって異なりますし、生活水準によって必要な老後資金も変わりますよね。“個人ベース”という考え方がポイントとなりそうですが、今までの政府にはなかった発想かもしれないですね。

「私自身、役人を10年弱、議員を10年弱経験してきて感じることですが、政治家や役所は自分たちが伝えたい情報を伝えようとしがちです。年金についていえば、それぞれの方が知りたい個人ベースのデータではなく、制度の話やマクロのデータを説明しがちです。これは、国や自治体が『プロダクトアウト』になっている一例だと思います。

本当に求められているのは、個人ベースのデータなのに、です。こうした情報の出し手である行政と受け手である国民との差は、議員になってから強く感じるようになりました。『老後2000万円問題』でさらにその思いを強くした時期に、情報を個人に効率的に提供するデジタルツールが急速に普及・発展し始めました。そういったことが掛け合わさって、『公的年金シミュレーター』の開発に動きました。これからの行政は、受け手目線、マーケットインが大切です」

――年金財政は年々厳しくなり、将来世代が受け取れる年金額は徐々に減っていくのではという印象を持っている人も多いです。

「そういった印象をお持ちの方は多いです。しかし、実際は、将来世代の方が額面で多く受給できる可能性が高いことも知ってもらいたいです。厚生労働省の試算によれば、『40年間ずっと平均年収で厚生年金保険料を納めてきて、2022年に65歳になって年金を受け取り始める人』と『同じように40年間ずっと平均年収で厚生年金保険料を納め、2060年に65歳になって年金を受け取り始める人』だと、世帯単位で見て、前者の年金は毎月22万円なのに対し、後者は毎月27.6万円です。現在の購買力ベースで考えて、このような結果が出ます。

日本の年金制度は、約200兆円の積立金を備えていて、人口の変化に合わせて積立金で調整するなど、きちんとした仕組みがあります。こうした年金制度の全体像をご理解いただいたうえで、『公的年金シミュレーター』により個人ベースで『見える化』することで、年金制度への不信感や老後への過度な不安を解消できたらと思っています」

――「年金は減る、最悪の場合もらえない」と思っているから、不安なんですもんね。

「『公的年金シミュレーター』の検討では、厚生労働省、金融庁の若手メンバー、小林史明議員(現デジタル副大臣)、マネーフォワード執行役員の瀧俊雄さんなど、柔軟な発想を持ち、デジタルにも精通したメンバーと議論を重ねました。多くの方にとって、利用しやすいツールができたのではないかと思っています」

民間アプリとの連携で「老後」を見えやすく


――『公的年金シミュレーター』の公開はファーストステップかと思いますが、今後はどのような活用をイメージされていますか?

「やりたいことの1つとして、民間のサービスとの円滑な連携があります。民間サービスとの連携を着実に進めるため、『公的年金シミュレーター』をオープンソース化することを考えています。具体的方法は検討中ですが、資産形成アプリや家計簿アプリに『公的年金シミュレーター』の機能が包含されるような形にすることで、将来の年金も含めて簡便に老後の設計ができるようになります。

例えば、老後の設計を考える際、まずは家計簿アプリの現在の生活費をもとに、『子育てが終わるから教育費はいらなくなる』『住宅ローンが終わるから住居費もかからなくなる』など、必要な支出額を考えます。そこに公的年金の情報が加わると、65歳から年金を受け取ったら、いくらプラスで貯えがあれば、必要な生活費をカバーできるか、また、何歳から年金を受給し始めれば、公的年金だけで必要な生活資金をカバーできるかといったことが見えてきます。

普段皆さんが使っておられる金融サービスと連携を進めたいんです。いずれは、さまざまなサービスで年金受給額の情報を自然と見られるようになり、『公的年金シミュレーター』という言葉自体はなくなっていくのが理想です」

――年金受給額がわかれば具体的な計画が立てられて、老後に向けた準備も進めやすくなりそうですね。

「そうなってほしいですね。また、『公的年金シミュレーター』をきっかけに、資産運用への関心も高めることができたらと考えています。

過去20年間の各家庭の金融資産の変化を見ると、アメリカでは3倍、イギリスでは2.3倍になっているのに比べ、日本は1.4倍にとどまっています。資産性所得(※1)に限ると、日本はたった1.1倍。また、国内の家庭の金融資産約2000兆円のうち、1000兆円以上は現預金。日本は『成熟した債権国』になっていくなかで、資産性所得を国全体で高めていくことが重要です。

例えば、資産形成アプリや家計簿アプリに『公的年金シミュレーター』が連携し、そこで『希望する老後』に必要な資産額を算出。年金だけだと足りない部分があることがわかれば、アプリ上で『つみたてNISAやiDeCoを検討してみませんか?』と提案するようなやり方もあるかもしれません。資産運用を始める入り口になるはずです」

※1 資産の運用から生じる所得

――具体的な数字で見ると、動き出そうと思う人も増えそうですよね。ただ、「投資はしたくない」「できる資金がない」と、考えている人も少なからずいます。

「もちろん政府としても、労働性所得(※2)を引き上げていく努力は続けていくべきですし、その実現に奔走しています。一方で、資産運用に対するイメージも、適正化していく必要があると思います。

資産運用のポイントは『長期』『分散』『積立』といわれていて、たとえワンコインでも資産運用にまわすことで、20年後、30年後に大きな差が出てきます。決して数十万~数百万円といった大きなお金が必要なわけではなく、少額をちょっとずつ積み立てていけばいいと思うと、ハードルは下がるのではないでしょうか。できる範囲から、資産運用を考えてほしいです」

※2 労働による所得

――4月に『公的年金シミュレーター』を公開して、反響はいかがですか?

「『思ったより使いやすい』という声と、『ほかのサービスと組み合わせて使いたい』という声が大きいですね。使いやすいと思っていただけて安心していますし、民間のサービスとの連携は私たちも目指しているところです」

自分が受け取れる年金額が見えることによって、より具体的な将来設計を立てやすくなる。その第一歩として「公的年金シミュレーター」があることを知ると、一度試してみたくなるだろう。想像とは違う未来が見えてくるかもしれない。

(後編に続く)

(取材・文/有竹亮介(verb) 撮影/森カズシゲ)

用語解説

"※必須" indicates required fields

設問1※必須
現在、株式等(投信、ETF、REIT等も含む)に投資経験はありますか?
設問2※必須
この記事は参考になりましたか?
記事のご感想や今後読みたい記事のご要望などをお寄せください。
(200文字以内)

This site is protected by reCAPTCHA and the GooglePrivacy Policy and Terms of Service apply.

注目キーワード