必要な情報が届けば、人々の行動は前向きに変わる

内閣総理大臣補佐官に聞く(後編)~わかりやすい情報の届け方~

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将来の年金受給額の試算ができる「公的年金シミュレーター」。その旗振り役となった内閣総理大臣補佐官の村井英樹氏は、もともと財務省に勤める官僚だった。

官僚から政治家へ、約20年のキャリアを持つ村井氏だからこそ感じる老後に関する課題、そして、政治家だからこそできることとは。

情報を届けことで起こる「前向きな行動変容」


――4月に公開された「公的年金シミュレーター」は、個人が知りたい情報に特化したツールという印象を受けます。

「国や自治体が提示する資料って、個人が知りたいことよりも、行政が伝えたいことが網羅的に書かれていて、分かりづらいですよね。そこを解決したいという思いは、ずっと抱いていました。

その思いを行動に移した例が、2018年から2019年にかけて、当時の厚生労働部会長だった小泉進次郎さんと一緒に行った『ねんきん定期便』改革です」

――受給開始時期が選べることや繰下げ受給をすることで受給額が増えることを、よりわかりやすく記載するように変更した見直しのことですね。

「年金は原則65歳から受け取り始めるものですが、当時は繰上げ受給、つまり前倒しでもらっている人がいわゆる1階部分のみの方で見て3~4割もいたんです。その理由を伺うと、『早くもらわないと、もらえなくなるから』と話す方が多かった。繰上げ受給すると、年金月額が減ることを理解せずに、なんとなく前倒ししていた人もいたんです。一方、繰下げ受給、後ろ倒しでもらっている人は1%程度でした。

実は、当時のねんきん定期便や65歳時点で届く年金請求書は不親切なつくりで、しっかり読み込まないと、繰上げで受給額が減ること、繰下げで受給額が増えることがわからないようになっていました。皆さんにとって重要な繰上げ・繰下げ受給の情報をわかりやすく表記するように変更したことで、繰下げ受給の件数が一気に増えました」

――必要であろう情報が、しっかり届いたということですね。

「時代に合わせて施策を変えていくことも大切ですが、既にある仕組みをきちんとわかりやすく伝えることでも、人々の前向きな行動変容は起こるんです。私自身も、その事実を『ねんきん定期便』改革から学びました。この経験を踏まえて、『公的年金シミュレーター』は自分のなかでの第二弾という感覚なんです」

政治にもビジネスにも必要な“マーケットイン”という視点


――私たちにとってとても有意義な施策や制度はたくさんあると思うのですが、その情報が届いていない部分も多くありそうですよね。

「そうなんですよね。2020年から続いている新型コロナウイルス感染症に関する制度や助成金などに関しても、同じことがいえるかもしれません。役所が出している文章を私の事務所でわかりやすく翻訳した資料を、地元の事業者に配布したんですよ。それがものすごく好評だったんです。

役所としては、資料を送っているし、ホームページにも情報を掲載している。ただ、役所は立場上、全員に対して間違いのない情報を網羅的に記載する必要があり、ポイントだけ抜き出すというリスクは取りづらい。そのため、情報量が多くなりすぎ、大多数の人が本当に知りたい、肝の部分が見えづらくなってしまう」

――行政からすれば、95%の人には不要でも、5%の人には必要な情報は無視できないということですね。

「そうなんです。役所の方はリスクをとれない。そうであれば、ポイントを抜き出す作業は、有権者に選ばれた政治家がやれば良いかなと。肝の部分だけをまとめてあげると、必要な情報が届いて、施策や制度を使う方が増えるんです。自分も使えるんだって気づくんですよね」

――かつて官僚というリスクを取りづらい立場にいた村井さんは、どのタイミングでその思考に至ったのですか?

「どうしたら有権者の方々に話を聞いてもらえるのか、自分や政策についてわかりやすく伝えられるのか、埼玉1区という非常に厳しい選挙区ということもあり、さまざまな研究を続けた結果だと思います。施策のポイントを抜き出す作業も、施策の理解はもちろん、現場感も共有していないとできない、結構大変な作業です。ポイントを間違えれば、逆にご迷惑をおかけすることになりますから、注意深く対応していますね」

――相手にとって有益な情報をわかりやすく伝えるって、ビジネスの感覚にも近いかもしれませんね。

「そう思います。役所の皆さんにも、マーケットインとプロダクトアウトの話をよくしています。従来、役所の情報発信はプロダクトアウトで、行政側が伝えたい情報を網羅的に盛り込んだものとなっています。しかし、これからはマーケットインの発想に立って、受け手が知りたい情報を、受け取りやすい形にして届けることが求められます。役所がつくる文章って、立場上やむを得ない部分もありますが、プロダクトアウトになりがちなんですよ。ビジネスの世界でマーケットインは当然ですが、行政はいわゆる“お客さん”がいないからこそ、マーケットインを強く意識すべきだと思います」

将来を見える化し、ライフプランの設計につなげてほしい


――少し大きな話になりますが、これからの日本は、どのようなことが課題になると感じていますか?

「この国において、さまざまな政策を打っても効果が十分に上がらなかった理由の1つには、将来に対する不安が大きすぎることがあります。将来が不安だから、若い世代はお金があっても使わないし、高齢者も医療や介護のために資産を貯め込んでしまう。会社も投資に二の足を踏んでしまいます。

だから、多少でも『将来は大丈夫かも』と感じてもらえるような姿を見せたいと思って、『公的年金シミュレーター』の開発に動きました。将来に安心感を持ってもらい、『このくらいは使ってもいいかな』『もうちょっと投資に回してみよう』となれば、足元の経済の活性化につながります」

――確かに、将来が不安だから、なかなかリスクが取れないんですよね。将来もらえる年金や必要な費用が明確化したら、そこに向けて準備できますし、余裕資金も見えそうです。

「将来を『見える化』して、ライフプランの設計につなげてもらいたいんです。現在の20~40代は漠然とした不安を抱え、将来を暗く考えすぎているところがあるのではとも感じています。もちろんいろいろな課題はありますが、多くの人にとって将来は思っているより明るい、と言いたいです。

『公的年金シミュレーター』では、繰下げ受給で増える年金額の試算もできます。その数字を見ると、あまり暴飲暴食せずに70歳くらいまで働けば、いい感じの老後になるということも知ってもらえると思います。前向きな行動変容につなげていってほしいですね」

漠然とした不安を抱える理由は、きっと明確な未来が見えないから。さまざまな制度やサービスを活用し、将来を的確に捉えることができれば、未来の見え方が変わり、現在の生活も変化していくだろう。
(取材・文/有竹亮介(verb) 撮影/森カズシゲ)

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