東証市場再編

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【宮城県】学術的知見と社会的ニーズに基づいた高級特殊鋼の開発・実用化で新たな事業領域を開拓

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※この記事はJPX「新市場区分特設サイト」上で2022年2月2日に掲載した記事の再掲載です。

東北特殊鋼株式会社
代表取締役社長 成瀬真司

学術的知見と社会的ニーズに基づいた
高級特殊鋼の開発・実用化で新たな事業領域を開拓
―宮城県― 東北特殊鋼株式会社

創業は1937年と、80年以上の歴史を持つ特殊鋼メーカーである東北特殊鋼株式会社。東北帝国大学(当時)教授で、鉄や金属の世界的権威である本多光太郎博士の助言のもと、宮城県仙台市で創業したのが始まりです。それ以来、東北大学をはじめとした産学連携を積極推進し、自動車用のエンジンバルブ材料、燃料噴射装置のインジェクターなど精密部品の素材製造や精密加工で発展してきました。

一方で、昨今の自動車業界における、脱炭素に向けたEV化などの動きは、エンジン部品関連メーカーにとっては逆風となる可能性もあります。事業環境の大きな変化の中、東北特殊鋼が未来に向けてどのように事業をつないでいくか、代表取締役社長の成瀬真司さんにお話を伺いました。

自動車エンジン用や燃料噴射装置用素材の国内トップ企業

――東北特殊鋼の事業概要について教えてください。

成瀬社長 当社の事業は5つのビジネスユニットで構成されています。まず祖業である特殊鋼分野は、真空溶解炉を使い特殊なステンレス鋼や高合金といった高機能素材を製造する「溶解・鍛造部門」、特殊鋼母材を外部から調達し耐熱鋼といった高機能の棒鋼を生産する「鋼材二次加工部門」、冷間鍛造や切削加工でニッチなステンレス部品を製造する「精密加工部門」、真空熱処理炉で部品や金型の特殊な熱処理を行う「熱処理部門」の4つに分かれています。そこに仙台市内の旧工場跡地を活用した「不動産事業」を加えて計5つです。主力である特殊金属分野の各事業はそれぞれ用途等が異なりますが、顧客のオーダーに応えながらも、当社独自の技術を生かした特色ある高機能材を提供するというコンセプトで共通しています。

特殊鋼事業の特徴として、自動車産業向けが売上の約7割を占めています。エンジンバルブ用耐熱鋼と電磁ステンレス鋼の当社の国内シェアは、参入している市場においてそれぞれ概ね5割となっております。当社製品は、特定の自動車メーカーの自動車のみに用いられているのではなく、世界中の自動車に使われています。そのためグループ全体で海外向けが5割を超えており、生産や開発機能の主軸は東北ローカルに置きながら、世界中の顧客と市場の期待に応えるためグローバル化を進めてきました。

当社製品のK-M鋼は、自動車関連以外では、半導体製造装置や産業用電磁弁など広い分野で愛用いただいておりますが、たとえば新型コロナウイルスの感染拡大により注目を浴びた人工心肺装置の一つであるECMO(エクモ)にも当社の素材が使われており、当社製品の裾野の広さがお分かりいただけるかと思います。

――長年、「キリンハガネ」というブランドを使用していますね。

成瀬社長 「キリンハガネ」ブランドは創業当初からです。中国古代の伝説上の動物である「麒麟」から取った商標ですが、製品は変わっても「キリンハガネ」は変わらずに使い続け、特殊鋼業界では定着していると考えています。ただ、特殊鋼業界以外の人、若い人たちには馴染みがないブランドなので、もっと当社のことを知ってもらおうと、「キリンのハガネくん」というイメージキャラクターを使った新たなブランド戦略も始めました。

金属研究や新技術の社会実装のコミュニケーションハブに

――東北大学の本多光太郎博士の指導により創業したということで、早くから産学協同を実現していたわけですね。

成瀬社長 当社の創立の精神は「東北大学の指導により高級特殊鋼を製造し、産業界に貢献する」ことです。東北大学には金属材料研究所も附置されており、この分野では先進的な学術機関ですが、その東北大学の知見を、需要家のニーズを踏まえて製品に変える開発機能型のモノづくりの会社として出発しています。

このように、当社と東北大学は、創業以来、長年にわたる関係がありますが、現在では東北大学以外にも連携する大学が増えてきています。若い研究者に対してサポートする仕組みもあり、それを活用することで研究者側にも当社を認知してもらいたいと考えています。

最近では長年培ってきた磁性材の知見が、これまでにはない農業分野に貢献できる見通しが出てきました。もともと磁性材には磁気を加えると変形する特性があります。その特性を高めた材料が東北大学と共同開発した新素材「磁歪クラッド材」です。磁歪クラッド材を用いた振動発生装置から生まれる振動を植物体に使用すると、害虫防除効果があることがわかり、森林総合研究所や宮城県農業・園芸総合研究所をはじめとした全国の公設機関、大学と共同で害虫防除の研究を行っています。虫は農薬を使い続けることにより抵抗性を持ってしまいますが、この振動発生装置により、化学農薬依存からの脱却が期待されます。これからも農業現場の悩みを伺い、積極的に開発に取り込むことにより、商品価値をさらに高めていきたいと考えています。

当社は創業者である原田猪八郎の名前を冠にした「原田研究奨励賞」を設け、毎年5人の若手研究者に対する表彰制度を長年実施してきました。この奨励賞は東北大学に限らず、東北の他大学や高専などにおける金属研究も広く対象となります。岩手大学や秋田大学なども金属・マテリアル研究は盛んで、東北地方には金属研究の裾野が広がっているのです。

この奨励賞を受賞した研究で、現在の当社の事業に直結している研究はほとんどありません。当社としても新しい方向を目指していかなければならないので、現在の事業分野からの選定にとらわれてはおらず、この奨励賞を授与することを通じて勉強をしています。今では、各大学の教授・教官で当社の奨励賞を受賞した人も多く、人的ネットワークもできました。今後は、金属研究推進や新技術の社会提供のために、当社がコミュニケーションハブとしてこのネットワークを機能させていきたいと思っています。

災害ボランティアが「地域との共生」を社員全員で考えるきっかけに

――宮城県村田町に本社および工場があるとのことですが、地域とのつながりを教えてください。

成瀬社長 一昨年の台風19号で、宮城県は大きな被害を受けましたが、この時、被害が大きかった近隣の丸森町に復旧ボランティアを会社として派遣しました。というのも、一般的にはボランティアは休日を利用して活動するので、平日のボランティアはどうしても限られてきます。そこで当社は、人手が足りない平日に社業として、各部門で人のやりくりをしながらボランティアを派遣しました。社としての派遣が終了しても、社員からの「続けたい」という要望があり、社員によるボランティア支援は続きました。こうした社員の自発的な活動も経営理念の中に掲げている「創造性を求めて挑戦する積極性と変化に迅速に対応する柔軟性を持つ」ためのキーワードだと思っています。

東日本大震災では当社も製造設備に影響が出て、復旧には大変な苦労をしました。想定外の災害は、幾度となく起こりうるものです。そういう時に備えて、何ができるか普段から考えておくことが地域に根差した地元企業の役割だと思っています。台風19号でのボランティア派遣は、経営理念の重要な基盤のひとつである「地域との共生」について、社内全体で真剣に考えるきっかけになりました。

その後、村田町と地域支援について議論を深め、その一つに地域防災協定を締結しました。また、町の子どもたちをプロのバスケットボール試合に招待し前座試合を行う予定もあり、様々な地域への支援のアイデアに溢れています。もちろん、地域にとって何が価値と受け止めるのかは、当社ではなく地域が決めることです。地域とのコミュニケーションを大切にしながら、共生を考えていきたいですね。

創業時の精神を継承し、時代の変化の中でチャレンジを続ける

――自動車産業は「百年に一度の大変革」が始まっています。エンジン車からEVなど電動化にシフトすることで、御社の事業への影響も考えられます。

成瀬社長 電動化という大きな変化の中でエンジンの需要は減りつつあります。さらに自動車需要に影響を与えたコロナ禍が、需要減の流れを加速させました。このような外部環境の変化にあわせて、当社は新たな事業分野の開拓を加速していきます。

このたび、23年度までの中期経営計画を公表しました。中期計画はこれまでも3年に1度策定し、売上等の数値目標のみを開示してきましたが、今回の中期計画では、当社が「開発機能会社」として進んでいくという経営方針を明確にしました。自動車関連としてはEVや燃料電池に使用される精密部品、自動車業界以外では、すでに半導体製造装置等の産業機械向けの素材提供や部品加工が当社にとって重要な分野となっています。それらのほか、水素社会に向けた水素関連や、農業関連なども有力なターゲットになります。当社は市場からは見えにくい会社で、短期的にリターンを提供することはあまり得意ではないかもしれませんが、長い目でポテンシャルを評価してもらえればありがたいと思っています。これからは技術の価値を認めてもらえるような市場に出ることで事業転換を図りたいと考えており、10年後には大きく変わった当社をお見せできるはずです。

事業領域としては新たな分野の開拓を進めますが、企業の在り方としては創業時の精神に立ち返って需要家のニーズを踏まえてモノづくりを行う「開発機能会社」としてこれからも挑戦を続けます。現在の主力事業であるエンジンバルブや燃料噴射ポンプ装置も、昔は非常にチャレンジングな分野だったはず。当社は現在まで、先輩たちのチャレンジのおかげで事業が成長してきましたが、これからは、我々がその意思を繋いでいかなければなりません。そのことこそが、未来にわたって我々が持つ技術の価値を認めてもらい東北特殊鋼を永続させていくために大事なのだと考えています。

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