やがてSNSの中心地になる
なぜ人はメタバースに期待するのか。世界30億人が参入する可能性もある?
世の中の新しいトレンドを深掘りする連載「マネ部的トレンドワード」。メタバースをテーマにする今回、その入り口として、メタバースとは何か、そしてその成長可能性について本記事で考えたい。
2021年10月、アメリカの旧フェイスブックは社名をメタ・プラットフォームズに変更した。マーク・ザッカーバーグCEOは今後、メタバースを主軸とした企業に生まれ変わると宣言。これ以降、一気にメタバースという言葉が注目を浴びるようになった。
では、その概念とは一体どんなものであり、なぜザッカーバーグをはじめ、世界はこの技術に期待を寄せるのだろうか。著書に『メタバース さよならアトムの時代』(集英社)があり、メタバースプラットフォームを開発・運営するクラスター社 代表取締役CEOの加藤直人氏に話を聞いた。
メタバースの概念は以前から存在。いま盛り上がる理由とは
私たち一般生活者からすれば、メタバースという言葉はここ最近、急に聞くようになった印象だ。しかし、その概念は以前から存在していたと加藤氏はいう。
「メタバースとは、ひとことで表すなら、コンピューターなどの計算機で作られた仮想空間に入り込んで人々が生活することといえます。この言葉自体は、1992年に発表された小説に出ており、それ以前にも、計算機が生活空間を作り、その中に人々が入り込むという世界観は映画などで描かれてきました」
2000年代に入ると、3DCGの仮想世界で生活する「セカンドライフ」というサービスも登場。一時ブームになった。だからこそ、メタバースは「決して目新しい概念ではない」と加藤氏は強調する。
ではなぜ、いまこのタイミングでメタバースが盛り上がり始めたのだろうか。ザッカーバーグの発言がきっかけになったのは間違いないが、もっと大局で見ると、こんな背景があるという。
「VRやAR、そしてSNSや次世代のインターネットといわれる『Web3』など、まさに現代の最新技術が組み合わさったものがメタバースだからです。そして、この空間自体が『次のSNSやコミュニケーションの中心地になるのでは』という予測が期待を生んでいます。仮想空間に入り込んで生活するだけではない、他者が介在するソーシャルの要素を持つことがポイントです」
最新技術という点では、メタバースを体験するにはVRデバイスが重要だが、その価格は数年前から大きく下がり、現在は3万円台の製品も登場。その製品こそ『オキュラス』というブランドで、2014年に当時のフェイスブックが買収。つまりザッカーバーグの発言も、ここ1、2年で思いついたものではなく、長期的な動きの中で生まれたものだった。
さらに、コンピューターの性能も向上し、描ける仮想空間のクオリティが上がっていると加藤氏はいう。
「2007年頃に比べて、性能は1000倍ほどになりましたし、通信の技術も上がっています。たとえばセカンドライフは世界観こそ素晴らしいものでしたが、当時の技術ではユーザー体験に限界がありました。デジタル化が加速する中で、いまの技術を結集できるのがメタバースなのです」
そして、このメタバースがデジタル文化を象徴するSNSの中心地になる。だからこそ、これだけの期待が集まっているのだろう。
企業がメタバースに力を入れるのは「物質依存に限界を感じているから」
企業がメタバースに期待する理由は他にもある。加藤氏は「次のビジネスになるプラットフォームを探していたという側面も大きい」という。実際、パソコンからモバイルへと主要デバイスが変わって時間が経ち、モバイルにおける企業の覇権争いは決着しつつある。
「たとえばザッカーバーグは『Facebookというサービスがいくら普及しても、モバイル上で使われる限り、アップルとグーグルの作ったシステムの上で動いている。権利を握られている』と自虐的に述べていたほど。その状況下で戦うよりも、未成熟な新しいプラットフォームで自分たちのビジネスを始めたいと考える企業は多いでしょう」
さらに、企業がメタバースに期待する理由として「社会的背景もある」と加藤氏は考える。
「コロナ禍も相まって、物質に依存しない生活スタイルが広がっています。電子化やオンライン化はそのひとつ。また、近年問題視される資源不足や環境破壊も、物質依存と無関係ではありません。企業が物質依存のビジネスに限界を感じ始めていることも大きいでしょう」
近年は、カーボンニュートラルへの姿勢も企業に求められている。すると、必然的に「非物質化」の流れになる。これらも企業がメタバースに視線を向ける理由だと加藤氏は考えている。
なお、メタバースによって物質依存が弱まっていく未来があるとすれば、その過程は「大きく2つのフェーズが想定される」と加藤氏。1つ目のフェーズは、あくまでリアルが主体であり、仮想空間はそれを補うもの。たとえば、実生活で着る服をメタバースで販売するなど。主従関係でいえば「リアルが主、仮想空間が従」の関係だ。
「しかし、その主従関係が逆転するときが来るかもしれません。たとえば、実際の服は買わないけれど、仮想空間で使うアバター(自分の分身キャラクター)の服を買うなど。すでにそれを見越してか、ナイキはデジタルスニーカーの企業『RTFKT(アーティファクト )』を買収。第一弾モデルを公開しています」
主従関係の逆転が生まれたとき、まさに物質依存から脱却する世界へ近づくのかもしれない。
メタバースの市場規模と、日本が保有する大きな「武器」
メタバースは、どれだけの市場に発展するのだろうか。もちろん簡単には予測できないが、加藤氏はひとつの参考としてこんな数字を口にする。
「世界80億人のうち、30億人がゲームユーザーといわれます。それだけの人たちがメタバースに入り、しかもソーシャル空間として他者とコミュニケーションを行えば、間違いなく無視できないトレンドになるでしょう」
また、2021年の段階で、AR/VRヘッドセットの出荷台数は年間1100万台を超えている(※1)。比較として、ソニーグループが発表した「Play Station5」の2021年度販売台数は1150万台。もちろんさまざまな影響を加味しなければならないが、数字的にはPS5と同じほどになっている。
※1:IDC「IDC Quarterly Augmented and Virtual Reality Headset Tracker」
「何より、いまの10代20代にとって、1日のほとんどをデジタルに接して過ごすのは日常になっています。弊社のメタバースプラットフォーム『cluster』でも、週の半分以上遊んでいるユーザーは、1日平均5時間ほど利用。確固たる市場が生まれつつあるのです」
ここに非ゲームユーザーも参加する流れになれば、この市場はより大きくなるかもしれない。
「なかでも日本は、メタバース事業と相性の良い国だと思います。なぜなら、アニメやゲームのキャラクターなど、世界的に価値を持つ『IP(知的財産)』を多数保有しているからです」
メタバースでは、さまざまなキャラクターと同じ空間で過ごすことも可能だ。むしろ、それこそが最大の魅力といえる。clusterでも『鬼滅の刃』や『ポケモン』とのコラボイベントを行ってきた。「メタバースは現実世界を再現するというより、あくまで仮想のデフォルメされた世界を作るイメージ。そのデフォルメされた世界と相性の良いのがIPなのです」と話す。
最後に、メタバース普及のために重要なポイントを尋ねると、加藤氏は「ひとことでいえば、仮想空間を作り上げるクリエイターの存在」と答えた。
「メタバースの空間は、どこか1社ですべて作り上げられるものではありません。街や建物、空間、アバターなど、いろいろな人が自由に作り上げて発展していくことが求められます。これらを作るクリエイターが増え、そして、ユーザーから求められるものを作ったクリエイターがきちんと対価を得られるエコシステムが重要でしょう」
そのために、まずは手軽に3DCGを作れる仕組みが必要だと加藤氏は考えている。「YouTubeやTikTokは、誰でもスマホひとつでコンテンツを作れるからこそ普及しました」。こういった仕組みが生まれ、作った者が収益を得ることが、自然に発展する条件だ。
次世代を担うトレンドとして注目されるメタバース。ここに挙げた内容に、人々が期待する理由と、今後の成長可能性のヒントがあるかもしれない。
(取材・文/有井太郎)
※記事の内容は2022年7月現在の情報です