パナソニック子会社が世に無いものを生み出す
メタバースのコア市場を牽引する「Shiftall」とは
市場の新しいトレンドに注目する連載「マネ部的トレンドワード」。メタバース編の第3回となる本記事では、この領域の製品を次々に開発しているShiftall(シフトール)に取材する。
未来の技術として取り上げられるメタバースだが、すでにその空間を楽しむ人は増えており、コアなユーザー向けの製品も発表されている。たとえば、長時間装着を想定した超軽量VRヘッドセットなどはわかりやすい。
こういったメタバース向けの製品を次々に開発しているのが、パナソニック子会社のShiftallだ。同社の作る製品や、メタバースへの期待について、代表取締役CEOの岩佐琢磨氏に聞いた。
上位10%のコアユーザーが好むメタバース商品を2022年度中に発売
社員30名弱からなるShiftallは、岩佐氏の言葉を借りれば、パナソニックにおける「イノベーションを牽引する役割」を果たす。大企業の中で新しいものを作るには、さまざまな壁がある。それに対して、パナソニック本体の外に位置し、これまでに無かった商品を小ロットで世に出すことを得意にするチームだという。
同社はもともと、岩佐氏が立ち上げた会社の一部をパナソニックに事業売却したことで現在の形になった。
そのShiftallは、まさにメタバース向け製品を次々に開発している。ただし、同社が見据えている市場は、あくまで「VRメタバース」だと岩佐氏は断りを入れる。その意味はどんなものか。
「メタバースという言葉が乱用される中で、私たちが今後成長すると考えているのは、VRデバイスを装着し、仮想空間に没入する世界です。加えて、そこに他者が生活していること、社会性があることも重要。これらを満たすものを『VRメタバース』と呼んでいます」
そのVRメタバースこそ「今後大きく成長すると期待できるものであり、私たちはその可能性にベットしています」と力強く話す。ということで、この記事でのメタバースは「VRメタバース」を指すものとしたい。
では、Shiftallではどんな製品を発表しているのだろうか。すでに一部で人気となっているのが「HaritoraX(読み:ハリトラックス)」だ。
これを装着したユーザーの腰や足の動きを捉えて、仮想空間のアバター(自分の分身となるキャラクター)の動きに反映する。3万円弱の販売価格で、すでに5000台以上を出荷しているとのこと。
さらに2022年、新たに3製品の投入を発表している。1つ目の製品は、軽量のVRヘッドセット「MeganeX(メガーヌエックス)」だ。
写真からわかるとおり、私たちがよく見るVRヘッドセットより薄く小さい。岩佐氏は「メタバースのコアユーザーは何時間も仮想空間で過ごす人が多く、ヘッドセットの重さはネック。そういった背景から生まれたものです」という。
販売価格は10万円未満を予定。高いと感じる人も多いかもしれないが、同社が見据えるのは「メタバースファンの中でも上位10%ほどのコアユーザー」だ。そのマーケットでは、この価格を受け入れるユーザーも多いのかもしれない。
2つ目の製品は、仮想空間の温度と連動するデバイス「Pebble Feel(ペブルフィール)」だ。
5〜40℃まで温度を上下できるデバイスで、使用時は首元に装着する。仮にメタバース空間で暑いところに行けば自動でデバイスの温度が上がって、その空間を深く味わうことが可能。こちらは2万円前後の販売価格を予定している。
3つ目の製品は、周囲に自分の声を聞こえにくくする音漏れ防止付きBluetoothマイク「mutalk(ミュートーク)」だ。
メタバース空間では、ユーザーと喋ったりみんなでイベントに参加した際にヒートアップしてつい大声になってしまったりという状況が発生する。しかし「家族や隣人が気になって大きな声を出せないユーザーも多い」と岩佐氏。そこでこのデバイスでは、ヘルムホルツ共鳴器の原理 を用いて消音効果を高めている。
取材現場でも岩佐氏が装着して話したが、対面距離でもほとんど声が聞こえなくなる。装置の中にはマイクがあり、音声はパソコンを通じてメタバース空間に届けられる。こちらも価格は2万円前後の予定だ。
「すべての製品に共通するのは、仮想空間に長く深く入りたいユーザーの気持ちを叶えるものということです。私たちがメタバース製品を開発する上で大切にしている部分ですね」
同社が、メタバースの市場成長に賭ける理由はどこにあるのか
それにしても、Shiftallがこの領域に期待する理由は何だろうか。その1つとして「仮想空間で日常を過ごす人がこの1、2年で大きく増えたから」だと岩佐氏はいう。
「日常を過ごすというのがポイントで、仮想空間でしていることはただの雑談だったり、アバターを見て『その服かわいいね』と話していたり。それは駅前のカフェで話すことや、井戸端会議と変わりません。当たり前の営みが行われているんです」
メタバースのプラットフォームはすでに存在しており、日本でも「cluster」などが盛り上がり始めている。岩佐氏もこの世界にハマっている一人であり、「最近はメタバース内のバーでよく飲んでいるんですよ」と笑う。
そしてもうひとつ、メタバースに期待する理由がある。それは「リアルの制約が無くなること」だ。
「人間は加齢で体が動かなくなるなど、リアルにはさまざまな制約や限界があります。バーチャルの世界はその制約がとても少ないですよね。距離の制約も無いので、たとえば離れた3人が集まり、ボタン1つで遊園地のアトラクションを体験する、一緒にカラオケに行くということもできるでしょう」
このような話を踏まえ、岩佐氏は今後、「コロナ禍で会議の何割かがオンラインになったように、リアルとメタバースが共存していくのでは」という。
ちなみに、みずからも愛好家である岩佐氏に、メタバースの普及に合わせて人々の消費にどんな変化が起きるのかを聞くと、こんな答えが返ってきた。
「家で過ごす時間が増えるので、自宅消費が伸びるかもしれません。外に飲みに行くより、高いお酒を買って家で仮想空間を楽しむなど。自宅を快適にしようと、家電にも目が行くかもしれません。もちろん、好きなアバターを購入するなど、バーチャル空間での消費も増えるでしょう」
メタバースで何時間も遊ぶコアユーザーが増えれば、こういった状況も顕著になるだろう。そして、そんなユーザーを熱狂させるのがShiftallの製品群だ。同社のイノベーションは、市場自体を牽引する役割でもある。
(取材・文/有井太郎 撮影/森カズシゲ)
※記事の内容は2022年7月現在の情報です